5. それが現実となってしまった
それはいきなりやってきた。朝、いつものように朝食を食べようとすると、気持ち悪さが胃の底から突き上げてきた。それでも体調不良を悟られたくなく、野菜を無理矢理口に放り込んだ。なんとか飲み込むが、不快感は増すばかりだ。思わず吐きそうになり、口を押さえる。
こんな私を見て、レオンは心配そうに聞く。
「ローザ、どうしたんだ? 変なものでも食べたのか?
出される食事は全て、毒味されているはずなのだが」
「そ、そうですよね。ただ私が風邪でもひいたのでしょう」
そう答えながらも、ふと思った。もしかして……もしかしなくても、きっとそうだ。レオンは私が妊娠していると言い続け、そんなはずはないと思っていたのだが……
だけど、レオンに伝えるのが怖くて何も言えない。万が一、妊娠していなかったら、レオンはひどく落ち込むだろう。
「わ、私は大丈夫です」
そう言って立ち上がった時、不意に強烈なめまいが襲った。そしてそのまま倒れ込む。
「ローザ!!」
レオンの声が聞こえるなか、私の意識は薄れていった。
◆◆◆◆◆
「ご懐妊でしょう」
私の前に座って、私の脈やら腹部などを見た医師は、そう告げた。おまけに、この世界にも妊娠検査薬なんてものもあるらしい。故郷のものとは違い、魔力によって反応するものだ。腹部に貼られた青い紙が赤く染まったら陽性とのこと。そして、私に貼られたそれは、真っ赤な色に変色していた。検査薬を見せられたら、妊娠を信じるしかなくなった。
「ローザ!」
レオンは満面の笑みを浮かべて私に抱きつく。レオンに抱きしめられて嬉しいが、正直吐きそうな私はそれどころではない。
「ローザ、私との子供を孕んでくれてありがとう。
絶対大切にするから」
そう言って頬ずりをするレオンに、思いっきり吐きかけてしまいそうになった。レオンを前に嘔吐しても心配してくれるだろうが、女の子としてそれは避けたい……
「ローザ、欲しいものはないか?何か食べられるものはないか? 」
「ううん……大丈夫です」
私は気持ち悪いのを我慢して、精一杯の笑顔を作る。だが、その作り笑顔すらレオンにバレてしまい、
「もう、公務などしなくてもいい。ただ、ゆっくり休んでいて欲しい」
嬉しそうで、それでいて心配そうなレオンに言われてしまった。
こんなわけで、私はレオンの言葉通り、本当に妊娠してしまった。彼氏すらいなかった私は、怒涛の勢いで人生の階段を駆け上がってしまったのだ。正直、まだ母親になる自信はない。だが、愛しいレオンの子供だ、精一杯愛してあげようと思った。
そして、まだ安定期にもなっていないのに、私の妊娠は一瞬で宮廷内の人の知るところとなったのだ。それはもちろん、レオンが言いふらしたからである。
つわりが日に日に酷くなる私は、もちろん仕事なんて出来なかった。一日中ベッドで横になり、食べられるものを少しずつ食べる。一度元気をつけるために野菜ジュースをもらったが、盛大に吐いてしまった。レオンの前で吐いてしまい、ずーんと沈んだ私だが、レオンは心配そうな顔をするだけだった。そして、レオン自ら吐瀉物の処理をし始める。
「れ、レオン!大丈夫だよ。自分でするよ。
それか、お手伝いさんにしてもらうから!」
慌てて止めるが、
「私がしたいと思っているんだ」
レオンは手が汚れるのも気にせず、雑巾でそれを拭き取ってしまった。私は王子様に何をさせているのだろう。
またある日には、レオンは仕事中のはずなのに、綺麗にサラミの盛られた皿を持って部屋に入ってきた。
「ローザ。今日は新鮮なサラミをもらった。野菜が食べられないのなら、サラミなんてどうだ?」
「……あ、ありがとう」
礼を言いつつも、食べると吐いてしまいそうだ。だが、せっかく持ってきてくれたのだ。一つくらい……
サラミを持つだけで吐き気が襲い、思わず顔を背ける。こんな私を心配そうに見ながら、
「悪かった……」
レオンは悲しそうに告げる。
「私があと先考えずに子供を作ってしまったから。
私はローザが一番大切なのに、何をしていたのだろう」
「……え? 」
予想外の言葉に、思わずレオンを見た。すると、レオンは泣きそうな顔で私を見ている。私こそ、レオンになんて顔をさせているのだろう。
「レオン」
吐き気を必死に我慢し、愛しい彼の名前を呼ぶ。彼は泣きそうな子供みたいな顔で私を見た。
「ぎゅっとして」
そう告げると、遠慮がちに私に近寄り、割れ物に触れるように優しく抱きしめてくれる。気持ち悪いけど、私はとても幸せだ。レオンにこんなに大切にされて、国一番の幸せ者だ。
レオンの頑強な体に手を回し、気持ち悪いのを必死で堪え、彼に告げる。
「私は、レオンと家族になれて、すごく幸せだよ」
「ローザ……」
レオンは切なげに私の名を呼び、回した手に力を入れる。それで胸部が圧迫されて吐きそうになり、苦しげな呻き声を上げてしまった。すると、レオンは慌てて力を緩める。こうやって、一挙一動で大切にされているのだと感じる。
「レオン、大好きだよ」
私は目を細め、レオンの体に身を委ねていた。
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