25. 兄弟の葛藤
「私は、幼き頃からレオンに対して劣等感を抱いていました。
呑み込みが早く、なんでもそつなくこなしてしまうレオンに対し、私は能力も低く物覚えの悪い劣等生でした」
部屋の中はしーんと静まり返っており、その声だけが響いている。
「それでも私は、なんとか日々業務をこなしていました。国のために働き、いつか王太子となることを夢見ていました」
その言葉に、陛下は黙って頷いた。
「だが、ローザが来てからというもの、レオンは凄まじい勢いで功績を上げていきました。
まず、レオンはローザと魔力交換をして、誰もが羨む強大な魔力を手に入れました。
誰もなし得なかった曇天でも育つ野菜を作り、曇天の原因ともなる機械を撃ち落としました。それでこの国の飢饉は解消し、レオンの評判は上がっていきました。
私はレオンが憎かった。ローザが私のもとに来れば、その功績は私のものになったのに。
それなのに、全てレオンの都合のいいように動いていく……」
ヘルベルト様の声は震えている。そしてその言葉は、ナイフのように私の胸を抉る。
私のせいだ。……全部私のせいだったんだ。
私が良かれと思ってしたことが、こんなにもヘルベルト様を傷つけていたなんて。
「だから私は、グルニア帝国と手を組みました。
ローザを引き渡すから、手を貸して欲しいと。レオンからローザを取り上げれば、レオンは無力化するだろうと思いました。
ローザをグルニア帝国に送ることは、私とグルニア帝国双方にとって利害関係が一致していたのです」
レオンがそっと私の体に手を回す。まるで、私を取られないように守るように。そして私の鼓動はドキドキと音を立てている。甘い音ではなく、悲痛で恐ろしい音だ。
ヘルベルト様の考えはただ一つ、間違っている部分もある。
レオンから私を引き離しても、レオンは功績を上げ続けるだろう、ということだ。
私がレオンの功績に一役買ったのは確かだろう。だが、レオンが無力という訳では全くない。レオンは頭のネジこそ外れつつあるが、優秀な王太子だ。私と魔力交換する前からその魔法技術は高く、優しくて勇敢だった。ヘルベルト様は、そこを理解していないようだ。私がいようといなかろうと、レオンはロスノック帝国の王太子になったに違いない。
だが、酷く落ち込んでいるヘルベルト様に、そんなことを言えるはずもなかった。
「結局、私が全て負けたのだ」
ヘルベルト様は震えながら告げる。
「私の劣等感のせいで、ローザには辛い思いをさせてしまった。
……本当に、申し訳ない」
ヘルベルト様はゆっくりと頭を上げ、振り返って私を見る。いつもは冷たく輝いていたその瞳は、酷く力がなく寂しそうだ。こんなヘルベルト様を見ていると、胸が引き裂かれそうに辛くなる。
人が大勢いる前で話すなんて、私のキャラでもない。だが、ヘルベルト様に伝えたくて、私は遠慮がちに口を開いていた。
「ヘルベルト様のお気持ちは、私もよく分かります。
……私も祖国では人々に馬鹿にされ笑われ、劣等感を抱いて生きていました」
こんなことを話すと、婚約相手であるレオンの評価を下げてしまうかもしれない。そして、陛下にも失望されるかもしれない。だが、寂しげなヘルベルト様を放っておけなくて、私は続ける。
「私が育った地は、魔力のない世界でした。私から魔力を取ったら、他に誇れるものは何もありません。
私もかつて、人を嫌い、心を開かずに生きていました」
レオンがそっと私に身を寄せる。みんなが見ているにも関わらず。
「褒め称えられる人は、蔑まれる人のことを完全には理解出来ないでしょう。
でも、レオン様は昨日からずっと、ヘルベルト様のことを心配しておられました。ヘルベルト様はお嫌かもしれませんが、レオン様はヘルベルト様の味方だったのです。
だから、レオン様を憎むのは、もう終わりになさってください。
私たちも、ヘルベルト様が幸せになることを祈っています」
ヘルベルト様の頬を、涙が伝った。それがきっかけだった。ヘルベルト様はその場に崩れ落ちて、泣き続けた。
そんなヘルベルト様を見て、かつての私と同じだと思った。誰にも心を許さず、自分の殻に閉じこもっていて……
ヘルベルト様にも、いつか幸せが訪れて欲しいと思わずにはいられなかった。
結局、ヘルベルト様はグルニア帝国に内部の情報を売り、国を危険に晒した罪を問われた。そして一年間、辺境の地で過ごすことを命じられた。事実上、謹慎処分だろう。それを聞くヘルベルト様の瞳には、もはや輝きは残っていなかった。新たな地で、ヘルベルト様が希望を見つけることを祈るばかりだ。
「我が国にしては、随分と情けをかけられた処分だった」
ヘルベルト様や陛下と別れ、宮廷の長い廊下を歩きながらレオンが告げる。
「きっと兄は自分の行いを反省し、前向きに宮廷に戻ってくれると信じている」
「……はい」
頷きながらも、レオンだってすごいと思った。レオンはヘルベルト様の執拗な嫌がらせを受けながらも、ヘルベルト様を心配していた。私だったら、心が折れてしまったかもしれない。
「私も、もう少し兄の気持ちに気付なければならなかった。
ローザを手に入れて、浮かれていたのだろう」
「それでも、私は心優しいレオン様を尊敬しています。
ヘルベルト様やグルニア帝国が何と言おうが、レオン様の隣を離れるつもりはありません」
私はいつの間に、こんなにもまっすぐ気持ちを伝えるようになったのだろうか。レオンに、ここまで心を許しているのだろうか。
レオンは頬を染めて口を結び、私を見た。こんな顔をする時は、このあと抱きついてくるのだろう。
だが、レオンは甘く低い声で告げる。
「ローザ。今日も私の部屋においで」
「……え!? 」
「というか、今後は寝室を共にするよう手配してもらう」
「えぇ!? 」
驚き慌て、顔が真っ赤になる私に、レオンは妖艶に微笑んで告げた。
「はやく子を孕んで、私から離れられなくなって欲しい」
「何言ってるの!? もう離れるわけないじゃん!! 」
思わず大きな声で言ってしまった。こんな私を見て、満足そうに笑うレオン。私はもう、身も心もレオンのものだ。
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