6. ゲームとは少し違うみたい
いつもありがとうございます!
「失礼します」
そう言って部屋に入ってきたのは、黒いメイド服を着た侍女だった。グルニア帝国でも侍女に会ったが、彼女はやつれて絶望的な顔をしていた。それに比べ、目の前にいる侍女は元気そうでにこにこ笑っている。こんなロスノック帝国の侍女を見て安心したのは言うまでもない。
「ローザ様、お食事をお持ちしました」
侍女はそう言って、ワゴンから次々に食べ物を下ろし、テーブルに並べていく。
いつもなら、ローザと呼ばれて飛び上がって逃げたくなるところだ。だが、空腹で背中とお腹がくっつきそうな私は、逃げることも出来ずじっと凝視している。
ミニサイズのサラダに、美味しそうな香りのするスープ。そして、ハードブレッドにラスク……
「ローザ様、申し訳ありません。この国は現在食糧難のため、お出し出来るのはこのくらいなんですが……」
「いえ……私には、この上ないご馳走に見えます」
私は泣きそうになりながらも素直にそう告げていた。
そう思うのも当然だ。私が今までグルニア帝国で与えられてきた食糧は、人が食べられるようなものではなかった。いくら空腹でも、これは食べてはいけないというものばかりだった。
むしろ、
「食糧難なのに、すみません」
その気持ちのほうが強い。
きっと、私がこうやって食べている間にも、食物がなくて困っている人がいるのだろう。私はグルニア帝国側の人間だったのに、ここまで良くしてくれて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ゲームの中でも、ロスノック帝国では飢饉が起こっていると設定されていた。そして、国民を飢えから守るためにも、ロスノック帝国はグルニア帝国の機械を欲しがったのだ。
だが、グルニア帝国の侍女から聞いた話は、少し違っていた。グルニア帝国は、ロスノック帝国の広大な農地を欲しがっているのだ。ロスノック帝国には広大な農地があるのに、なぜ作物が取れないのだろうか。
色々考えを巡らせる私は、この侍女にもっと話を聞きたい。だが、陰キャ特有のスキル『気を遣いすぎて話しかけられない』が発動してしまい、私は黙ってご飯を食べた。
というのも、侍女は私に美味しそうな紅茶を淹れてくれた後、ベッドを整えたり清潔な服を出したりと、何かと忙しそうに世話をしてくれるからだ。
私なんかにここまで良くしてもらって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そして、侍女を気にしながらも食事を食べた私は、思わず微笑んでしまった。というのも、出された食事がとても美味しかったからだ。
この世界に来てからというもの、人道的な対応をされなかった私は、もとの世界に勝るほどこの世界が嫌いになっていた。だけど、ここへ来て初めての、温かい対応だ。
ハードブレッドはほのかな麦の香りがし、バターを塗るととても美味しかった。スープは具こそ入っていないが、癒される温かさだ。
私はとても美味しそうに食べていたのだろう。侍女は私を見てホッとした表情で告げた。
「お口に合って何よりです」
そこで初めて、ずっと言いたかった言葉を伝えることが出来た。
「ありがとうございます」
こんなにも、貴重な食糧を分けてくださってありがとうございます。
こんなにも、優しく対応してくださってありがとうございます。
美味しい食事を終えると、また侍女が全て片付けてくれた。手伝おうとするが、陰キャの私はおどおどとするばかり。そんな私を見兼ねて、侍女は笑顔で言う。
「殿下から、ローザ様は大層お疲れだと聞いています。
殿下が心配されるので、ローザ様はゆっくり休まれてください」
殿下って……きっと、レオン様のことだろう。
この国のレオン様は、ゲームとは違って神かと思うほどの優しさだ。だが、今まで散々人に欺かれてきた私は、もちろんレオン様のことも信じていない。
私は挙動不審になりながらも、なんとか言葉を発して侍女に聞く。
「私が回復したら……レオン様は何をされるつもりでしょうか?」
グルニア帝国に送り返されるのだろうか。それとも、拷問にでも遭うのだろうか。
「……え?」
侍女は驚いたように私を見た。そして逆に聞く。
「何をされるって……
あなた、何か悪いことでもしたのですか?」
私はぐっと口を閉じた。
私は悪いことはしていないが、グルニア帝国側にいた。……いや、私がこの地にやって来た時、予期もせず白い閃光を放っていたのだ。その時は、私の周りにロスノック帝国の戦士が倒れていた。あれは、私のせいだ。
こんなこと、レオン様に言いたくない。だけど私は確実に、処刑されるようなことをやっているのだし、レオン様も知っているだろう。
全身を震えが走った。
私はこの地でも歓迎されず、酷い目に遭うのだろうか。それならば、いっそのこと人生終わってしまいたい。
怯える私に侍女は告げる。
「殿下は正義感が強く心優しいかたです。
あなたが悪い行いをしていないのなら、あなたを悪いようにはしないと思いますが……」
いや、してしまったのだ。
私はロスノック帝国に、大損害を与えたのだ。
どんな顔をしてレオン様に会えばいいのだろう。そして、私はどうなってしまうのだろう。この世界のレオン様はゲームとは違い、正義感が強くて優しかったとしても、敵である私に情けをかけるなんてことはないに決まっている。
悶々と考える私をおいて、侍女は忙しそうに出て行った。
そしてしばらくして、侍女の出て行った扉から入ってきたのは、他ならぬレオン様だったのだ。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!