17. 切ない二人
ふらつく足取りで宮廷へ帰り、もつれる足でいつもの仕事部屋に転がり込む。そして、二人でソファーに倒れ込んだ。
「おかえりなさい、レオン様、ローザ」
マリウス様の声すら懐かしい。つい数日前には聞いたはずなのに。
「ま……マリウス、はやく野菜ジュースを。
……うんと濃度を高めてくれ」
「し、承知しました」
マリウスはぱたぱたと急いで部屋から出て行ってしまった。ソファーに二人で倒れ込んだまま、ロスノック帝国に帰ってきたことを実感する。
故郷に行って、色んな発見があった。そして、レオンとはさらに近い関係にもなった。新たなレオンを知って、ますます好きになった。こうして一緒にいられるのが、とても幸せだと思った。
隣で倒れているレオンを見る。酷く消耗して、はあはあと肩で息をしている。私はそんなレオンに手を伸ばし、魔力を分け与えようとした。だけど私の手は、レオンに絡め取られてしまう。
「ローザ……」
喘ぎ喘ぎレオンは言う。
「ありがとう、ローザ。……私は君とあの世界を旅して……すごく幸せだった」
「私も」
手を絡めたまま、笑顔で告げる。
「レオン、大好き」
満面の笑みを浮かべていると、マリウス様が戻ってきた。
「レオン様、野菜ジュースをお持ちしました!
……って、えっ!? お二人とも、さらに熱くてウザくなりました!? 」
こんなマリウス様の対応すら、懐かしく感じるのだった。
◆◆◆◆◆
「ウザいとはなんだ、ウザいとは」
野菜ジュースを飲んで回復した後、平常運転に戻ったレオンは顔をしかめてマリウス様に言う。
「あ、失礼しました。本当のことを言ってしまって」
そう言いながらも、マリウス様は異世界での話を聞きたくて仕方がなく、うずうずしている。そんなマリウス様に、レオンはスーパーのビニール袋を差し出す。
「土産だ。国を挙げて、これと同じものを作るよう命じる」
ちょっと待って!それ、スーパーのお買い得品の草餅と、ただの緑茶なんだけど!!
慌てて止めに入ろうとするが、ここはマリウス様の前。いつもみたいに気軽に話せないことに気付き、ぐっと黙る。
そしてマリウス様は、異世界の服を着ている私たちを物珍しそうに見た。
「レオン様、着替えられますか?
……そんな粗末な服……」
「粗末と言うな。これはローザが私に買ってくれたものだ。
ローザの買ったものを侮辱するのなら、マリウスでも許さない」
レオンは完全にいつもの尊大な態度に戻っている。そして改めて王子様なのだと思い直した。日本での、あの対等な感じも幸せだった。だけどこの国では私は王太子の婚約者として、レオンを尊敬して生きていくのだ。
そう思うのに……
「ローザ、疲れただろう。
私は公務に戻るが、ローザは部屋で休んでいたらいい」
レオンは優しく私に告げる。今まではこの特別扱いが重くも感じたが、素直に嬉しい。
「大丈夫です。私は魔導士団に戻りたいです」
レオンは少し寂しげに私を見る。私が敬語で話したからだろう。だが、宮廷の人々の前で、レオンに気安く話しかける勇気もない。
「……だが、この国は危険だ。
ハンスに頼んで、受信機とやらの問題を早く解決するとしよう」
この言葉で突然、私はハンスさんの存在を思い出した。私は疲労のあまり、ハンスさんのことを忘れていたのだ。そして横を見ると、なんと魂が抜けたようなハンスさんが棒立ちしているではないか。ロスノック帝国に来てから一言も話していない彼は、この国に戻ってきたことを後悔しているのかもしれない。
「ハンス。疲れたところ申し訳ないが、もうひと働きしてくれるか? 」
レオンがそう告げた時……
「ハンス!!」
聞き慣れた声がした。
私は声のするほうを見る。私だけでなく、レオンも、マリウス様も。
開かれた扉の向こうには、不安げな顔をしたリリーが立っていた。頬を染めて、目を潤ませて、心配そうにハンスさんを見ている。
リリーは快活で元気な女性だった。私とレオンの関係も、いつも笑い飛ばしていた。だからリリーのこんな乙女な表情を見て、驚きを隠せない。
ハンスさんはリリーを見て、一瞬切なげな顔をした。だが、そのまま目を逸らす。
リリーはずっとハンスさんを待っていたのだ。リリーにそんな態度を取らないでと叫びたくなる。そして、リリーの悲しげな顔に胸が痛くなる。
ハンスさんは、そんなにもリリーが嫌いなのだろうか。リリーは何年もハンスさんを思い続けたのに。
「ハンス……」
リリーは遠慮がちに、ハンスさんに歩み寄ろうとする。そんなリリーに、ハンスさんは相変わらず冷静な声で告げる。
「俺は裏切り者だ。国を捨て、グルニア帝国も捨て、異世界で暮らしていたのだから。
今だって、ロスノック帝国の問題を解決したら、もとの暮らしに戻ることを考えている」
「じゃあ、あたしも連れてってよ」
リリーが泣きそうな声でハンスさんに縋る。だが、ハンスさんはリリーを見さえしない。
「俺は異世界で暮らしていたため、魔法さえ使えなくなった。
信頼していたシリルさんにも裏切られた。
もう俺には、この世界に残る理由もない」
「もちろん、元の世界に戻ってもいいという約束だ。
だが、君は道中グルニア帝国に残ることだって出来たのに、我がロスノック帝国に来てくれた。この国に、心の奥底で何か拠り所を持っているのだろう? 」
もう何も言えないリリーに変わって、レオンが告げる。私はレオンの、こういう優しいところが大好きだ。
「魔法が使えなくなるのは当然だ。
グルニア帝国人も、機械に頼ったから魔法を使えなくなったのだろう。
ハンスはこの国に戻ったのだから、魔法の練習を再開させればいいだろう? 」
ハンスさんは何も答えず、黙って俯くだけだった。私は人の心を読む魔法は、もちろん使えない。願わくば、ハンスさんが少しでも前向きな気持ちを持っていることを祈るばかりだ。
そして、何年も待ち続けたリリーの恋が、報われますように。
「さて、ハンス。まずは私の頼みを聞いてくれ。
ロスノック帝国には、グルニア帝国に受信機とやらを付けられて、操られている人間がいる。それらをあぶり出して欲しいのだ。
……マリウス、例のものを」
マリウス様がハンスさんに歩み寄り、小箱を手渡す。その小箱には、第一魔導士団の者に付いていた受信機が入っていた。
「……承知しました」
ハンスさんは感情のない声で返事をし、持っていた旅行鞄を開ける。すると、そこには数台のパソコンやらプリンターやらが入っていたのだ。
ハンスさんは手早くそれらを出し、電源を付ける。故郷ではよく聞いたパソコンが立ち上がるモーター音が、部屋に響き渡った。
「これは、殿下への罪滅ぼしです。
あの滅茶苦茶なゲームを異世界で拡めても、殿下は私を処刑されませんでした。
……ただ、それだけです」
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