16. 逃げるが勝ち
次の日の早朝、約束通りハンスさんは待ち合わせ場所に来た。Tシャツにハーフパンツという、とても動きやすい姿で。昨日のかしこまったスーツ姿とは違い、今日のハンスさんは若々しく見える。そして、ハンスさんは大きな旅行鞄を持っている。中に何が入っているのかは、甚だ謎だが。
そんなハンスさんに、
「長旅で疲れただろう。草餅でも食べるか?」
レオンはお買い得シールが貼られた草餅を差し出す。レオンなりに気遣っているのかもしれない。
ハンスさんは
「……は?」
一瞬眉間に皺を寄せた。だがすぐに
「あ、ありがとうございます」
困ったようにそれをもらう。
長年日本で暮らしているハンスさんは、お買い得品の草餅がどんなものか知っているのだろう。そして、敢えてそれを食べたいとも思わないのだろう。
無表情で頬張るハンスさんに、レオンは自慢げに言う。
「美味いだろう。ローザの両親からもらったのだ」
そんなこと、ハンスさんに言わないで欲しい。恥ずかしすぎるから!
こうして、私たちは無事異世界に帰ることが出来そうだ。ハンスさんも見つけることが出来たし、両親から婚姻届にも署名をいただいた。
狭い私の部屋のテレビの前に立つと、辺り一面が白く光る。あまりの眩しさに目を閉じて……そして目を開くと、目の前には不安そうな表情のシリルさんが見える。私は、グルニア帝国に戻ってきたのだ。
目の前にいるやつれたシリルさんは、
「ハンス……!!」
ハンスさんを見るなり彼に駆け寄る。
「ハンス!六年間も何をしていたんだ。とても心配した。
……無事で良かった!」
「すみません、シリルさん」
ハンスさんは旅行かばんを抱えながら、申し訳なさそうにシリルさんに告げる。そして、人差し指の指輪を外した。
その瞬間、シリルさんの黒髪が明るいブラウンへと変化する。Tシャツにハーフパンツ、そして明るいブラウンヘアのハンスさんは、昨日のエグゼクティブディレクターの反須さんと別人のようだ。
そして、レオンも見慣れたブロンドヘアへと戻っていく。黒髪のレオンも幼くて可愛かったが、ブロンドヘアのレオンは美しすぎて神々しささえ感じる。久しぶりのブロンドヘア、目に毒だ。
シリルさんに、
「世話になった」
いつものように尊大な態度で言うレオン。私の両親に対するあの姿勢は幻だったのか。
「お役に立てて何よりです」
シリルさんはそう言うが……どこかぎこちなさがあった。そして、そのぎこちなさが妙に引っかかるのだった。だが、この機械だらけの部屋に五分以上いてはならないため、急いで階段を降りる。階段を降りるたび、ギシギシと床板が軋んでいた。
「そうだ。世話になった礼に、これを授ける」
何を思ったのか、レオンは草餅を数個シリルさんに手渡した。それを見て、シリルさんは嬉しそうな笑みを浮かべる。
忘れていたが、グルニア帝国の国民は、大変貧しい生活を強いられていたのだ。思い出して、胸が痛んだ。
そして出入り口の扉を開けた時……なんと家の前には、赤い鎧の兵士が何十人と待ち構えていたのだ。各々が剣を抜き、その白刃を私たちに向けている。私たちが来ていることが、バレていたの!?
思わずシリルさんを振り返った。シリルさんは、青ざめた顔に泣きそうな表情を浮かべ、弱々しく告げる。
「申し訳ありません……」
……え?
「私には金がなく、生きていく金が必要だったのです」
「だから私たちを、グルニア帝国に売ったのか!!」
レオンは冷静に、だが怒りを込めてシリルさんに聞く。レオンの言葉を聞き、シリルさんはさらに萎縮した。
シリルさんは私たちの望み通り、私たちを日本へ送ってくれた。ハンスさんも見つけることが出来た。恩がありすぎたが……最後の最後で裏切ったのだ。それも、生きていく金が必要だから。
レオンは私たちを庇うように前に出て、魔法を使う構えをする。私もその隣に立ち、魔力を溜める。幸いなことに、この世界に戻ってから、私の魔力は完全回復していた。今だって、みなぎる力を全身に感じている。レオンだって同じだろう。
「ハンスは、ロスノック帝国に来てくれ」
レオンは敵を見据えたまま、告げる。
「私たちと共に、戦ってくれ!」
赤い鎧の騎士たちが、一斉に襲いかかってくる。レオンが剣を持っていない今、頼れるのは魔法のみだ。私たちは力いっぱい魔法を放出する。
白い光が敵を薙ぎ払い、大地を駆けた。赤い鎧の騎士は倒れ、叫び声を上げる。それでも騎士は圧倒的多数だ。命を顧みず飛びかかってくる騎士に、やられそうになる。レオンが攻撃している間は、必死で防御魔法を張った。
そんな私たちの傍らで、ハンスさんも魔法を使おうとしている。だが、使えないのだ。
「どうした、ハンス? 」
白い閃光を炸裂させながら、レオンが聞く。するとハンスさんは顔を強張らせながら告げたのだ。
「出来ません……
私は長期間魔法から離れていたため、魔法の使い方を忘れたみたいです」
「よし、分かった」
レオンはさっぱりと答えた。そして、また魔法を使う構えをする。その間、私は全方位に防御魔法を張っている。
「それなら、逃げるが勝ちだ」
ハンスさんは近くに置いてあった荷台付き三輪車……そう、ちょうど農作物を運ぶような荷台付き三輪車の運転席に飛び乗る。それにつられ、私とレオンも荷台に潜り込んだ。
ハンスさんが大声で叫んだ。
「後方に、全力で魔法を撃ってください。
ジェットエンジンの代わりになれば、この台車は大地を吹っ飛んでいくでしょう」
「分かりました!」
私は魔力を溜め、言われた通り後方に風の魔法を放つ。レオンも同様に風の魔法を放っていた。
規格外の魔力を持つ二人が放った風の威力は凄まじかった。それは古びた小屋を壊し、赤い鎧の騎士を吹っ飛ばし……猛スピードで三輪車は駆け始める。まるで、ジェットコースターのようだ。
私たちが乗った三輪車は道を猛スピードでグルニア帝国の街を駆け抜けた。私とレオンが交互に風の魔法を撃ち、ハンスさんが上手く操縦をして。こうして私たちは無事にグルニア帝国を脱出し、馬を拾い、ロスノック帝国へと帰還したのだった。
ロスノック帝国に到着する頃には、酷い疲労感に襲われていた。無理もない、あれだけ魔法をぶっ放したのだから。だが、数日ぶりにロスノック帝国を見て、心底ホッとしたのは言うまでもない。
私の帰る場所は、ロスノック帝国なのだ。
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