13. エグゼクティブディレクターが仲間になった
ドキドキドキドキ……鼓動が速い。心臓が脈を打つ音が、耳から聞こえてきそうだ。
私は目の前の反須さんを見る。立派にスーツを着て、一見ハーフか日本人にしか見えないこの人は、紛れもなくロスノック帝国の人なのだ。
私の隣でレオンが答える。
「当然だ。誰が何と言おうと、ローザは私の妻となる」
そんなレオンと私を、反須さん……いや、ハンスさんは驚いた様子で交互に見た。そして、彼は聞く。
「……私に何の用ですか?
まさか、あのゲームの存在を知って、怒りに来られた訳ではないですよね?」
「当然怒りに来た」
レオンはピシャリと言い放つ。放っておいたら、昨日みたいにクレーマーと化すかもしれない。
「あれは私に対する侮辱行為とみなす。
……だが、実によく出来たゲームだった。ロスノック帝国にも普及したい」
「は!?」
思わず声を上げてしまった。そして慌てて口を塞ぐ。レオンは本気で言っているのだろうか。あんなゲームをロスノック帝国に普及すると、ハンスさんは国民から命を狙われるかもしれない。ロスノック帝国を冒涜したと。
ハンスさんは苦笑いをした。そして、気に入っていただけて何よりですと言う。だが、テレビもコンセントもないロスノック帝国に、あれを普及するのは不可能だろう。
困っているハンスさんに、レオンはさらに続けて告げる。
「ロスノック帝国が、グルニア帝国の機械により、危険な目に晒されている。
君なら我がロスノック帝国を助けることが出来るだろう?」
レオンの話を聞いて、ハンスさんは一瞬驚いた顔をした。そして、もとの落ち着いた表情に戻り、告げる。
「私はもう、あの世界に帰らないと決めました」
「それはなぜだ? 」
ハンスさんは浮かない表情で答える。
「帰る必要がないのです。
私はこの世界で成功し、周りからも慕われて上手くやっています。
私にとって、この世界のほうが生きやすいからです」
ハンスさんは私と同じなのかもしれない。自分の居場所を見つけたから、あえてもとの世界に戻ろうとも思わないのだろう。その気持ちはよく分かるし、私だってロスノック帝国にずっといたい。
でも……。ロスノック帝国は現在、危機的状況だ。そして、リリーもハンスさんを待っている。私はどうすればいいのだろう。
「問題が解決すれば、またこの世界に戻ってこればいい」
レオンは告げる。リリーには申し訳ないが、ハンスさんの気持ちを優先させれば、それしかないかもしれない。
私も頷いていた。
だが、
「私はロスノック帝国を捨てた身です。今さらのこのこと帰ることも出来ません」
ハンスさんは頑なだ。そこまでして帰りたくないのだろうか。
「王太子である私が許可する。
……というより、私が頭を下げる。どうか、ロスノック帝国を救ってくれ」
そう言ってレオンは、ハンスさんに頭を下げたのだ。
国のことを第一に思っているレオン。国のためなら自分の身を犠牲にすることも分かっていたが、王族の誇りやプライドも持っている。立場は指導者であり、下の者に頭を下げることなんてしなかった。そんなレオンが、ハンスさんに頭を下げているのだ。
私も反射的に立ち上がり、ハンスさんに頭を下げていた。私が頭を下げたところで、どうにもならないことは分かっているが。
「それに、リリーが……
リリーが、ハンスさんを待っています」
「……リリーが? 」
私は顔を上げた。ハンスさんは、切なそうな、それでいて複雑な顔で私を見ている。そんなハンスさんをまっすぐ見て、私は告げた。
「ロスノック帝国には、ハンスさんの帰りを待つリリーがいるのです」
沈黙が訪れた。ハンスさんは額に手を当て、悩ましい顔をしている。色々考えているのだろう。
この世界で大成功をしているハンスさんが、ロスノック帝国に帰ることはデメリットしかないに違いない。だけど、どうか……
「分かりました」
ハンスさんは静かに答えた。
「一度、ロスノック帝国へ行きましょう。
ですが、問題が解決したら、私は再びこの世界に戻ります」
その言葉に私はレオンと顔を見合わせていた。レオンは嬉しそうに私を見る。そして次の瞬間、がばっと私に抱きつく。咄嗟の出来事で、ガードするのを忘れていた私は、まるでぬいぐるみみたいにレオンにぎゅうぎゅうにされる。
「良かったな!ローザ!! 」
レオンはそう言って、私の頬や鼻や唇にちゅっちゅっとキスをする。真っ赤な顔の私は、
「やめてよ!ハンスさんが見てるのに!」
必死で抵抗するしかなかった。
こんな私たちを、ハンスさんはぽかーんと見ている。きっと、心の中でドン引きしているのだろう。だけど、ハンスさんが一時的にもロスノック帝国に帰ってくれるのだ。私たちはこの世界に来たかいがあったのだろう。
「私は一度身辺整理をします。
明日、約束の場には必ず行くので、もう一日時間をください」
「分かった。私たちは君を待っている」
こうして私たちは無事にハンスさんとロスノック帝国に戻る約束を交わし、仙台を後にした。
新幹線に乗ると、どっと疲れが湧いてくる。ぐったりとした私の隣で、レオンはまた窓から外を見て興奮していた。そんなレオンを見て、二人でこの世界に来て良かったなと思う。今のレオンは王太子という立場に縛られず、自由に日本を楽しんでいるようにも見える。そしてこの世界では、私たちは身分も関係なくただの恋人だ。
恋人か……そう、陰キャの私に、こんなに素敵な恋人が出来たんだ。
「ローザ」
不意にレオンに呼ばれ、隣を見る。すると、レオンは甘く優しい顔で私を見ていた。その綺麗な顔と優しい瞳にキュンキュンが止まらない。そしてレオンは、口角を上げて嬉しそうに告げたのだ。
「これから、私は君の両親に、婚姻届にサインをいただこうと思う」
「えっ!?」
予想外の言葉に、私は混乱してしまう。
「父からサインは不要と許可をいただいたが、兄が納得しないらしい。
君の両親のサインをいただいたら、兄だって納得するしかないだろう」
「でっ、でも!私の両親を王子様になんかに会わせることは出来ない」
どぎまぎして答える。私に薔薇なんて名前を付ける両親だ。レオンに無礼を働くことは見え見えだし、レオンだって嫌な気分になってしまうに違いない。
それなのに、
「王子王子ってやめてくれ」
レオンはため息混じりに告げる。
「私はただの婚約者ではなかったのか? 」
そんなことを言われると、反論はあっても何も言えなくなってしまうのだった。
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