10. 王子様はクレーマー
それから私は、ゲーム会社の反須さん宛てに何度も電話をした。だが、エグゼクティブディレクターともなると、なかなか取り次いでもらえない。完全に怪しげなセールスやいたずら電話とでも思われているらしいのだ。
「またあなたですか?しつこいです!
これ以上いたずら電話をすると、警察に通報します!」
なんて最後は散々怒鳴られて、意気消沈した。ロスノック帝国では何もかもが上手くいったのに、この世界ではダメダメのままだ。
こんな私を、レオンは心配そうに見ていた。レオンだって王太子として色々責任を感じているはずだ。もうすぐハンスに届くのに、ここへ来て駄目だなんて……
「ローザ、それ、私にやらせてくれ」
心配そうにそんなことを言われても……レオンはこの世界の常識とか、しきたりとか、分からないでしょう!?
「私がやると、何か違うかもしれない」
「でも……王子様に怒鳴られることをさせるなんて、とてもじゃないけど出来ない」
そう。私はここへ来ても、レオンのことをずっと考えていた。この世界では、私が彼を守らなきゃ。王子様だから、尽くさなきゃ……
「王子とか関係ないと、私は言っている。
君と私は、対等な関係ではなかったのか?」
レオンはそう言って、私からスマホを取り上げた。そしてスマホを耳に当て……びっくりすることを言い始めるのだ。
「私は、ロスノック帝国第二王子のレオンだ」
「はい!? 」
思わず聞き返してしまう。
この世界でそれはないだろう。頭がおかしいと思われるに違いない。実際、スマホからは相手の困惑した声が漏れている。
「私は、貴社のハンスという者に用がある。
よくも私を冒涜してくれたな」
駄目だ……これじゃあ、ますますいたずら電話だと思われるだろう。そして、思いっきり喧嘩を売っているではないか。いや、ただのクレーマーだろうか。
だが……意外にも、スマホからは保留の音楽が流れている。
まさか、あれで変わってくれたの!?私の血の滲むような努力は何だったの!?
人生は、理不尽だ。
レオンは私を見て、爽やかに笑って親指を立てる。上手くいったのは嬉しいが、とても複雑な気持ちだ。
長い保留のメロディーのあと、ようやく電話が繋がった。スマホからは、男性の声が微かに漏れ出ている。無事ハンスに変われたのだろうか。
そして肝心のレオンは、電話先の相手に向かって、いきなり喧嘩を売り始めたのだ。
「君はロスノック帝国の者だろう?
よくも私を悪役にしたな」
「言っている意味が分かりませんが」
スマホを通して、男性の声が聞こえる。そんな反応を聞き、絶望でいっぱいになる。ゲーム会社のエグゼクティブディレクター 反須さんは、ハンスではないのかもしれない。
だけど、レオンはハンスと信じて止まないのだろう。
「すぐに会いに行く!話がしたい!!」
「私は今日、手が離せないのです」
「それならば、明日はどうだ? 」
レオンは強引すぎる。ここでは王子ではないし、彼の都合に合わせる義理もない。だから、当然断られると思った。レオンのやり方は、この世界では通用しないのだ。
だが……
「承知しました」
電話の向こうの男性は、静かに答える。
「話だけなら聞きましょう。
明日朝九時に、仙台市の本社までいらしてください」
こうして、無理矢理レオンは反須さんと約束を取り次いでしまった。私たちが探しているハンスが、反須さんなのかは分からないのだが。
そして、急遽明日、仙台市の本社まで行かなければならないのだ。私がいなかったら、この世界を知らないレオンは途方に暮れたに違いない。私は何も考えず、ネットで新幹線のチケットと、仙台市内のホテルを押さえた。どうせこの世界に戻るつもりはないのだから、散財して高級ホテルのスイートルームを予約した。……王子様を庶民的なホテルに泊めるわけにはいかないから。
◆◆◆◆◆
「ローザ、この世界は凄いではないか!
機械文明は、魔法を超えるのか!」
仙台市に着くまで、レオンは興奮しっ放しだった。街行く人々や、信号機、はたまた渋滞、高層ビル、全てが彼にとって新鮮で凄いものなのだ。この世界に慣れた私には、ありふれた日常なのに。
挙げ句の果てには新幹線だ。子供みたいに車内ではしゃぐレオンに、
「静かにしてよ」
なんて遂に言ってしまった。だって、みんな痛い人を見るようにレオンを見ているのだから。分かっているが、この世界の人々は冷たい。
こうやって何とか仙台に着き、ホテルにチェックインする。その間もレオンは周りが気になりすぎて、きょろきょろしている。レオンがあまりに挙動不審だから、目立たないように黒髪にしてもらって良かったと心から思う。あの鮮やかなブロンドだったら、さらに注目を浴びていただろう。
そんなレオンは旅人の服を脱ぎ、この世界の私服に身を包んでいる。慌てて私が近くのユ◯クロに買いに走ったのだ。彼はシンプルな白いシャツにグレーのパンツを履いているだけだが、その私服姿にときめいてしまったのは言うまでもない。スタイルのいいレオンは、何を着ても映えるのだ。それに比べて私は、完全に昔のままの陰キャに成り下がっている。周りから見たら、レベル高いイケメンが、オタク女と一緒にいるとか思われるのだろう。
こうやってホテルにチェックインして、スイートルームの扉を開いた瞬間、大きなミスを犯したことに気付いてしまった。一部屋しか取っていないのだ。これは非常にまずい……
だが、レオンはそのことにさえ気付いていないようだ。この世界のもの全てが新鮮で、全てに興味を持っている。今なんて、最上階のこの部屋から、遥か下を眺めて驚いている。そんなレオンを見て、思わず笑ってしまった。
「どうしたんだ、ローザ」
笑う私に、不思議そうにレオンが聞く。だから私は告げていた。
「レオンが可愛くって」
「……可愛い?」
彼は怪訝な顔で答える。そして私は大きく頷いていた。
「ロスノック帝国では、強くて頼れる優秀な王太子だったのに。
なのにこの世界では、子供みたいにはしゃいでて……」
「……そうか」
そう言って、ようやく彼は落ち着いて椅子に座る。自分がはしゃぎすぎたことを後悔しているのだろうか。
「可愛いだなんて、初めて言われた。
人は皆、王族の私を敬って近付かないから」
彼は彼なりに悩んでいたのかもしれない。優れた部下に囲まれ、そのカリスマ性で国を引っ張っていく。誰もが羨む存在だが、そのなかにも苦悩があったりしたのだろう。
「だが、今はローザがいるから満足している。
……ローザ。ずっと私のそばにいてくれ」
そんなに縋るように言わなくても、私はレオンから離れるつもりなんてない。
レオンは私に近付き、ぎゅっと抱きしめる。大好きなその胸に抱きしめられ、ドキドキが止まらない。レオンが大好きだと改めて思った。
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