4. 美男を助けてしまった
戦場までの護送は、立派な馬車ではなかった。まるでダンボール箱のような箱に入れられて、私は戦場へ送られた。そして、ゴミみたいにドサっと投げ捨てられ、箱が開いた。
開けられた箱から見えた景色は、私がこの世界に来た時と同じものだった。
果てしなく続く、茶色のひび割れた大平原。私の前には、ロスノック帝国の緑色の鎧を着た戦士や、その後方には緑色のローブの魔導士も見える。私の上を魔法が飛び交い、あちこちで火柱が上がり、雷が落ちる。
戦士は弓を引き絞り、矢が雨あられのように降った。私はダンボールを屋根にしていたため、運良く当たらずに済んだようだ。
ここが正真正銘の地獄だろう。だが、グルニア帝国も私にとって地獄だった。
死ぬのは怖い。でも、あそこには戻りたくない。
不意に、腕に着けられていた素敵な腕輪もとい、手錠もどきが外れ落ちた。なにか機械みたいなものが仕込まれていて、遠隔操作によって外れたようだ。その瞬間、身体中に力がみなぎっていくのが分かった。
まるで萎れた花に水をあげた時のように、私の体はぐんぐん元気になっていく。私はようやく、この腕輪が力を吸い取っていたことに気付いた。
「かかれー!!」
ロスノック帝国から、声が響き渡る。そして、私めがけて剣を手にした戦士たちが駆けてくる。助けて欲しくて振り返った私は、愕然とした。
私は、なんと緑色の集団に囲まれていたのだ。
グルニア帝国軍の赤色は、遥かかなたに小さく見えるのみ。
私はただ一人、爆弾のように敵陣地に投げ込まれたのだ。
ドミニクがクズなのは分かっていたが、クズ中のクズだ。ここで私が殺されるか、一発逆転大魔法を放つのかに賭けたのだ。
遠くから魔法が飛んできた。それはギリギリ避けた私の足元を熱く焦がす。
避けたと思ったら、次は氷がナイフのように襲いかかる。死に物狂いで避けた。
なんとか魔法には当たらなかったが、反撃出来ないのが私だ。魔法を撃ち返したいが、どうやって魔法を使うのかさえ分からない。
そうこうしているうちに、すぐ近くまで剣を持った戦士集団も迫って来ているではないか。このままでは確実にやられてしまう。
先頭にいる戦士集団は、魔法戦士なのだろう。各々の剣が魔力を溜めて光った時……
「待て!彼女は何も攻撃してこないではないか!!」
凛々しい男性の声が響き渡った。
男性の声によって、先頭の戦士集団は私に剣を向けたまま立ち止まる。その間を縫って、声の主が姿を現した。
金色に輝く髪に深緑の瞳をした彼は、ロスノック帝国軍の緑色の鎧に身を包んでいる。ただ、どの戦士よりも豪華で煌びやかな鎧だ。位が上の人だろうか。それともまさか……ーーー
「君、大丈夫?
どうしてこんなところにいる?」
彼は私のもとに歩み寄り、そしてしゃがみ込む。その顔はとても美しく、思わず見惚れてしまった。
「こんなところにいると危ない」
そう言って差し伸べられる手に、すがりそうになってしまう。緑色のガントレットに覆われたその手に。
この美男が例えロスノック帝国のレオン第二王子であったとしても、ドミニクよりはずっとマシだ。
だが、頭上に飛んできたプロペラのようなものから、大声が聞こえる。
「何やってるんだ、魔導士!
はやくそいつらを攻撃しろ!!」
グルニア軍は、こうやって遠隔操作で私に攻撃を命じるのか。なんという愚か者だ。
「魔導士?」
美男が少し驚いたように目を開き、私を見る。私がグルニア軍の魔導士だと知ったら、この美男は態度を変えるのだろう。そして、私を殺すのだろう。
だけど、散々苦しめられた私は、もはやグルニア帝国に従う気はなくなっていた。
「し、従いません!」
私はグルニア帝国軍のプロペラに向かって、震える声で叫んでいた。
「私、あの国に戻るなら、死んだほうがマシです!!」
私の言葉に、美男はまじまじと私の顔を覗き込んだ。イケメンの顔が近く、男性に免疫のない私はビビってしまう。だが、それどころではないのも事実だ。
美男は私に手を差し出したまま、口元を緩めて告げた。
「それなら、我がロスノック帝国へおいで」
その笑顔、反則だ。美男のスマイルの破壊力は、どんな魔法にも勝てそうもない。
私は顔を真っ赤にしてその手を握っていた……ーーー
その瞬間、グルニア帝国軍が総攻撃を仕掛けてきた。魔法やら弓やらが一斉に飛んでくる。
私を取られることが、そんなにも嫌なのだろうか。それならば、もう少し私を大切にするべきだったのに。囚人みたいに扱われた私は、もはやグルニア帝国には恨みしかないのだ。
「皆の者、応戦だ!」
美男の言葉に、ロスノック帝国軍は一斉に戦闘を再開した。頭上で呪文がぶつかり、氷や火花が飛び散る。
美男は魔法だって使えるのだろう。私を抱えたまま、魔法を次々に跳ね返している。腰の剣がきらりと輝いた。
この人は、やはりレオン第二王子なのだろうか……
私は美男に庇われたまま、ロスノック帝国軍の最前部を見守っていた。分かっていることだが、グルニア帝国軍もとても強い。人が次々と倒れている。
そんななか……
「殿下!!」
近くで声が聞こえた。
殿下!? なんて反応する間もなく、その声は続ける。
「禍々しい戦闘機械が来ます!」
それは、まるで蜂の大群のようにやって来た。いや、ドローンの大群とでも言うべきだろうか。
上空に浮かんだ大量の円盤からは次々に炎が噴き出され、人や大地を飲み込んでいく。
「くそっ!」
美男が私を抱えたまま、悪態を吐く。
「万事休すか……」
私が美男に守られている間にも、『禍々しい戦闘機械』は炎を噴き出し、ロスノック帝国軍を飲み込んでいく。私は、この心優しい美男の部下を、そして美男を守りたいと思った。
私が伝説の最強魔導士ならば……少しくらい、役に立てるよね?
私は美男の腕の中で必死に祈った。
美男を助けてください。
ロスノック帝国への攻撃を、やめてください!!
もちろん魔法なんて使えないが、運良く何かが出来たなら……!!
私の周りを広い光が包んだ。まるで蛍のような、儚い光。
次の瞬間、それは閃光となって干からびた大地を駆け巡っていた。
その光は宙に浮く戦闘機械を破壊し、遠くで戦うグルニア帝国軍を気絶させる。それでいて、傷ついたロスノック帝国軍に力を与えるのだ。
美男は私を抱き抱えたまま、驚いた様子で閃光を見上げる。そしてようやく辺りが暗くなると、緊張の糸が途切れたような笑みを浮かべて私に告げた。
「ありがとう。君のおかげだよ」
私は美男に笑いかけながら、意識が遠のいていくのを感じた。先ほどの魔法のせいで、酷く消耗しているのだった。
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