2. 人違いじゃないですか
私は『伝説の魔導士』として、グルニア帝国の王都へ向かっていた。たくさんの戦士や魔導士に囲まれて、豪華な馬車で。
馬車の隣にはひときわ煌びやかな鎧の偉そうな戦士が座ったが、その醸し出す強そうなオーラに震えずにはいられなかった。
そんな戦士の隣で、私は何が起こったのかいまだに分からず、必死で考えていた。
ここは間違いなくゲームの世界なのだろう。伝説の魔導士というのは、ゲームの主人公のことだろうか。だが、他にパーティーの仲間は見当たらない。ただ、グルニア帝国の戦士たちがいるだけだ。
グルニア帝国……ゲームの中では、文明が発展した機械都市だった。この発展した文明を狙って、隣の魔法都市ロスノック帝国が戦いを仕掛けてきた。
グルニア帝国は機械のおかげでとても豊かで、飢饉が起きているロスノック帝国からは羨望の眼差しで見られていた。そして、主人公はゆくゆくはグルニア帝国の第一王子ドミニクと恋に落ち、結婚するはずだ。
もちろんゲームはそこまで進んでいなかったが、攻略サイトの鬼となっていた私はよく分かっていた。
グルニア帝国に行くのなら、私の豊かな暮らしは保障されているのだろうか。そして、ドミニク王子の庇護を受けられるのだろうか。
この時は、比較的明るい気持ちでいっぱいだった。
まさか辿り着いた先のグルニア帝国が、ゲームとは全然違うということなんて、考えもしなかった。
ただ、一つ気がかりなこともあった。それは、言うまでもなく魔法が使えるか、だ。
元の世界では、もちろん私に魔力なんてものはなかった。こんな時に魔法が使えればいいなんて思うことはあったが、使えるはずもなかったのだ。
この世界でも、実際魔法なんて使っていない。ただ勝手に、伝説の魔導士様だなんて崇められてしまったのだ。その崇めかたがあまりにもすごいため、真実を言うのが怖くなった。
隣に座るこの戦士を含め、グルニア帝国の人が、私が伝説の魔導士ではないと知ったらどうするのだろうか。……処刑されなければいいが。
こんなことを考えていると怖くなる。そしてついに隣に座る偉そうな戦士が、
「魔導士様」
私を呼び、
「はっ、ははははい!」
慌てて飛び上がった。
私はまた、魔導士であることの否定を忘れてしまった。こうやってどんどん、深みに嵌りつつある。
戦士は、兜を被っているため顔が見えない。だが、恐らくその鋭い瞳で私を見ているのだろう。低い声で告げた。
「魔導士は聖なる力によってあの場所に召喚されたが、敵国ロスノック帝国について知っているか?」
聖なる力によって召喚されただなんて、ますます勘違いも甚だしい。私はただゲームをしていて、ゲームの中に吸い込まれただけなのだ。
正直、ゲーム上でもロスノック帝国の評判は悪い。だから私はこの戦士に、思うままを伝えていた、もちろん怯えながら。
「あ……あの……ロスノック帝国は、グルニア帝国の文明を狙っているのですよね。
……れっ、レオン第二王子が酷く冷酷で強いのと」
レオン第二王子の話を私がしたからだろう、この戦士は機嫌を損ねたようだ。ぶっきらぼうだったのがさらにぶっきらぼうになり、恐怖を覚える。
「ロスノック帝国のレオン第二王子など、我がドミニク様の足元にも及ばぬ」
「すっ、すみません!!」
慌てて謝りながらも、敵国の話は迂闊にしないようにしようと思った。しかしこの戦士は、ロスノック帝国の話をまだ私に続けるのだ。
「諸悪の根源ロスノック帝国は、我が機械文明が欲しくてたまらない。だが、我らはロスノック帝国に負けてはならないのだ。
奴らは極悪非道の悪人集団で、我らが負けた場合、我らに待ち受けるのは死のみである」
それは分かる。ゲームの中でもそうだったから。だが、実際にこんなことを言われると、怖すぎて体が震えるのだった。
こうやって居心地の悪い馬車の旅は、ある時突然終わったのだ。
というのも、馬車の窓が閉められていたため、外の景色を見ることが出来なかった。いつの間にか馬車は王都へ入り、その立派な城門の前へと辿り着いていた。
馬車の扉が開かれると、眩しい光が馬車の中を照らした。思わず目を細めるが、次第に外の景色が見えるようになるにつれ、驚きが恐怖を上回った。
というのも、馬車の前にはずらっと召使いが並び、頭を下げている。召使いの並んだ道は、立派な灰色の城内へと続いている。
「伝説の魔導士様、万歳!!」
人々の声が響き渡る。
人違いに決まっているのに、人々は私を伝説の魔導士だと信じて崇めている。……いよいよまずい。
馬車から降りた瞬間、さらに大きな歓声が湧き起こった。注目されるのが嫌な陰キャな私は、パニックを起こしかけている。
こんな私の近くに、これまた偉そうな眼鏡の男が歩み寄り告げた。
「魔導士様、両腕を出してください」
言われるままに差し出した私の両腕に、眼鏡の男は黒い腕輪を着けた。ガチャリと鍵が閉まるような音が聞こえ、まるで手錠をかけられたような気分になる。それと同時に、体から力が抜け落ち、酷くだるく感じるようになったのだ。
「殿下から、素敵な腕輪のプレゼントです」
眼鏡の男はそう言うが、どう見ても素敵な腕輪には見えない。五センチくらいの金属で出来た太い腕輪には、申し分程度の花の模様が彫ってあるが、鎖の付いていない手錠にしか見えないのだ。
それでも、楯突くのが怖い私は、
「ありがとうございます」
なんて嬉しくもないのに礼を言った。
こうやって腕輪を着けられ酷くだるくなった私は、第一王子ドミニクの前へ連れて行かれたのだ。
赤いカーペットが敷かれた長い通路の向こうには、豪華な椅子に座っている男性がいた。
周りの人々が頭を下げるため、私も同じように頭を下げておく。
「苦しゅうない。魔導士、頭を上げよ」
そう言われ、おずおずと頭を上げた私は、目の前のドミニクだと言われる人を見て逃げたくなった。
というのも、ドミニクは王子に相応しくない、とても気持ち悪い男だったのだ。小太り、モサモサの髪、おまけに半笑いの口は下品に歪んでいる。まるで、駅のホームに転がっている、酔っ払いの男だ。
ゲームの中のドミニクは、正統派でかっこいい男だった。主人公は、幼い頃からドミニクに憧れ、恋心を抱いていたのだ。
だが、目の前の男は、そんなドミニクのイメージを一瞬で粉々にするほどの禍々しさだ。
私は露骨に顔を歪めていた。それなのに、この超キモ男は、
「魔導士よ、そんなに僕に見惚れるでない」
なんて、訳の分からないことを言い始める。それ、本気で言っているのだろうか。このドミニクは、もしかしたらすごく冗談の通じる人なのかもしれない。なんて思ってしまうほどだった。
だが、このドミニクは恐ろしいことに本気だったのだ。気持ち悪い薄ら笑いを浮かべ、私に言い放った。
「薄汚い黒髪の、異国の魔導士よ。
お前がロスノック帝国との戦争に功績を残したら、僕の第三夫人にしてやる」
「は?」
思わず言ってしまった。それで、急いで口を噤んだ。
第三夫人?無理だ。第一夫人だとしても、無理だ。
この人に、第一夫人と第二夫人がいることすら信じ難いのに。
だが、行くあてもない私は、ここにとどまるしか方法が無いのも事実。
「あ、ありがとうございます」
必死でそう言いながらも、この人の第三夫人になるのは嫌だと必死で祈った。
私はこの世界で、どうなってしまうのだろう。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!