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虎姫伝  作者: くろさぼ
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6.虎姫知世VS剣のシン

 蝉の声が教室の外から聞こえてきた。

 そう、3年前のあの戦争も、終焉を迎えたのはこんな蒸し暑い日だった。

 夏というのは不吉な季節なのだろうか。

 知世(ともよ)は教室で教師がやって来るのを待ちながら、物思いにふけっていた。

 今日で、学生生活を終わりにする予定だった。

 親友として接してきた(さき)にはまだそのことは伝えていない。

 もう、2度と会えなくなるかもしれない。

 そう思うと、寂しかった。

 教室の扉が開く音で知世は顔を上げた。

 やけに教室が騒がしかった。

 教師が入って来たものだと思っていたが、どうやら違うらしい。

 胸騒ぎがし、知世は魔力を教室内に放ち、状況判断を試みる。

 その直後、教室に入ってきた人物から黒い玉が教室内に無数に放たれる。

 知世は咄嗟に、咲の目の前に移動し、庇うように体を抱き寄せる。

 弾丸のように放たれた玉は教室にいた、クラスメートたちを貫く。

 つい先程まで平和だった教室内は一瞬で地獄絵図と変貌していた。

 教室内には生徒たちの血で真っ赤に染まっていた。

 クラスメートたちは一様に体を貫かれ、ある者は絶命し、ある者は体を痙攣させながら倒れていた。

 教室内で無事に立っていたのは、知世と咲、そして玉を放った人物だけだった。

 知世は咲に教室の中を見せまいと、強く抱き寄せる。

 自分の体が震えているのが分かった。


 恐怖? 怒り? 悲しみ?


 どの感情で自分の体が震えているのかは分からなかった。

 突然の来訪者は、十中八九、自分を狙って来た者だろう。

 予想の範囲外だった。

 ある程度の予想はあった。

 しかし来訪は予想よりも早く、そして予想以上になりふり構わない方法でやって来た。

 でも、クラスメートたちで無事なのが咲だけで好都合だったかも知れない。

 この場で守らなければならないのは、もう咲1人。

 咲、1人だけならば連れて逃げることが出来る。

 咲を抱きあげ、大きく横に跳躍した。

 2人の体は一直線に窓に向かい、空いている窓から校舎の外へと身を投げ出した。


   ◇◇◇◇


 咲を連れて10分程度走っただろうか。

 結構な距離を移動していた。

 先程の人物が追って来ている気配は無かった。

 それを確認して、足を止めた。

 後は咲を安全な場所に置いて、仲間との合流場所に移動するだけだった。


「クラスメートを殺されて、怒りくるって応戦すると思っていたんだがな」


 少し離れた位置から声が聞こえた。


「シンさん!?」


 咲が声を上げる。知世は咲の前に手を出し、自分の後ろに下がらせる。


「先程の人物は貴女の仲間でしょうか?」


 シンがいるであろう方向に声を投げつける。


  ◇◇◇◇


 10分程だろうか?

 知世に抱えられたまま町を移動した。

 知世が足を止めるとやっと、体を開放される。

 クラスメートたちの断末魔が未だに耳に残り響いている。

 突然の出来事に咲は頭が混乱していた。

 落ち着かせようとしていると、今度は目の前に元クラスメートのシンが現れた。

 格好は見慣れた制服姿などでは無く、銀色に輝く鎧で身を纏っていた。

 知世はシンから咲を守るかのように自分の体を2人の間に滑り込ませた。


「先程の人物は貴女の仲間でしょうか?」

「少し違うな。お前を殺すための協力関係を結んだだけの相手だ」


 シンの言葉を理解するのに時間が掛かった。


「何もクラスメートたちを犠牲にする必要は無かったのでは?」

「集めたメンバーには力を隠すのが下手なやつが多くてな、近付く前に気付かれる可能性が高かったんだ」

「だから、時間稼ぎに先程の人物を送り込んだと?」

「少々、暴走気味だったけどね。まさか、全力で離脱されるとは思わなかったよ。かろうじてついてこれたのは私だけだ」


 そういってシンが剣を構える。


「咲には手を出す心算(つもり)はないが、逃げた場合は別だよ」


 そういってシンが私の方を見る。


  ◇◇◇◇


 逃げるなとシンが釘を刺してくる。

 学生生活をしていたときは、咲と仲良くしていた。

 だからといって、知世が咲を置いて逃げたときは咲を迷わず殺すだろう。

 彼女はあくまで戦士だ。

 感情で動いたりはしないだろう。

 咲を連れて逃げるという選択肢は無理だろう。

 足の速さには自身はあるが、咲を抱えて逃げるとなるとこの女戦士を振り切れない。

 となると、選択肢としては応戦しかないのだろう。

 咲を後ろに下がらせると体制を低くし、構える。

 相性は最悪の相手だった。

 目が見えないことで、敵の感知は魔力に頼るしかない。

 しかし、敵はその魔力を完全に打ち消す能力の持ち主。

 魔力が消される辺り、そこにシンがいることまでは分かるが、何をしているかまでは分からない。

 下手に突っ込むと、自分から剣に刺さりに行く可能性もあった。


 知世の遠距離の選択肢は魔法しかない。魔法での攻撃が効果無い以上、やはり近距離戦を行うしかなかった。

 だからといってシンの近くで戦えば、完全に魔力を消されてしまい、方向さえも見失う可能性もある。

 ならば取れる戦法は1つ。ヒットアンドアウェイしかなかった。

地面を強く蹴り、シンがいる方向に向かって飛び込む。

 しかし、手につけた爪がすれ違いざまに切り裂いたのは空だけだった。

 少し離れた場所に着地すると、すかさず折り返し飛び掛った。

 今度は先程の倍位の力を込めて地を蹴り、スピードを上げる。

 シンがいるであろう位置に差し掛かったところで腹に鈍い衝撃が走る。

体が後ろに跳ね飛ばされる。

 体を空中で捻り、元いた辺りに着地する。

 衝撃が走った辺りを確認するが、斬られた形跡は無かった。

 剣の腹で殴られたのだろう。

 怪我が無かったのは幸いだった。

 最後の一撃を放つことが出来る。


  ◇◇◇◇


 知世とシンの戦いは咲が離れてから程なくして始まった。

 知世が咲の目で捉えられるか捉えられないかのギリギリ位のスピードでシンに突撃する。

 シンはそれを、半歩移動しただけで避けた。

 すれ違った知世はそのまま反転し、先程より早いスピードでシンに飛び掛った。

 シンは意表を付かれたような表情をしていたが、何とか剣で知世を弾き飛ばしていた。


 咲にはまだ状況が理解出来ていなかった。数ヶ月前まで仲良くしていたはずの2人が、目の前で殺し合いをしている。

 シンには最初、良い印象を持っていなかったが、話してみれば普通の女の子だった。知世だって虎姫だの化物だの呼ばれているが、咲の前では普通の女の子。


 じゃあ、何故こういうことになってしまったんだろうか?


 知世が低く、体勢を構える。

 そして、咲の視界から消える。


   ◇◇◇◇


 知世が素早いスピードで突進してくる。


 直線的な動き。


 体を半歩分ずらして、その攻撃を避ける。

 振り替えると、知世がさらの倍以上のスピードで突進してきていた。

 予想以上のスピード。

 なんとか剣で叩きつけて撃墜をする。

 知世の体が飛ばされたことで、体制を立て直す時間を作る。


 目の前で知世が体制を低く構えるのが見える。

 恐らくは、今以上のスピードで突進して来るのだろう。それに備え、意識を集中する。


 知世が地面を蹴る。

 予想を遥かに超えるスピード。

 しかし、集中していた為に何とか反応することができる。

 知世の攻撃を避けると共に剣を振るう。

 知世の爪が鎧に引っ掛かり、抉りとられる。

 自分の剣が知世の足を切り裂く感触を感じる。

 知世の方を向くと、足の傷により体重を支えられなくなり倒れていた。


「勝負あったな」


 魔力を無効化する効果内に知世が入るまで歩み寄る。

 それにより、知世は周辺の状況が把握できなる筈だ。

 知世が剣の間合いに入るまで歩み寄ると構えを取る。

 シンと知世の間に割って入るように咲が飛び出してくる。


「何の心算(つもり)だ?」


 シンが咲の眼前に剣を突き出す。


「邪魔をするなら斬るぞ。そこを退け」


 出来る限り、感情を表に出さないように意識しながら呟く。


「退きません。何で2人が戦わないといけないんですか。ちょっと前まで仲良くしてたじゃないですか?」


 咲は震えながらもシンを見据え続け、呟いた。


「私は世界の意思で動いている。お前は世界を敵に回してまでも知世を守ろうと思うのか?」


 自分で言いながらも悲しい感情が湧き出てくるのが分かる。

 恐らく、咲は今の言葉の意味が分かっていないだろう。

 しかし、言葉の意味が分かったとしても行動が変わるのだろうか?


「咲まで私に付き合って死ぬことは無いわ。そこを退きなさい」


 咲の後ろから、どこか諦めた色の混じった知世の声が響く。

 その声を聞いて、咲の表情が変わる。


「絶対に退きません」


 決意を決めた表情。

 2人はどちらも、相手の為死ぬ覚悟を決めているのだろう。

 この2人の輪の中に数ヶ月前まで自分の姿が合った事を思うと決心が鈍る。

 自分は戦士。感情を捨てるように何度も心の中で呟く。

 そして狙いを定め、剣を突き刺す。

 咲の腹部を貫き、その先に座り込んだ状態の知世の首に剣が突き刺さるのを感触で感じる。

 知世の傷は普通の人間ならば、即死していてもおかしくは無いだろう。

 即死しなくても、呼吸困難で死に至る傷。


 しかし、相手は(ことわり)の外の者。この傷でも生き長らえるかもしれない。

 止めを確実に刺すか迷っていると、咲の顔が視界に入る。


「傷口を手で押さえていた方が良い。急所を外してあるといえど出血が酷いと命にかかわるかも知れない」


 そう告げると、踵を返し歩き出す。

 自分は相手に絶対助からない傷を負わせたのだ。この傷で生きている方がおかしいのだ。

 自分に言い訳をしながら歩いている自分に気が付き苦笑する。

 戦士として何処までも冷徹になれる心算(つもり)だったが、気が付けばこの2人に毒されていたのだろうか。

 しかしながら互いに庇い合う2人の姿を見ていると、彼女たちの為に自分が罰せられる結果となろうが構わないと思ってしまっていた。

 歩いていると、知世を倒すために集まったメンバーが追いついて来た。

もう勝負が付いたことを告げると、シンの部下である魔族たちは素直に撤退していった。

 しかし、他の種族の者たちはシンの言葉を無視して知世の様子を伺っていた。


「所詮、私は魔族。他の種族からの信用は無いんだな」


 そう毒づきながらもその場を後にした。


   ◇◇◇◇


「勝負あったな」


 シンがそう呟くと知世に歩み寄っていく。

 咲は思わず2人の間に割って入っていた。


「何の心算(つもり)だ?」


シンが咲の眼前に剣を突き出す。


「邪魔をするなら斬るぞ。そこを退け」


 シンが感情の無い声で言う。

 逃げ出したい恐怖に駆られながらもシンを見つめ続ける。


「退きません。何で2人が戦わないといけないんですか。ちょっと前まで仲良くしてたじゃないですか?」

「私は世界の意思で動いている。お前は世界を敵に回してまでも知世を守ろうと思うのか?」


 シンが何を言っているのか分からなかった。


「咲まで私に付き合って死ぬことは無いわ。そこを退きなさい」


 後ろから聞こえた知世の声は、どこか諦めた色の混じった声だった。


「絶対に退きません」


 咲はシンと知世、2人に言い放った。

 どんなに強くても、知世は知世。普通の女の子だ。

 強いから殺されるなんて間違っていると思う。

 シンがどこか悲しげな表情を浮かべながらも剣を振り上げる。

 胸に冷たい物が通り抜ける感覚がする。

シンが引き抜いた剣には赤い血がべっとりと付いていた。


「傷口を手で押さえていた方が良い。急所を外してあるといえど出血が酷いと命にかかわるかも知れない」


 そう言うとシンは踵を返し、去っていく。

 自分の体の傷を見る。傷を認識すると痛みを急に感じる。

 痛みを我慢しながらも後ろの知世の方を見る。そして、顔が青ざめる。

 知世は首から大量の血を流して倒れていた。

 咲自身も血を流しすぎたのか、意識が遠のいていくのが分かる。


   ◇◇◇◇


「もう、無茶しすぎです」


 優しい声が聞こえる。

 目を開けると、知世が咲の顔を覗き込んでいた。

 知世の首元や服は血で汚れていて、先程の出来事が夢ではなかったことを物語っていた。


「有難うございます。咲のおかげで、シンも止めを刺さずに帰って行きました」


気を失う前。確かに知世は首から血を流していた。


「知世、首の怪我は……」

「私も多少とはいえ、治癒魔法――――怪我を治す魔法を使えるんですよ」

「言い直さなくてもそれ位は分かるけど……」


 咲は拗ねたように口を尖らせた。

 例え、治癒魔法が使えたとしても、それが使える状態ではなかったはずだ。


   ◇◇◇◇


 シンの剣が自分の喉に突き刺さるのが分かる。

 体から力が抜け、体が倒れる。

 喉に血が流れ込み、呼吸が出来なくなる。

 シンの足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

 シンが遠ざかったことで魔力での察知能力が戻る。

 目の前で咲が血を流し倒れているのを感じる。

 今なら、自力で傷を治すことが出来る。そう判断する。

 しかし、魔力のセンサーに幾人かの気配が感知する。

 魔力を感じ取られない位まで押さえ込み、辺りの状況確認を続ける。

 銃を盛ったものはこの世界の人間だろうか?

 聖神もいる。魔族はシンと共にこの場を離れたようだ。

 最初にシンは他にもメンバーがいると言っていた。そのメンバーが追いついてきて見ていたのだろう。

 だが、その誰もが止めを刺しに来る気配は無かった。

 恐らく、首を刺され、助からないと思っているのだろう。

ならば、このまま周りから気配がなくなるまで、死んだ振りを続ければ良い。


   ◇◇◇◇


 程なくして、辺りから気配がなくなったことを確認する。

 自分の首の傷を魔法で治す。

 (せき)をすると喉に流れ込んだ血が口から吐き出される。

 呼吸が戻る。息を整えると咲の傷を確認する。


「馬鹿なんですから」


 そう呟きながらも、心の中でとても喜んでいる自分がいることを感じていた。

 シンもこんな傷で死ぬなんて思っていないはずだ。

 見逃してくれたのだろう。

 まだ、自分の味方がいる。

 そう思うと、とても嬉しかった。

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