5.女剣士と盲目の世界
咲に手を引かれ学校へ向かう。盲目となってから初の登校である。
目が見えない状態で授業を受けたところで、殆んどは理解することも出来ないだろう。
しかしながらせめて学生生活の思い出をと、父が学校側に頼んで1年生である間は通えるように、取り繕ってくれた。
そこは権力者である。学校側も無下には断ることは出来なかったのであろう。
咲は知世の目が見えなくなったことに責任を感じている為か、少しでも知世の役に立とうと、知世の学校生活のサポートを買って出てくれた。
学校へ行っている間は、護身の意味も込めて魔力を封じる指輪はしていなかったが、それでも極力、魔法を使わないように意識していた。
教室へ着くとクラスメートたちの興味の視線に晒される。
クラスメートたちには事故に巻き込まれて、視力を失ったことになっていた。
直接、喋りかけてくるものは殆どいなかったが、周りで噂話をされているのは嫌という程に感じて取れた。
程なくして担任の教師がやってきてホームルームが始まった。
咲に前もって聞いていた話だと、今日より短期の留学生がやってくる予定なのだそうだ。
「よりによって魔界からの留学生だなんて……」
昼休みの屋上、咲は拗ねたような口調で知世に話しかけてきた。
「知世の目を奪った奴と同じ魔族なのよ!」
咲の言葉通り、朝のホームルームで紹介されたのは魔界からの留学生だった。
「まあまあ、魔族全員がそんなんじゃないから」
知世の言葉に咲は全く納得がいっていないようだった。
「それは偏見か? それとも差別か?」
急に第三者の声が投げかけられる。
咲の様子では、彼女もそこに人がいたことに気がついていなかったらしい。
その声には聞き覚えがあった。朝のホームルームで紹介された魔族、シンの声だ。
「そんな化物と仲良くしておきながら、魔族は受け入れられないのか?」
化物とは知世のことを指しているのであろう。
「化物………? 知世のこと?」
咲は困惑の声を上げた。
知世は警戒の意味を込めて魔力を使って周りの状況を確かめた。
しかしながら、シンの立っているであろう辺りだけはどうしても探知することが出来なかった。
心の中で舌打ちをする。
留学生に選ばれるくらいなのだから、魔界での信頼は厚いはず。
名前を聞いて気付くべきであった。魔法をすべて打ち消す能力の持ち主。
「貴女が魔界の王キルス・モーダの片腕である剣のシンですか」
シンが肯定する。
剣のシン本人というのであれば、魔界だけでなく、魔法界でも有名な女剣士である。
魔界の2強の一角が目の前に立っているのだ。冷たく鋭い物が額に突き付けられる。
「っ!」
咲の声にならない悲鳴が聞こえる。
恐らくは、額に剣を突き付けられているのだろう。
「先日のスコール・イズオンの件は聞いている。予測以上の魔力を計測したと」
聞き覚えの無い名前。恐らくは先日、視力を失った際に倒した魔族のことだろう。
話の内容からそう判断する。
「お前たちがここ数年間、力を隠していたことは知っていた。だが、そのとき発揮された能力は各国が予想していた数値より遥かに上回った能力だったと聞いている」
再び心の中で舌打ちをする。
知世の戦闘スタイルは肉弾戦が主。魔法で全力を出したとしても、格段目立つ程の力ではない。
そう判断しての力の解放だった。
「それって、あの場を見ていたってことですか?」
咲が横から声を上げる。
「何を言っている?」
さも当然という感じでシンが声を上げる。
「こいつたちは常に監視されている」
シンは知世を示すように額に当てた剣を少し強く押し当ててくる。
「監視?」
「私たちは世界から危険視されているから、常に監視されているみたいなんですよね」
咲の質問に知世が返事を返す。
「危険視って!」
「まぁ、見られてる前で全力を見せる程、私たちはお人好しではありませんが」
「だが、先日は全力を出したと?」
「私程度の魔力は大したことはないと思いますが?」
シンが立っているであろう方向を睨み付ける。
「魔力はな。しかし、そこから推測されていた各能力を再計算した結果は、各国が騒ぎ出すには十分な数値だったみたいだな」
額に当てられていた剣の感覚が無くなる。
「まぁ、お前たちはキルス様とも面識がある。いま、ここで私の独断でどうこうする訳にはいかないんだがな」
◇◇◇◇
咲のシンに対する印象はかなり悪いようで、学校からの帰り道もずっと愚痴をこぼしていた。
しかし、シンはただ単に知世に喧嘩を売りに来た訳でもないのだろう。
各国が騒ぎ出した。
それは、十分有益な情報だった。
帰宅後、夜の食事の卓で知世は全員にその話をした。
「でも、今すぐどうこうなるって訳ではないんでしょ?」
「そうだな。飯も冷めたら美味しくないし、食い始めよぜ」
その言葉と共に食事がスタートした。
自分たちの能力を危険視して各国が騒ぎ出したというのに、皆気楽なものである。
知世も情報を伝えるだけ伝えたので、食事に意識を戻す。
16人全員が囲むテーブルからは良い匂いが漂っている。
大皿に盛られた数種類のおかず。
全員が我先にと、お目当てのおかずに手を伸ばしていた。
目の見えない知世は食事の度に美代に自分の分を確保して貰っていた。
この家にも何個かルールが出来ていた。
晩飯も全員が揃わない限り食事は始めないというルールがあった。
そして、毎回大皿に乗っておかずが出される。当然のように食卓は騒がしくなるのだが、知世はこれはこれで悪くは無いと感じていた。もし、目が見えていたら、皆に混ざって取り合いをいていたのだろうか?
そのような自分を想像してみて、その想像が余りにも本来の自分とはかけ離れすぎているので、一人笑ったこともあった。
そしてこの幸せな時間。限りあるこの時間を大切にしていこうと心の中で誓ったのだった。
◇◇◇◇
昼休み、いつもの屋上に今日は知世と咲に加えてシンが座っていた。
戦士として育ったシンはお嬢様ばかりの教室に馴染めず、孤立していた。そんな、シンに知世が一緒にお弁当を食べようと屋上に誘ったのだった。咲はあまり良い顔はしなかったが、それでも反対はしなかった。
それは入学当初、孤立していた自分とシンを重ねて見たからかも知れなかった。
「美味しそうなお弁当!」
咲の感嘆の声が上がる。
知世は自分のお弁当をまだ開けてはいなかった。ということは、シンのお弁当を見た感想だろう。
「自分で作ったの?」
「そうだけど」
肯定するシンの声には照れの感情が含まれていた。
「お料理が出来るとは以外です。リオンの為に勉強でもしてんですか?」
「リオンは関係ないだろ!」
知世の質問に、焦った声でシンが叫んでくる。
プライド・リオン。シンと相対する魔界の二強のもう一人。
シンが彼と恋仲であるという噂を聞いたことがあった。
今の反応を見る限りでは、あながち嘘でもなさそうである。
「リオンって誰です? シンさんの彼氏ですか?」
「いや、付き合っては無い。向こうは私のこと、子供だとしか思って無いさ」
咲のストレートな質問に、シンはしどろもどろになりながら答える。
知世は二人の会話を聞きながらも自分の弁当に手を伸ばした。
同居しているメンバーの1人、丸田豚太に作って貰ったお弁当だった。
豚太は晩御飯とメンバー全員のお弁当を毎日作っていた。
豚太の作る料理は絶品であった。
特にお弁当はメンバー全員の好みに合わせて、少しずつ違う仕上がりになっている。
知世のお弁当はというと、野菜の料理が中心のヘルシーなものとなっている。
知世がお弁当を食べ終わるころには咲とシンはすっかりと仲良く会話をしていた。
◇◇◇◇
シンがやってきて半月。
短期留学の期間が終わり、シンは魔界へと帰っていった。
シンが高校へ通っていた間は、常に知世と咲と行動し、仲良く学生生活を満喫していた。
別れの際には咲は泣きながらお別れを迎える程であった。