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虎姫伝  作者: くろさぼ
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4.毒と虎姫

 知世は登校すると咲の姿を確認した。咲はまだ登校していないようだった。

 昨日は咲のことをほったらかして、竜とばかり喋っていた。

 自分のことに愛想を付かされたのではないかと不安になる。


(わたくし)としたことが……」


 あらかじめ竜のことは伝えて置いた方がよかったのかも知れない。

 今更ながら、反省をする。

 自分の力のこと。自分の親友のこと。自分の彼氏のこと。

 今にして考えれば、自分は何も咲には伝えてはいない。

 1人物思いに耽っていると、咲はいつもと同じような時間に教室へやってくる。


「おはようございます」


 いつもと同じ様に知世へ挨拶をしてくる。

 考えてみれば彼氏と喋っていただけ。

 嫌われる程のことではないのかもしれない。

 しかし、嫌われるこということへの恐怖心は拭えなかった。


   ◇◇◇◇


「知世に彼氏がいて、それがあの坂田竜だったなんて驚きだよ」


 昼休みの屋上、咲が喋りかけてくる。

 屋上は人が来ることが少なく、お嬢様を演じることなくいられるので、好んで足を運ぶ場所であった。

 高校で時間を共にすることが多い咲も、自然と一緒に来るようになっていた。


「黙ってて、ごめんね。でも、クラスの皆には黙っていて貰えるかしら?」

「そうだね。うるさそうだもんね」


 咲が同意してくれる。

 竜とは幼いころから顔見知りだった。

 出会いは親に連れられて行ったパーティーだったろうか。今となっては、ハッキリとは覚えていない。


 親にわがままを言って通った、お嬢様学校じゃない、いわゆる普通の中学校になぜか竜が通っていて、気が付けば恋仲になっていた。

 お互いの両親も最初は良い顔をしなかったが、竜の強い押しの成果もあり両親に認められる関係となった。


 いままで、敵対関係でしかなかった両財閥も2人がパイプ役となり、一部協力関係を持つまでになった。

 しかし、世間一般のイメージでは花矢財閥と坂田財閥は敵同士。

 さらに竜本人は成績優秀だし、スポーツも万能。

 クラスメイト、特に上流階級の娘たちにはアイドルのような扱いを受けていた。

 2人が恋仲と言ったところで誰も信じないだろうし、見栄を張った嘘としか思われないだろう。

 そんな相手と恋仲という話をしたら、十中八九良い方向には転ばないだろう。


「それより、昨日はごめんね。咲のことほったらかして」

「ううん。いいの。彼氏と仲良くやってたんでしょ?」

「うん。まぁ」


 そう、答えた表情がテレで赤く染まっているのが自分でもよく分かった。

 咲の表情には怒りとか嫌悪とかの感情はでておらず、心の中で安堵のため息をついた。


   ◇◇◇◇


 帰路の車の中、流れる景色に視線を落としていた。

 中学で散々、我侭を言ってきたので、高校では親の言うことを聞く。それは、父親との約束だった。けれど、なんだかんだで約束を破ってばかりだった。


「はぁ」


 思いの他、大きな溜息が出てしまった。

 また、約束を破ってしまうことになる。

 そう考えると、又大きな溜息がこぼれる。


 運転手に車を止めさせると、知世はすかさず車外へとでた。知世は先程から、自分に向けられる殺気を感じ取っていた。その主を探すために魔力の感覚を張り巡らせた。

 予想していたよりも遠い位置で殺気の主の魔力を感じ取ることが出来た。

 知世は魔力の主の下へ向けて走り出した。


 襲われること自体は珍しくは無かった。3年前の戦争の怨恨を持つ者。はたまた、自分を倒して名を上げようという者。襲われる理由は掃いて捨てるほど思いついた。しかし、こんな感じで挑発してくるケースは珍しかった。

待ち伏せているということは、罠が仕掛けてある可能性もある。しかしながら、ここで相手をしなければ私生活を脅かされない。

 それが例え仮初の平穏だとしても、知世にはかけがえのない時間だった。

 暫くの間、駆け続けると殺気の主の下へたどり着く。


 かなりの距離を移動した。人里離れた山の中。木々が生い茂る中に1人の女の魔族がいた。その腕の中を見て驚愕する。

 その腕には咲が抱かれていた。


「人質ですか………」


 予想外の展開に知世は内心、焦っていた。

 魔族の出した交換条件は至ってシンプルだった。咲の交換と引き換えに、知世の命を差し出す。


「その条件は呑むことは出来ません」


 知世は言い放った。


「この少女はお前にとって大切なんだろ?」

「大切です。しかし、例え(わたくし)が自ら命を絶ったとしても、貴女が人質を解放する保障がありません。解放されるのを、命を絶った後では確認のしようもありません」

「だからといって、私が先に人質を解放するわけがないと言いたいんだね?」


 知世は頷く。


「じゃあこんな条件でどうだ?」


 そう言って魔族の女は小さな注射器を2本、知世の前に投げた。


 「私の体液は猛毒で出来ていてね、その注射器には私の体液が入っている」


 要するに知世にその注射器を打って欲しいのだろう。

 しかし、それならば知世の方に分があった。

 知世には大抵の毒に対する免疫があった。

 激痛ぐらいは走るかも知れないが、命に関わるところまではいかないだろうと踏ん切りをつける。


 「この注射器を打てばいいのですね」


 咲は必死に知世を引きとめようと声を上げていた。知世の言葉を聞いて、魔族が不適な笑みを浮かべる。


「どうせ、普通に打っても死にゃぁしないんだろ?」


 その言葉を聞いて、知世は自分の心拍数が上がっていくのを感じた。


「では、どうしたら良いのでしょうか?」


 知世は自分の中の焦りを見せないように意識しながら言葉を紡ぎだした。


「お前の視界と引き換えにこの娘を解放してやるよ」

「視界?」

「その注射器を自分の眼球に打ちな。さすがに私も目が見えない小娘にゃ負けないよ」


 知世は暫し、考えてから自分の目に注射を打つ覚悟を決める。知世は注射器をもって自分の目に向けて近づけていった。

 目に刺すということは、刺さるまで目線をそらすことは出来ない。

 針がゆっくりと眼球に近づいてくる恐怖から、注射器を持つ手も、体を支えている足も震えているのが分かる。


 遠くから、必死に知世を止める咲の声と、この茶番を楽しむ魔族の声が聞こえてくる。

 意を決して、注射を目に刺す。

 右目に激痛が走る。

 声が上がりそうになるのを下唇を咬み、押し殺す。


「さあ、注射器の中の毒を注入しな」


 魔族が楽しそうに笑う。

 注射器を押し、中の毒を自分の眼球に注入する。

 あまりの激痛に叫び声が漏れてしまう。

 全部、注射器の中身を出し終えてから注射器を抜く。

 残った左目に咲の青褪めた表情が映る。


「さあ、もう1個、残ってるよ」


 魔族に促され、知世はもう1本の注射器を拾った。

 1本目の激痛が体に染み付いているせいで、注射器を持つ手が先程より強く震えているのが分かる。

 しかし、自然と溢れ出た涙が視界をぼやかしたおかげで、針が刺さる瞬間を見なくてすんだ。

 そして、2度目の激痛。

 注射器を抜いたからといって激痛が消えるわけではなく、目だけでなく、頭全体に激痛が広がっていく。


「知世! 何で無茶するのよ!」


 咲の声が思ったより耳元で聞こえる。

 魔族の女は約束通り、咲を解放したようだった。

 知世は両手を大きく広げると、そのまま咲に抱きついた。

 目が見えなかったので気配で位置を把握する。

 感覚で耳元に口を近づけて囁く。


「ナルって子に連絡をして」


 素早く携帯電話をポケットから出すと咲の手に持たせた。

 咲から離れると、魔力でレーダーを張り巡らせながら立ち上がった。

 頭の中で毒が駆け巡り、くらくらする。

 思考能力も低下してきているのが感覚で分かる。

 魔力で魔族の位置を測りながら構える。

 咲が魔族とは逆の方向に走って行くのが見て取れた。

 魔族は咲を追うそぶりも見せず、構えている。知世の様子を見て余裕を持っているのだろう。


「時間もなさそうなんで、手短に行かせて頂きます」


 時間を掛ける余裕は無かった。

 周りの木々がいっせいに揺れる。


「貴女は(わたくし)を舐めすぎです」


 知世は強く啖呵を切ったが、正直な所、立っているのがやっとで、肉弾戦に持ち込むだけの体力は残っていなかった。知世は周りの木々に向けて魔力を流す。

 木々に付いている葉がいっせいに手裏剣のように回転し、魔族に向かって飛ぶ。

 知世の魔力によって硬化した葉っぱは容易く魔族の体を切り裂いた。

 魔族は体を切り裂かれ完全に動かなくなるまで、無数の葉っぱに襲われ続けた。

 久方ぶりに全力を出しての攻撃だった。


「別に伊達や酔狂で有名になった訳ではありませんよ」


 葉っぱに魔力を注ぐのも、魔力を視界の変わりに活用するのも、目から注入した毒も、全てが予想以上に知世から体力を奪っていた。


 バランスを崩し、後ろに倒れる。


 受身を取ることも出来ず、背中を打ち付ける。知世は闇に吸われていく意識に身を任せ、気絶したのだった。


   ◇◇◇◇


 意識が戻ってくるのを自覚する。

 目を開いているはずだが、視界は黒一色。

 澄み渡っていく思考をフル回転させ、意識を失う前のことを思い出す。

 そして、視界を失ったことを思い出す。

 現状を把握しようと五感を働かす。

 慣れないベッドの感触。

 独特の薬の匂い。

 おそらく、ここは病院なのだろう。


「目が覚めましたか?」


 横の辺りから声を掛けられる。

 聞き覚えのある声。


「ナル?」


 自分の記憶と声が一致しているかを確認する為に名前を呼んでみる。


「ええ、そうよ」


 そして、意識を失う前に咲にナルを呼ぶように頼んだのを思い出した。


「なんで、こんな無茶をしたのですか?」


ナルから叱咤の声が聞こえてくる。


「まさかと思いますが、私ならなんとか出来ると思ったのでしょうか?」


 無言に対して、ナルは言葉を続けてきた。


「あなたが戦った魔族、結構有名なんですよ。彼女の体液はかなりの猛毒で、例え鯨や象でもその毒を受ければ一瞬で絶命するでしょう。毒に免疫があるとはいえ、その毒を顔の一部に注入して生きている方が不思議なんですよ」


 ナルは魔法の世界、Λ(ラムダ)国の医療班に所属する治癒魔法のスペシャリスト。

 正直な所、ナルに治せない怪我等無いと考えていた。


   ◇◇◇◇


 今、いるのは日本でも最先端の医療技術がある病院だそうだ。

 科学の力でも魔法の力でも視力の回復は無理。それが、知世に告げられた事実だった。

 視力を完全に失った世界には光はなく、朝と夜との区別すら出来なかった。

 病院に入院していたのは1週間ということだったが、ベッドの上では時間の流れを把握することもできず、もっと長い時間に感じていた。

 そして、その期間に多忙なはずの父親が見舞いに何度も訪れたのは、正直いって意外であった。

 我侭ばかりで体裁をあまり気にしない自分は、この親には嫌われているとばかり思っていた。

 今まで持つことの無かった父と語り合う機会は、こんなことが無ければ一生無かったのではないかとさえ感じてしまう。

 視界を失ってはしまったが、父の愛を知ることができ良かったとさえ感じてしまった。

 逆に、咲が見舞いに来た際は悲惨であった。

 知世が視界を失ったのは自分のせいだと思い込んでいた。

 咲は責任を感じて、かなり精神的に追い込まれている様子が声からも聞いて取れた。

 あの魔族は知世のことを最初から狙っていたし、知世と仲が良かったから、たまたま人質に取られただけである。

 咲が人質になっていなくても、他の人間を人質に用意していただろう。

 むしろ、咲は知世の争いごとに巻き込まれた被害者なのだ。

 それを説明したところで、咲は納得をしようとはしなかった。


   ◇◇◇◇


 そして退院の日、病院から向かったのは今まで暮らしていた家では無かった。

 やってきたのは、知世が新しく住むことになった家だった。

 父は家を出て暮らすことを承諾してくれた。

 視界を失って直ぐに馴れない環境に身を置くのもどうかとも思ったが、この気を逃すと二度と父にお願いするチャンスなど来ないと思い、頼んでみたのだった。

 タクシーを降り、今は玄関の前に立っている筈である。

 知世は右手の人差し指にはめられた指輪の感触を確かめた。

 この指輪は特別製で、知世の魔力を封印する効果を持っていた。

 入院中に一度、魔力の使いすぎで倒れたせいでナルに渡された指輪だった。

 視力を失ったせいで得られなくなった情報を、魔力による感知で補おうと無意識のうちにしていたらしい。

 常に使い続けられる魔力は、回復が追い付かずに枯渇し、気を失うに至ったらしい。

 それが元で、普段はこの魔力を封印する指輪をはめるように言われていた。

 魔力を完全に失ったせいで、周りの状況は全くといっていいほど分からなかった。


 家の中からは騒がしい声が聞こえる。

 一人暮らしでも良かったが、お嬢様として育ってきたせいか、家事は出来なかったし、なにより魔法を封印するならば、その間に襲われることを視野に入れなければならなかった。

 そういう事情で、この家には同居人がいた。

 扉が開く音が聞こえる。


「知世、やっぱりさっきの車の音、そうだったんだ」


 聞きなれた声で話しかけられる。

 聞き間違う筈も無い、大親友、(かん)美代(みよ)の声だった。


「皆、待ってるよ」


 美代に連れられて家の中に入っていく。

 父の用意してくれた、新居はかなり大きな家の筈である。

 美代に通されたのは1階にあるリビングのようだった。

 2階より上には同居するメンバーの小部屋が人数分ある筈である。

 部屋の中からは目が見えなくても分かるほどの気配があった。

 一緒に住むメンバーが全員いるのであれば、自分を入れて男女16人。

 その中には恋人である竜の姿もある筈である。


 全員が3年前の戦争での仲間であった。


 父は男性が一緒に住むことに、良い反応は示さなかったが、それでもメンバーの立場や状況を知っている為か強くは反対されなかった。


 他のメンバーの両親も恐らくは強くは反対しなかったのであろう。

 竜をはじめとする彼らは、特別な存在。


『世界が私たちを裏切ろうと、決して裏切らない仲間』


 どんなことがあろうとも、誰であろうともその絆は断ち切れない。

 そう断言できる仲間であった。

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