10.樹海の神 虎姫
世界が崩壊して、3年が流れようとしていた。
人間だけではなく、魔族や聖神といった多様な種族が1つの世界で暮らすようになり、ようやく落ち着いた生活が出来るようになってきたといえるだろう。
しかし、世界ではいまだに種族間のトラブル等は絶え間ない。
咲は彩羽とともに暮らしていた。
世界の崩壊の後、両親を探してみたものの、見つけることは出来ず、彩羽も種族の群れと完全にはぐれたということで自然と一緒に暮らすようになっていた。
暴力沙汰の尽きないこの世界で、戦士である彩羽の存在は頼りになった。
彩羽と暮らしているのは、とある農村にある小さな小屋だった。
今はというと、彩羽が隣町まで食料を買出しに行っている為に家には咲が1人居るだけだった。
その小屋の入り口の扉が勢い良く開けられる。
そして、彩羽が飛び込むように入ってくる。
「咲!! 隣町で虎姫の噂を聞いてきたぞ!!」
知世とは世界が崩壊して以来、会ってはいなかった。
世界を崩壊させた張本人だと言うにも関わらず、噂すら聞こえてこなかったのだ。
「何でも神の地と呼ばれる所の1つに虎姫と呼ばれる神様が住んでいるらしい。神様なんて呼ばれる人間で虎姫なんて呼び名だったらまず間違いなくあいつのことだろ?」
◇◇◇◇
噂で聞く限りでは、神の地はその領地に入ると物凄く強い人影が現れ、その土地から追い出されてしまうらしい。
そういう土地が世界各地に転々とし、いつしかその人影を神と呼び、その土地を神の地と称すようになっていた。
その土地の1つ、樹海にある神の地に咲は彩羽と共に来ていた。
樹海の中にその土地がある為に、何処からが神の地か解らなかったが、もし本当にその神様が知世なのであれば、その土地に踏み入れば、向こうから会いに来てくれるはずだった。
樹海の中を暫く進むと、木々の中から声が聞こえてきた。
「ここから先は人間が立ち入ってはならぬ土地。引き返せ」
声から察するに男の声、知世ではないようだった。
「やっぱり、ここにいるのは虎姫で間違いないようだぜ」
隣にいた彩羽は咲にそう告げた。
「隠れてないで出て来いよ。緑の毛の虎の一族さんよ」
彩羽が叫ぶと、木々の隙間から緑色の毛並みを持った虎が数十匹、2人を囲むように姿を現した。
あれが、知世の虎の一族の葉虎族だと彩羽が咲に耳打ちする。
咲のイメージの中では彩羽のような2足歩行の虎をイメージしていただけに予想外であった。
目の前にいるのは、動物園とかにいるような4足歩行の虎を緑色に変えたような姿をしていた。
「あれでいて、人語を解する程に頭がいいんだぜ」
彩羽が耳打ちをしてくる。
「白い毛の一族が何の用だ?」
2人のやり取りを見ていた葉虎族の一匹が尋ねてくる。
「お前たちには用は無いんだが、お前たちの姫さんに用がある。出して貰えないか?」
葉虎たちが彩羽の言葉を聞いて警戒の色を見せる。
「他種族の虎が、私たちの姫に何の用だ?」
葉虎たちは今にも襲いかかってきそうな勢いだった。
「彼らは私に用事があるようなので、貴方たちは下がっていなさい」
森の奥から聞き覚えのある声が聞こえてくる。そして、姿を見せたのは紛れも無く知世だった。
「しかし!」
「彼らは私の親友と知人です。貴方たちは下がっていなさい」
異を唱えようとした葉虎の1匹に知世が強い口調で言い放つ。
葉虎たちは渋々といった感じで森の奥へと姿を消していった。
咲は葉虎たちが見えなくなって直ぐに知世に飛びついていた。
飛びつかれた知世は困った表情を作っていた。
「知世、元気だった?」
咲の言葉に知世は悲しげな表情を見せる。
「何故、普通に接して来るのですか? 私は咲たちの住む世界を滅茶苦茶にした張本人なんですよ」
問われて、咲も困った表情を作る。
「確かに許せるかって、聞かれたら分からないよ。でも、だからと言って今さら知世のこと、嫌いになれないよ」
咲は距離を取ろうとした知世の背中に腕を回し、抱き寄せる。
知世も無理矢理引き剥がしてまで、距離を取ろうとはしなかった。
「知世が魔法のこととか、話すとき悲しそうな顔をしてたのに、知世の気持ち、知ろうともしてなかった。ずっと一緒にいたのに、私こそ駄目な親友だったよね。知世は私の為に目まで失ったっていうのに」
咲の言葉を聞いた知世は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「私こそ咲を怖い目に巻き込んでばかりで、嫌われるのが怖くて何一つ本当のことも話さなかったし、挙句の果てには住む世界までも壊して、今ここで咲に殺されても仕方ないとまで思っているのですよ」
咲との距離を取るのを諦めた知世であったが、何処と無く心の距離は近づけまいとする意識が、言葉の端々から伝わってきた。咲は知世を抱く腕に力を込めた。
「女同士でいちゃついてるのを見てても、面白くともなんとも無いんだが」
彩羽が横から、呆れた感じの声で横槍を入れてきた。
「神の地なんて呼ばれる場所をお前が、いや、お前の仲間たちが守ってるのには理由があるんだろ? ここはどういう場所なんだ?」
4つの世界を崩壊させ、その破片から作り上げたのが今のこの世界である。
世界を崩壊させ、新しい世界を作り上げるなど前代未聞。
しかも、一回限りの再挑戦無しの試み。
結果として、今の世界には綻びが生じてしまったのだという。
何も知らない者がその綻びに近づいて綻びを広げてしまうと、今の世界まで崩壊してしまう恐れがあるのだという。
だからこそ、知世たちが誰も近寄らないように、その場所を守っているらしい。
「それが、いつの間にか神と呼ばれるようになってしまったみたいです。まぁ、私たちがこの世界を創ったのだから、あながち神というのも間違ってはいない訳ですけれど」
「それで、お前は年老いて朽ちるまで、ここを守り続けるのか?」
「残念ながら、私たちは年齢を重ねることは出来ないのです」
「不老不死ってことか?」
「不死ではありません。死ぬことは出来ますよ」
「まぁ、その話しはどうでもいいや。それで、お前は幸せなのか?」
その言葉に、知世は笑顔を消さないものの、表情から感情を消した。
「世界に居場所を求めて抗っていたんだろ? その結果、親友と連絡を絶って、仲間とは離れて暮らして、それがお前の望んだ世界だったのか?」
「貴方には関係ないと思いますが?」
知世の表情は殆んど変化は無かったが、咲には知世が拗ねてイラついているが見て取れた。
「関係ない? 自分の都合で世界を崩壊させておいてよく言うよ。世界中の人間を巻き込んどいて、幸せじゃないって言われたら、理不尽だろ」
彩羽は知世を畳み掛けるかのように立て続けに言葉を並べた。




