迷宮の弁当屋
歩くのは迷宮に発生する魔物が宿す魔石や魔物そのものを目的とした冒険者達。ある程度地下で仮を終え、出口へと戻る中ダンジョンを歩く190cmはある男が拙い文字で弁当屋と書かれたのぼりをつけているのを見つけた。
「弁当屋か? こんなところで?」
本来はダンジョンの入り口で開いているもので、わざわざダンジョン内で開くものではない。ポーターなどに保存が効くものを持たせたりなどしてなんとかし、弁当などせいぜい最初の一日目で食べきってしまうだけのものだ。
大ナタとボウのみという変わった姿ではあるが、この階層まで潜れるのは珍しい。こちらに気付いたのかゆっくりとこちらに向かってくると少し離れた場所で立ち止まった。
「弁当買わないかね。 銀貨2枚セットがおすすめだ。 見てから決めてくれ」
決して安いわけではないが、本来補給不能な場所で食料を購入できるのは助かる。幸いにも途中で開けた宝箱から少しながら金貨と銀貨を得ており、保存用の硬いパンやカチカチの干し肉など食べ釣るけるのは辛くそれから逃れられるなら仲間も購入をするだろう。
「わかった。 それなら弁当を見せてくれ」
男は背負っていた大きな箱を卸すと中から木箱を取り出し蓋を開いた。
肉の腸詰めを挟んだパンに白い穀物を固めた物が二つずつ入っている。
「銀貨2枚、もしくは同価値の魔石での支払いを受け付けている」
「そうだな まずは5人分頼む。 銀貨10枚だったな」
荷物から金貨と銀貨を入れた袋を取り出し手渡すと代わりに弁当を受け取る。
「…うまいな」
「あぁ、まともな食事でもあるが、塩が利いていて良い」
「乾燥肉と乾燥野菜以外なんぞ3日ぶりだ」
2人が警戒に当たりながらであるが3人がまずは食事を済ませるために食べ始めた。周囲を警戒しながらもその様子を2人が見ていた。
「……」
「他にもないか。 野菜が食えるといいんだが」
「野菜が欲しいなら、銀貨2枚で野菜入りのがある」
弁当屋が箱の中から木箱ではなく葉っぱで包まれたものを取り出し、開くと中には複数の野菜が混ぜられた穀物らしいもののようだ。
「そしてこいつは銀貨2枚セットを頼んだ場合の付け合わせだ」
筒を取り出すと中から温かいお湯が小さなコップに満たされる。香りからして何かが混ぜられているのだろう。
「スープだ。 まぁそこまで良い代物ではないが」
ダンジョン内で水は貴重。ときおり水が湧き出している場所はあるが、大抵の場合において魔物も給水に訪れる為安全とは言えない。
小さな木のコップに入れられたスープには小さな葉野菜と極々小さく切られた芋が入っている、受け取り飲むと塩と僅かな香辛料が利いたスープは質素だがピリッとし、久しぶりに気持ちが安らぐ感覚を得られる。
食事が終わると弁当屋の男はダンジョンを通路を進み消えていった。たった一人で潜れるなど強者であることは間違いないだろうが、その力で商売をするなど何とも変人と言えるだろう。
それでも支払った銀貨26枚の価値があるだけの食事は出来た。
「さて、腹も膨れた。 駐屯場まで一気に戻るぞ」
「「「おう」」」
仲間の気が戻り動けそうだ。またダンジョン内であった時に備えて、今度は金貨1枚くらいは持って潜ろう。
本日の弁当を売り終え、白山は光る腕輪で壁に触れると扉が現れ潜り抜ける。そこは青白い光に包まれた小さな一室、テーブルが置かれているだけの場所に白い人型が座って待っていた。
「今日の上りは?」
部屋の中心に置かれたテーブルに銀貨に金貨に魔石、交換で得たものを並べると現れた白い人型は一つ一つしっかりと確認しながら頷く。
「これで全部。 今回はいまいちだった」
並べられていたものを白い人型が箱に納めると、日本円への換金が行われテーブルの上に報酬が置かれる。
「ご苦労。 明日も頼む」
もう一つのドアを抜けるとそこは見慣れた家、弁当屋 豚牛鳥 の調理場だった。
これが弁当屋白山のもう一つの仕事、なんでも異世界側の前任者が色々事を起こしたらしく、対応の助力を願いそれに答えた地元の神様との取り決めで選抜されたとのこと。元自衛官である事と、少しの幸運と換金が対価。
なんでも前任者が引き抜いた地球人に力を与えたところ、好き勝手に過ごしたせいで色々問題を起こし別途用意した使徒で抹消しなければならない事態となり、しっかりと自制でき力を与えずに済む存在が必要だそうだ。
弁当屋の開店日は週に6日、本店ではあるものの昔は交通量も多かった国道は高速道路が出来てからは閑散とし主力店は2号店となった、本店という事と近くの駐屯地への仕出しの為に3日間だけ開いている。
それ以外の3日間を異世界側で弁当屋を開きながら、基本的に売り上げは仕出しということで領収書もしっかりと貰っている。
翌日、販売用に用意を考えているのは。
・あらびきソーセージをキャベツとパンで挟んだだけの手製ホットドッグ。
・甘いミルククリームをコッペパンにはさんだミルクパン。
・目玉焼きとベーコンを挟んだサンドイッチ。
「ふーむ。 もう一品腹持ちが多い物がいるかな」
パンは栄養吸収が速く消化も良い代わりに腹持ちは良くない。一方でお握りは向こう側では余り受けが良くない。もちろん他に食べ物がない以上購入して食べているが。
裏口のチャイムが鳴り、知り合いのパン屋が時間通り品を卸しに来たのがわかる。
「おはようさん。 ちょっと新製品の試供品も持ってきた。 米粉パンの売り出しを考えて米粉食パンだな」
扉を開けると見慣れた顔の知り合いが調理場のテーブルの上に納品のパンをおいていく。新製品の米粉で作られた食パンは3斤ほどある。
「仕出し先に試供品で出してみよう。 腹持ちが良いと聞くし意外と受けるかもしれんしな」
「毎度。 50個以上から少し割り引くから次も考えてくれよ」
全部運び込んだ後知り合いは帰っていった。米粉パンは腹持ちが良い。若干味や触感は小麦と異なるものの味を濃い目の総菜パンにでもすれば問題はない。
「さて、手早く作って仕出しに行かないとな」
手早く準備を終えた頃には昼まで大分近付き、トラックに積み込むと仕出し先であるビルへと向かう。
トラックから荷物を卸して扉を潜るとそこは受け渡し場所、支払いの領収書を受け取り荷物を渡してトラックで店に戻る。
弁当屋 豚牛鳥 の厨房に戻るとそこにある扉から中間地点へと入った。そこには仕出しで持っていった弁当が置かれており、弁当を大きな背負いバックに詰め直し、着替えると弓を背負い鉈を腰に止める。
非常用に折曲銃床式89式5.56mm小銃にマガジンを確認しセーフティの状態を確認、本来は違法ではあるものの中間地点で受け取り背負う。
元自衛官でありさらに60式自走無反動砲の乗員だったことから身近な搭載小銃火器でもある。時間が空いている事から中間地点である程度の射撃訓練をさせてもらい、感覚を取り戻し扱える程度には戻っていた。
本来は廃棄される予定だったものを、記録を抹消し弾薬と共に持ってきたそうだ。白山は自国の管理状態の悪さに悲しくなっているが、これが無くては安全を確保するのは難しい。
「よし。 行ってこい」
白い人型に促され、準備が整い差し出されたランプを握りもう一つの扉を潜る。
何度も訪れている迷宮という危険な場所、よほどのことがない限り襲われないようにと、邪気払いと魔法全てを無効にするランプを常に持ち、一定以上近付いてきた段階で敵意を失いどんな優れた騎士や魔法使いもただの人間に、魔物もただの獣に戻ってしまう。それが安全の為に渡されたランプのもう一つの役割。
余りにも身勝手に他の世界の魂を引っこ抜き続け、よその世界にまで迷惑をかけたこの世界の善悪両陣営の神々に対する罰のようなものらしく、あらゆる権限や力を剥奪され、今は次元を管理する最高位の神々から再教育を受けているらしい。
人間でいう所の実刑判決による再教育施設と言ったものが近いらしいが、それでもダメなら浄化という無に返されるという処罰とか。
「さてと」
何にせよただの人間である白山には関係ない事であり、仕事として荷物を担ぎ薄暗い迷宮を歩きながら弁当を売り魔石を得るだけであった。手に持っているランプの蒼光が冒険者や探索者が居る道を示し歩いていく。
「くそ、もう干し肉しかないか」
「カビかけたパンならあるがね」
ダンジョンを予定日より多く潜り続け、食料がほぼ枯渇状態に陥っているグループが居た。
「あんたが残るなんて言うからだろ」
「しゃあねえだろ。 稼ぎが良い金コケが出た以上、残らねぇと勿体ねぇし」
金コケという丸菌モンスター、倒すと金貨ほどの大きさを持つ金塊を落とす。中々出会えないものの偶然群れている所を見かけ、滞在を1日伸ばして狩り続けて予定以上の収穫があった。
代わりに帰り道の食べ物が乏しくなり、干し肉も少々痛み始めている代物だけだった。少し言い争いになりかけたとき、青く光るランプを持った男が歩いてい来るのが見えた。がっしりとした体格から戦士かそれに類するたぐいだろう。
「なんのようだ!」
ダンジョンで近付いてくる他のチームや冒険者はあまりよいことではない、襲撃か助けを求めている。
「弁当屋、食べ物専門の行商人。 宜しければ新鮮な食べ物を買いませんかね」
その場に立ち止まるとしゃがみながら荷物を卸し、手早く地面にゴザを敷き葉包や木箱を置き開いて見せる。
「どれも銀貨1枚か相応の魔石と交換、2枚以上のモノにはちょっとしたスープと水もつける」
「……まずは銀貨1枚のものを1つもらおうか。 あとは食べてからだ」
警戒しながらも1人が銀貨を取り出し受け取りに近づてい来る。それも仕方ない、ここは危険な場所でありもし毒でもいられていた場合危険に陥る、疑うのも警戒されることもあるのは当然であった。
1人が食べ終えると少し仲間たちと話し合い、全員でこちらに向かってくる。
「あるなら30食分買おう。 銀貨1枚の物と2枚の物が混ざっても良いぞ」
気に入ったようで30食も買うという、在庫は40あるためほぼすべて吐き出す事になるが問題はない。荷物を卸し弁当を手渡しながら銀貨を受け取る。
「久しぶりのまともな食事だ」
「あぁ、まったく運がよかったが次は予定日だけはまもらないとな」
「このスープも旨いな。 すまないがスープだけは売っているか?」
「おい、警戒しているんだから少しは」
一息ついたのかピリピリとしていた空気が少しだけ緩和していく。空腹は誰しも感情を乱されてしまうから、だから弁当屋を白山はやっている。
「戦闘態勢!」
警戒していた1人が握っていた槍を暗闇の方向に向け声を上げると、食べていた弁当を投げ捨て全員が立ち上がった。
視線の先には血まみれの姿で呼吸は荒く、血走った目で汚れた槍を握り締めたままの男がこちらに歩いてくるのが見える、狂乱状態にありすでに正気ではない。
白山は背負っていた弓を握り締め矢をつがえる。
「下がれ。 それ以上近付けば」
ダンジョンは荒くれ者も少なくはない。危険な場所で血に酔ってしまうこともある、だからこう言ったことが起きる事は知らされていた。
「狂ってやがるぞ! 油断するな!!」
「先制しろ!」
先ほどまで食事をしていたグループは躊躇なく矢を放ち、矢が突き刺さると剣を握った2名が切り殺してしまう。ここは地球ではない。地球の中世から近代の価値観に近く、命の程度はとても軽い。グループの連中は何事もなかったように片付け、鉈のようなもので首を落としてしまう。
死体をそのままにしておくとアンデッドになることがあるため、首と胴体は完全に話すのが習わしときいている。異界の基本的知識について白山はちゃんと気化され、だからこそ理解しつつも何も言わなかった。
少しして食事が終わったことを確認し、荷物を整え背負う。
「では、またお会いしたときはご利用のほどを」
白山は別れ再び次の客が居る場所へと蒼ランタンに導かれダンジョンを進む。