宇宙ブレーン
林檎は、Big Crunch 直前の閉じた宇宙のよう。一つに巨大化したブラックホールが 閉じた宇宙の時空を歪めている。
机の上に乗った目の前の林檎をみて、通はそう思った。
「おはようございます」
「おはよう」
ユウの挨拶に通は目を合わせずに答える。
「おや、林檎ですか?」
「俺の朝食」
通は淡々と答えた。
「そうですか。召し上がらないので?」
「あぁ、気分じゃない」
「そうですか」
彼はまたそう言った。そして、続ける。
「今回の惑星です」
彼はそう言うと、立体映像を映し出した。そこには、たくさんの資料が浮かび上がっていた。
エリカはそれをじっと見つめる。
「今回は、もう既に文明が存在している惑星です」
「え、そうなの?」
エリカはきょとんとユウを見る。
「えぇ、そうです。今回は、宇宙連合に加盟できる生命体であるかどうかを調査してほしいのです。そう上層部からの命令です」
「分かりました。すぐに向かいます」
ユウの説明にそう答えると、エリカは通と共に出国ターミナルへと向かった。
出国ターミナル。そこに二人はいた。リモート・モードを開始するため、87番搭乗口へと向かっていた。
「朝食、食べなくて大丈夫だったの?」
エリカが通に尋ねる。
「あぁ、大丈夫だ」
通は淡々と答えた。
リモート・モード終了後、二人は33番口へと向かう。今度はスペース・シャトルの搭乗口だ。
「33番口、ここだよ」
エリカが指さす。
そして、二人はそこからスペース・シャトルへ乗り込み、目的の惑星系へと向かった。ワープ・エリアへ突入してから、数分で惑星に着いた。
そこは、文明の発達した二重惑星だった。人工衛星も、宇宙ステーションも浮遊していた。そして、水も豊富に存在していた。
「到着したようだな」
通は窓の外を見た。そして、続ける。
「気付かれないように、調査するぞ」
「はい」
エリカは目を輝かせて、返事を返した。
スペース・シャトルは、ゆっくりと低空飛行をする。しかし、この惑星の知的生命体は気付かない。すべてのことに関してステルス状態にしてあるからだ。
二人はそれぞれ、そのスペース・シャトルから飛び降りた。そして、近くの高層ビルの屋上へと上手く着地した。
――風が涼しい。まるで、地球みたい。
地球時代から存在しているエリカは、昔を思い出した。一方、宇宙コロニー生まれの通は、資料室の地球の資料を思い出していた。
すると、向こうから航空機がやって来た。
――わっ。
轟音と共に、頭上を通過していった。
――懐かしい。本当に地球にそっくりだ。
エリカは感嘆のため息をついた。
「どこから、調べようか?」
エリカは通へ尋ねた。
「そうだな、まずは言語の解析をしよう。それからだ」
「うん」
二人は、言語解析装置を作動させた。二人の目の前には《解析中》の文字が見えていた。そして。
《解析完了》
そう出た。次は、主要国の会議がある日時を探すことだ。そうすれば、連合加盟課がこの惑星の生命体にコンタクトを取ることが出来るのだ。すると、次の瞬間、轟音が辺りを飲み込んだ。
――え!? 何!?
二人は轟音のした方へ振り返る。すると、そこには火を噴いている高層ビルがあった。
「一体、どうして!?」
エリカが叫ぶ。
「まだ、事故である可能性も残っている。大丈夫だ」
「そうだけど……」
――戦争をする文明でないでくれ。
通は心の底から、そう願った。
もし、そうであれば、保護されない可能性があるからだ。低度な文明だと切り捨てられてしまうのだ。
エリカと通の二人は、共にスペース・シャトルへと戻って行った。
スペース・シャトル内。
「どうしようか?」
「少し、待とう。もし、事故ならこの惑星内でニュースになるはずだ」
「そうだね」
二人はしばし待った。そして。
《言語解析完了》
その音声と共にこの惑星内のニュースが流れた。
《こんにちは。お昼のニュースです。今から1時間ほど前に起きた高層ビル……》
そう続いた。どうやら、事故のようだった。
――良かった。
エリカは胸をなでおろした。そして、二人は宇宙ステーションへと戻ることにした。
入国ターミナル。そこには、ユウの姿があった。
「お出迎え?」
「えぇ」
「ありがとう」
エリカは笑顔でお礼を言った。すると。
「それでは待機室へ戻りましょうか?」
「はい」
エリカはそう返事をすると、ユウと通と共に待機室へ向かった。
待機室。
「今回の問題は、あまり緊急を要しないものだったので、急いで言わなかったのですが」
ユウが言いかける。
「今回の宇宙は、陽子崩壊が進んだ老年期の宇宙です」
「老年期?」
「はい」
陽子は最終的に陽電子やニュートリノなどに変化し崩壊します。よって、長い目で見れば、物質のもととなる陽子は消滅してしまうのです。
「それで、上層部の判断ではこの宇宙を一からやり直させるとのことでした」
「一からやり直す? 一体どうやって……」
「老年期同士の宇宙ブレーンを接触させるようです」
「え!?」
エリカは驚く。
「そうすれば、再びBig Bangが起こります」
――それはそうだけど……。
エリカは言葉が見つからなかった。
「方法も指定されているのか?」
通はユウに尋ねた。
「えぇ」
ユウはそう答える。
「分かった」
通はそう答えた。そして、二人は現場へと向かった。
エリカは通のあとをついていった。ユウは二人の背中を見送っていた。
――あ、林檎。
作業を終え、待機室へ着くと、エリカは通の机の上の林檎に気が付いた。
「Big Crunch」
エリカはぽつりと呟いた。
「お前もそう思うのか?」
通が聞いていたのだった。
「うん。閉じた宇宙のね」
「そうだな」
通は林檎を見つめた。