サイクリック宇宙論
「おはよう」
エリカは笑顔で挨拶した。
「おはよう」
一方、通は淡々と答える。
「今日の調査の資料、来ているよ」
エリカは自席に座り、立体映像を開く。
「巨大ガス惑星?」
「あぁ、第7惑星に位置しているそうだ」
太陽系でいうと海王星のような惑星だ。
「それから、今回の宇宙はBig BangとBig Crunchを25回繰り返した宇宙だ」
「そうなんだ」
エリカは資料に目を通す。すると。
「おはようございます」
ユウは立体映像で姿を現す。
「今回の資料に目は通しましたか?」
「はい」
「では、1時間以内に現場へ」
「はい」
エリカは頼もしく返事をした。
二人は出国ターミナルへと歩いて行く。歩いていると、搭乗口へたどり着いた。
まずはリモート・モード。それで宇宙から宇宙へと移動する。そして、次にスペース・シャトル。
スペース・シャトルに搭乗して、ワープ・エリアへ向かった。そこからは数分で目的の惑星へ到着する。
巨大ガス惑星。とうとうそれに到着した。
ガス惑星には大地がない。それにより、二人は、大地への着地が出来ない。二人は飛び降りると、液体分子水素の層に着水した。
二人は上空を見上げる。すると、淡い緑色の空に赤い何かが舞っていた。
――わぁ。
エリカは心を奪われた。この惑星の絶景に。
「赤い花びらだな」
エリカの隣にいた通がつぶやいた。
「確か、資料に載っていた宇宙生命体」
「あぁ」
「どうする?」
「接触してみよう。知的生命体かどうかは分からないが」
二人はそれぞれに内蔵されている重力コントロール装置の電源を入れた。通は、右ひざの側面からスイッチを入れた。
モーターがうなった。すると、二人は階段を蹴りあがるように、空中を進んだ。どんどん上昇し、赤い花びらの雨の中へとたどり着いた。花びらは二人のそれぞれの身体にまとわりついてくる。
「わっ」
エリカは思わず、目を閉じた。
《どちら様?》
その音声が脳内へ直接入って来た。
――テレパシー!?
エリカは通の顔を見る。
それは知的生命体の特徴の1つだった。その宇宙生命体は、花びらをひらひらと舞わせながら、大気の循環に合わせて、ふわふわと浮遊していた。見た目は植物で、赤い花弁に緑色の葉、茎、芽を持っていた。
――どこから、目視しているんだ?
通は疑問に思い、目を探すが見当たらなかった。
《変わった客人ですね?》
その知的生命体は、葉を通の顔へ軽く当てた。
「あの、言語が存在しているのですか?」
通は尋ねる。
《えぇ、もちろんですよ》
生命体、オーク・クが答える。すると、風が強くなってきた。
「あれ、何!?」
エリカが指を指す。そこには、巨大な白い嵐の中心が迫って来ていた。
「木星でいうと、大赤斑だ」
通がつぶやいた。
「海王星にも存在する、ガス惑星の巨大な嵐だ」
――避難しなければ。
「通、スペース・シャトルに連絡しないと」
エリカは不安そうに尋ねた。
「あぁ、もう連絡を取った。しかし、嵐の中はとても無理だそうだ」
「え!?」
――そんな。
エリカは脱出する方法が浮かばず、言葉が出なかった。
《大丈夫ですか?》
オーク・クが尋ねてくる。
《あの嵐のせいでお困りなのならば、私たちに捕まっていなさい。私たちは、平気ですので》
「いいのですか?」
《えぇ。私たちは、あの嵐に巻き込まれても受ける風をコントロールし、滑空できますので大丈夫ですよ》
「では、お願いします!」
エリカは声を大きくして頼んだ。
《分かりました》
知的生命体のオーク・クはそう言うと、葉の茎を伸ばし、それをエリカと通の二人の身体へと巻き付けた。
《では、捕まってて下さい》
その嵐はすぐそこまで迫っていた。轟音と共に、暴風域に入る。そして、3人は暴風に飛ばされた。しかし、知的生命体は葉を大きく広げた。そして、暴風をコントロールし、上手に滑空した。
3人は遥か上空へと飛ばされ、空気の薄い層まで達していた。そこはちょうどその白い嵐の真上だった。3人は真下を見下ろす。
――きれいな、渦。
彼らは再び、宇宙の絶景を見つけた。そのまま、3人は空中を舞っていた。
《このまま、あの嵐の後方へ抜けましょう》
「ありがとうございます」
エリカはオーク・クにお礼を言った。そして、二人と一人は嵐の後方の空へと舞い戻って来た。そこには、彼の仲間たちもいた。
《どうでしたか? 空の旅?》
オーク・クの仲間のイー・ナが尋ねて来た。
「ありがとうございます。楽しかったです」
エリカは笑顔で答えた。すると。
《あなたたちは、どこの誰ですか?》
《どこの地域の生命体ですか? 極地?》
オーク・クとイー・ナがそれぞれ尋ねた。
「いいえ、実はこの惑星の生命体ではありません」
エリカはそう答える。
《なんと》
「宇宙環境省という行政の一部から来ました」
《そうでしたか。それで、何をなさっているのですか?》
「宇宙の希少な惑星や生命体などを守っています」
《希少?》
「はい」
《そうだったのですね。納得しました》
知的生命体たちは、それぞれ、葉を動かした。
《あ》
オーク・クが西の方角を見て、〈声〉を出した。
「?」
エリカは首をかしげて、そちらを見た。
「わぁ」
そこには一面、紫色の夕焼けが広がっていた。赤い花びらと相まって、とても幻想的だった。
《では、私たちはこのへんで》
通は丁寧に挨拶をした。
「エリカ、行くぞ」
「はい」
エリカと通は低空飛行のスペース・シャトルへと帰って行った。
入国ターミナル。そこでは担当のユウが待ち構えていた。
「おかえりなさい。問題が少々発生しております」
「何ですか?」
エリカは尋ねた。
「調査をしたこの宇宙がBig Crunchへと向かっているそうです」
エリカは驚いた。ユウは続ける。
「それで、上層部はこの宇宙のBig Crunchを阻止してほしいようです」
「分かりました。お任せ下さいと伝えて?」
「えぇ、もちろんです」
すると、エリカと通の二人は待機室へ向かった。
今回の宇宙は、Big BangとBig Crunchを25回繰り返した宇宙だった。しかし、今回は宇宙の継続時間が長く、生命体の誕生する惑星系が形成された。
それにより、上層部は生命体保護のため、二人に宇宙自体の保護を命令したのだ。
今回は真空のエネルギーを濃くするようだ。真空のエネルギーは宇宙の膨張を加速させている原因でもあるエネルギーである。よって、Big Crunchを阻止するためには、それを増加させることが必要だ。そうすれば、宇宙の収縮が膨張に転じるかもしれない。
エリカと通は廊下を歩く。待機室へ戻るためだ。白い廊下は続く。右手の一面窓からは漆黒の宇宙空間が見えていた。
「この宇宙も第4宇宙連合によって保護されたのね」
「あぁ、そうだな」
――宇宙を守るというより、制御しているみたい。
エリカはそう思った。