宇宙を制御する仕事
0.プロローグ
太陽が惑星状星雲を形成してから、数世代の恒星が超新星爆発を迎えていた。この太陽が存在していた宇宙は、一度、Big Freeze時代へと突入しようとしたが、Central Space(=中枢宇宙)の科学技術により、宇宙自身の膨張を停止させ、難を逃れた。
ここは、4次元空間のCentral Space(=中枢宇宙)。4次元の宇宙空間として存在している全ての空間の知的生命体たちが設立した〈第4宇宙連合(=全4次元空間を統制する機構)〉の本部がある宇宙空間である。
ここには、全4次元の宇宙空間のほとんどの相互作用が現存することから、まだ若い宇宙にもかかわらず、他の宇宙から移動して来た知的生命体たちによって、高度な技術、思想をもった宇宙へと成長していた。それにより、この中枢宇宙は全4次元宇宙の科学技術、情報、そして、行政の中枢となっていた。
そんな行政の一部に、宇宙環境省がある。彼らは、全ての4次元宇宙の生命体を科学技術の及ぶ限り、保護しようとするところである。
その職員の中に、人類もいる。人類は、元々太陽の存在していた宇宙の〈宇宙連合〉全加盟国の宇宙生命体たちと共に第4中枢宇宙へ移動して来た。
元の宇宙には、今も宇宙連合の宇宙環境省がある。その省は、赤色巨星になり、もうすぐ超新星爆発やスーパーノヴァを引き起こす惑星系の惑星を調査し、希少な惑星や生命体たちを保護するという役割だった。
1.宇宙を制御する仕事
薄暗いしののめが窓に差し込んでくる。ここは、宇宙コロニー。4次元空間の中枢宇宙でただただ、漂っている。その中の1つ。
漆黒の黒髪に深緑の虹彩。彼女の特徴が際立ってきた。もう窓の外は、あっという間に日の出。
エリカ・ニチュードは、人工知能搭載の人類型アンドロイド。なので、昨日から今日にかけてずっと窓の外の景色を見ていた。と、いってもインターネットにアクセスしながらだった、が……。視線の先には、まだ立体映像として存在している画像が映し出されていた。
――桜前線?
遥か昔の地球の写真が載っていた。
――気になる。
しかし、時間切れ。休憩時間は終了しそうになっている。基本、彼女はずっと起床状態。だから、宇宙展望台の図書室の一角が休憩時間の定位置だった。
彼女は、急ぐ。立体映像をたたみ、片手間で読んでいた紙の小説も近くの本棚へ戻す。
――さて、出発。
エリカは、宇宙展望台のある高台からの階段を駆け足で降りていく。すると、ちょうど桜並木へと差し掛かった。
彼女は上を見上げる。そこには、グレートウォールが見えた。桜の木の枝が幾重にも重なり合い、宇宙の銀河団によって形成されている宇宙の大規模構造、グレートウォールに見えた。
――きれい。
すると、人工風が吹いた。その風は桜並木から、花びらを持ち去っていく。高く舞い上がり、エリカのもとへと降り注ぐ。
――わぁ。
彼女は一枚、空気中から直接掴む。そして、そのまま、階段を駆け下りて行った。空には白い巻雲。もう、日は登った。青空の中、一日が始まる。
「おはよう」
エリカは柔らかく微笑む。相手は須木通。仕事のパートナーでもあり、プライベートでも付き合っている仲だ。
通はエリカとは違い、完全機械ではなく、元人類でもなく、現役の人類だ。髪は黒、虹彩は濃い群青色をしていた。
「おはよ。もしかして走って来た?」
通はエリカに尋ねる。
「え?」
「髪がくしゃくしゃ」
彼は微笑んだ。エリカは髪を整えながら、顔を赤くした。すると、立体映像が姿を現した。彼はユウ。宇宙環境省保護課の担当人工知能だ。
「今日の惑星調査の資料です」
ユウは立体映像で瞬きをする。
「今回の惑星は、岩石惑星。地表のほとんどが砂丘で出来ています。地球の砂漠に類似していると思われます」
「本当だ。そっくり」
エリカは目を輝かせた。
「風は強いのか?」
通はユウへ尋ねる。
「いいえ。自転が遅いので特に暴風が吹き荒れていることはありません」
「そうか、ありがとう」
通は資料を見ながら、お礼を言った。
――楽しみだなぁ。
エリカは胸を躍らせた。
ピ。改札口の画面にclearの文字が緑色で浮かび上がる。その立体映像は再び人工知能の表示に切り替わる。彼、ヨウは出国ターミナル担当の人工知能だ。宇宙環境省の職員の出入国を管理しているのだ。
《いってらっしゃい》
ヨウは立体映像の中で手を振る。
「行ってきます」
エリカは笑顔で小さく手を振った。
二人は出国ターミナルを進む。スペース・シャトル搭乗口から外れ、リモート・モード搭乗口へと向かう。
51番。その番号が乗り場。
壁の人工知能へパスカードをかざす。clearの文字が浮かび上がる。すると、乗り場のドアが開いた。そこは少し小さな個室の様だ。二人はここから、別の宇宙の宇宙ステーションへと移動する。1つの宇宙内を移動するときはスペース・シャトルを使うが、宇宙から別の宇宙へ移動するときはリモート・モードを使う。
《10.9.8.7…》
人工知能がカウントダウンを始める。
《3.2.1.0…開始》
リモート・モードが開始された。エリカは瞳を閉じる。
次の瞬間、二人は別の宇宙の別の宇宙ステーションの同じリモート・モードの個室にいた。
ここの人工知能は女性だった。
二人は個室から出て、宇宙ステーションの入国ターミナルへと向かった。ここでも改札口にパスカードをかざす。そして、clearの文字。人工知能は笑顔で手を振る。
入国完了。二人はここの宇宙ステーションに割り当てられた待機室へ向かう。その部屋には調査が終わるまでの二人の一時的なデスクがあるのだ。そこには、報告書を書くための設備と調査に必要な装備が保管されている。
二人は、それぞれ装備を身に着ける。装備銃に装備シールド。そして、その他諸々。
「準備できたか?」
「うん、大丈夫」
二人は部屋を出て行った。そして、今度は出国ターミナルへと向かう。次はスペース・シャトル搭乗口だ。宇宙内の移動で調査惑星へと向かうのだ。
改札口を通り過ぎ、搭乗口へ。そして、49番口が見えて来た。49番は一番奥から2番目。少し遠めだった。
二人はスペース・シャトルへ乗り込む。そして、それぞれ席に座った。ここからは自動操縦。内蔵された人工知能が操縦を担当する。
《10.9.8.7…》
再び、カウントダウン。そして。
《3.2.1.0…》
0になる。それと共に、移動開始。光速でワープ・エリアまで向かう。窓からは漆黒の真空が見える。遠くにゆっくり動く恒星たちが見えた。
《ワープ・エリアへ突入します》
アナウンスと共にワームホールへと進んだ。一瞬にして、目的の惑星系へ到着した。
――見えた。あの第4惑星だ。
アナウンスが流れる。
《目的地へ到着しました》
その後、二人を乗せたスペース・シャトルはその惑星の大気圏へと突入した。地球でいう熱圏、中間圏、成層圏を超え、対流圏へと侵入した。降下はまだ続く。地面が次第に近づいてくる。
砂丘が地平線まで続いているのが確認できた。
地上500メートル。スペース・シャトルは着陸しない。低空飛行のまま待機するのだ。
二人は、扉を開け、そのまま飛び降りた。
エリカは完全な機械。そして、通は下肢に強力なワイヤーが埋め込まれている。それにより、着地の衝撃に耐えられるのだ。
二人は砂丘へ降り立つと、周りを見渡した。
360度全て、砂丘の地平線だった。すると、二人の間に何かが落ちて来た。二人は驚き、それを見た。すると、それは砂を少し巻き上げたかと思うと、宙へ浮き上がり、二人の目線の高さへと浮上した。
《君たち、誰?》
そのクラゲのような知的生命体はテレパシーを使い、話しかけて来た。
「私たちは宇宙環境省から来ました」
《宇宙環境省?》
「はい」
エリカは少し微笑む。すると。
《って何?》
彼は聞き返してきた。
「様々な宇宙の天体を調査して、保護する部署です」
《ふーん。よく分からないや》
「そうでしたか」
エリカは苦笑した。すると、彼は何かに気付いた。
《あ》
「ん?」
エリカは首をかしげる。
《向こう、砂嵐が来てる。僕、あれに乗って上空まで帰るから。じゃね》
その知的生命体は、砂嵐と共に上空へ舞い上がり、仲間の所へ帰って行った。
「どうしようか?」
エリカは通へ話しかける。
「他に知的生命体がいないかどうかを調べよう」
「そうだね」
二人は砂丘を歩き出した。すると、彼らの内蔵型通信機に連絡が入って来た。
《緊急連絡。保護課の職員は至急、宇宙ステーションに戻って来て下さい》
――何かあったのかな?
エリカが考えを巡らせていると、隣の通がスペース・シャトルを内蔵型通信機で呼び寄せていた。頭上から、スペース・シャトルの影が落ちて来た。
「エリカ、準備はいいか?」
「はい」
通はワイヤーを作動させる。ワイヤーは下肢の強化に使用されている。それにより、頭上のスペース・シャトルまで空中を上ることが出来るのだ。エリカも自身の出力を最大限にする。二人はスペース・シャトルへと戻っていった。
宇宙ステーション内の入国ターミナル。二人は急いで待機室へ向かう。自動ドアが開き、閉じる。すると、立体映像が現れた。担当人工知能のユウだった。
「天体管理課から報告がありました」
ユウは立体映像を動かす。
「グレートウォールが変形してきていると」
「変形? 一体何があった?」
通が聞き返す。
「どうやら、意図的に停止させていた宇宙の膨張がいつの間にか再開しているとのことでした」
「分かりました。対応します」
エリカが返事をする。
「よろしくお願いします」
ユウは立体映像の画面を複数、増やしていった。
膨張を止めるには、物質の重力による内側への力を強くするという方法がある。しかし、今ある物質の量では膨張を止める力がない。なので、宇宙が次第に膨らんでいく。だから、別の宇宙から物質を取り寄せるということになった。
二人は作業を終えて、待機室へ戻って来た。すると、ユウが立体映像で姿を現した。
「おかえりなさい」
「ただいま」
エリカは少し微笑む。
「どうやら、グレートウォールの変形が収まったようだね」
ユウはそう言った。
「早いね」
通が呟く。
「隣の宇宙でしたからね。容易かったのでしょう」
「そうだね」
エリカは笑顔をみせた。すると。
「残り十分で終業時間だよ」
ユウは仕事の終わりを告げた。
「本当だ」
エリカは時計を見た。
「報告書は明日でいいから。今日のディナーの相談でもしててよ。僕はもうおいとまするし」
「うん。ありがと」
「じゃ」
ユウはそう言うと、立体映像を収納していった。
「どうしようか?」
エリカは通の方を見た。
「そうだな。高台の上にある飲食店はどう?」
「いいね。通り道に桜並木があるし。行きたい」
「じゃ、決定」
通は笑顔で言った。