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 真理亜に連れられ、久々に外に出てみたが朝だと言うのに陽射しが強くてもう帰りたくなってきた。引きこもってるうちに吸血鬼にでもなってしまったのかもしれない。

 歩くのも中々にキツイ。右足を出して次に左足を出すという単純運動になぜこうまで疲労を蓄積させてしまうのだろう。私は己の出不精を祟った。真理亜は車を持っておらず、私に関してはそもそも免許証すら取得していない。おかげでバス停まで歩きだ。


「きつい…帰りたい…」


「まだ三分も歩いてないんだけど…」


「真理亜、知らないの? 体力って相対的なもので、どんな平坦な道でも人によってはとんだ茨の道に化けたりもするんだよ?」


「君に歩かせたらどんな道も茨が咲き誇りそうで羨ましいね」


 平日の朝っぱらということもあってか、人通りは殆ど無く、閑静な住宅街は寂しく佇んでいた。人混みは嫌いなので、そこは有難い。

 

「そういえば聞くの忘れてたけど、思い出を拾うって…どこで?」


「思い出を拾うとしたら、そりゃ思い出の場所しかないでしょ」


 真理亜はさも当たり前のことを聞かれた時のように、そう答えた。


「……それ、どこ?」


「うーん、数箇所くらい思い当たる場所があるんだよね。 全部市内にあるし、たぶん今日中には回り終えると思う」


「というかさ、なんで自分の足で行く必要があるの? なんか薬使って記憶復活!とか、ネットのマップで景色の写真を見るとか、そんなんじゃダメなわけ?」


「ダメ。 そんな都合のいい薬なんて無いし、写真だと視覚でしか記憶を再構築出来ないから記憶の回復手段としては心許ない。結局のところ、直接体験するのが一番確実なんだよ 」


「意味わかんなーい」


「まぁその時になればわかるよ、きっと」


 真理亜はそう曖昧に笑った。なんだか、さっきから抽象的な言い回しばかりで、明言することを避けているような気がする。例えば、『思い出の場所』についてが顕著だ。目的地がどこであるかを教えてくれない。そんな真理亜の態度に少し違和感を覚えた。


 何か隠し事をされているような、そんな違和感。嘘をつかれているわけではない。でも、どこか釈然としない。ただ、その違和感を口にするのもなんだか嫌な感じで、今は黙って着いていこうと思った。

 うだうだと思索を張り巡らせながら歩いていると、バス停が見えてきた。そして、その向こうから青いバスがやって来ているのがわかった。丁度良い時間に着いたようだ。もしかしたら、そうなるように真理亜が調整していたのかもしれない。


「あ、バス」

 

「ちょうど良かったね」


「早く座りたい…」


 バスはエンジン音を一切立てずに、私たちの前で停車した。無人運転なので、車内には運転手も含めて誰も乗ってなくて、完全に私たちの貸切状態だ。先んじて私が乗り込み、一番後ろの席まで早足で向かい、勢いよく腰を下ろす。


「疲れたぁー」


「そんなに歩いてないでしょ」真理亜は私とは対照的に静かに、私の隣に座った。


「それで、どこで降りるの?」


「百目鬼町。 ここからだと少し掛るね」


「百目鬼かー。 久しぶりにいくなぁ」


「そもそも君、極度の出不精だから私の家以外のどんな場所でも久々になるでしょ」


「そりゃそうだけども。 高校の時はよく入り浸ってた町だし、ちょっとくらい郷愁を抱いちゃうのよ」


「まぁその気持ちはわかるかな。あ、そういえばあのホットドッグ屋潰れたらしいよ」


「えっ、それってあのお店? 店の前に犬の置物があった…」


「そうそうあそこ」


「え〜、潰れちゃったんだぁ」しみじみと呟いて、少し寂しい気持ちになった。と言っても、店の名前の覚えている訳では無い。味もそんなに良くなくて、その割に値段も高かった。実際問題、潰れたことを知らされる前まではその存在すら忘れていたのだから、今更嘆かれても店としては身勝手な話だろう。

 だが、それでも見知った町から見知った店が消えているという事実は私に一定の喪失感を与えたのは間違いない。最も、この喪失感は町にホットドッグ屋があったという記憶とともに、いずれ消えていく程度の物なのだろうけど。


「なんか、無常だなぁ」私は窓の外を流れ行く家々を眺めながら、そう呟いた。


「ちょっと悲しいよね。まぁ、あそこ人通り少なかったし仕方ない部分もあるんだろうけどさ」


「実際、私たちも数回行っただけで常連ってわけでもなかったしね」


 それっきり、沈黙が流れる。だが別に気まずさを伴った沈黙ではなく、話すことが無くなったので自然とそうなっただけの、ありのままの沈黙。無理に会話を続けなくていいところが、私と真理亜の性質にあった関係性なのだろう。だからこそ、十年間も親友で居続けらている。


 窓の外で連なっている景色は、どこか古めかしくて、私が高校に通学していた時と一切変わっているところがないように感じた。実際は所々で変わった部分があるんだろうけど、別にこの景色の中で暮らしたことの無い私からしたら、それはあまりにも些細な変化で、大した意味を持つことの無い変化だ。


 目の前を流れていく景色たちに私は、変わらないというよりも変わることを拒んでいるような印象を抱いた。

 錆で茶色くなった家々に、かすれて意味を喪失した「止まれ」の表示。もう何年も前に潰れたというのに出しっぱなしになっている魚屋の看板。なんだか、それらは時間の停滞を意味しているようで、私は少しだけそれらの光景に怖気のようなものを感じた。

 きっと、これから何十年もこの光景たちは大きく変わることは無いだろう。廃れていくことはあれど、その形が大きく変貌することはない。仮に、変わることがあればそれは成長ではなく、ある意味での侵略と制圧だ。今この場所に住んでいる人達は消え失せて、全く別の人々が新しい景色を作り、新しい生活を営む。そこに目の前に広がる景色とはほとんどの連続性は無くて、今とは隔絶した景色になる。それは「成長」と言うよりは「死」と形容する方が近いかもしれない。だから、私が眺めている停滞した景色たちが変わる時はきっと、今の景色たちが死ぬ時だ。


「そういえば」と、目の前を流れて行く停滞から、ひとつの思い出を想起した。


「なに?」


「よくお昼すぎにやってる刑事ドラマあるじゃん? ほら、ちょっと昔めの俳優さんとかがやってる感じの」


「あー、崖で犯人を追い詰めて、みたいなコッテコテのやつ?」


「そうそう、そんなの。 昔おばあちゃん家に泊まってた時によく居間で流れてたから、仕方なく観てたの。

でも話としては全然つまんなくて、最近撮影されたドラマのはずなのに脚本も舞台設定も古臭くて、色んなところがチープなのよ、どのドラマも」


「まぁ、お昼の時間帯のドラマなんて大した予算も割かれないだろうしね」


「特にあれなのが、現代設定なのに若者たちの格好が古いのなんの。 昭和の若者みたいなファッションしたやつが最新の電子端末を扱ってるシーンなんてチグハグ感で笑いそうになっちゃう。

たぶん、メイン視聴者層年寄りが考える若者像を反映した結果なんだろうけどさ、現代に生きる若者のひとりとしてはやっぱり違和感を抱いちゃうよね」

 

「嫌いなの?そういう刑事ドラマ」


「正直なこと言うと、大嫌い。 私が脚本家なら絶対にこんな仕事はしないってずっと思ってた。 ジジババの心の安寧のために毒にも薬にもならない話を書き続けなきゃいけないなんて耐えられない。 そんな風に、ずっと思ってた」


 そこまで聞いて、真理亜は怪訝そうに首を傾げた。


「……?思ってた、ってことは今はそうじゃないの?」


「うん、まぁ、そう思ってた時の私って最高に調子に乗ってた頃の私だからね。 それこそ、高校生ながら新人賞を取って、まさに敵無しって時のこと。 今は自分に大してそんな重い価値を見出すことは出来ないし、テレビドラマの脚本を担当してる人を下に見れるほどの実力も私には無い。

ま、要するに歳を重ねて自分をある程度、客観視できるようになったわけね」


「自分を客観視することは必ずしも自身を卑下することでなないよ?」


 戒めるように真理亜はそう言ったが実際のところ、どうなのだろう。新人賞こそ受賞したが、今のところあの時のような大当たりは出していない。下手くそな文章を原稿に刻む度に、作家としての才が失われていくような感覚に陥る。いや、そもそも才なんて最初から錯覚にすぎなくて、過去の栄光に縋る為だけに文章を書いているだけかもしれない。

 結局のところ、古臭いドラマを通して輝かしい過去に縋っている老人と、今の私の間に特段の差異は存在していないのだろうか。


「こらこら、また思考がネガティブになってる。 変に考え込まない」真理亜が私のあたまをぺしっと叩いた。それによって思考が途切れる。


「……なんでわかったの」


「君が無表情になって虚空を見つめる時は()()()()()。 主治医としては把握していて当然の、非常にわかりやすい癖だよ」


「まじか。 これから気をつけようかな」


「セラピーを施す私としてはそれくらいわかりやすいと助かるから、これからも気をつけないで欲しいよ」


「はは、善処しまーす」


「もー、すぐそういういい加減な返事をする」


 結局のところ、私は過去に囚われているのだろう。何があるかわからない未来も、時が経てば必ず喪うことになる現在も、私としては何方も願い下げなのだ。

 困ったように笑う真理亜の顔を見て、私はそう思った。

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