倉持キャンプへ行く(夜-2)
藤壺(いつから…こんないびつな人間になっちゃったんだろう…)
藤壺が、自分の恋愛対象が女性だと意識し始めたのは、中学生の頃であった。
同じ吹奏楽部の友人。
彼女とはパートも同じで、よく一緒に練習をしていた。
帰りもいつも一緒だった。
泊まることもあった。
一緒にお風呂に入り、同じベッドで寝て、遅くまでおしゃべりをした。
その中で、藤壺は徐々にではあるが、自分は友人に対して何らかの思いを抱いていると感じ始めた。
ある日の夕方。
2人きりで、教室で練習をしていたとき、夕日に照らされながら管楽器を奏でる友人の口元を、ずっと見ていた。
その唇に自分の唇を重ね合わせたら、どうなるだろうか…
藤壺は、きっと友人は受け入れてくれる。
そう思い。
友人が楽器を離した瞬間ー
唇を合わせた。
唇を離した瞬間。
友人は目を丸くしながら、藤壺を見た。
その後、わずかに口角があがって、眉が中心によった表情で、藤壺を見ながら「冗談かな?」と発した。
藤壺は、(失敗した)と思いながら、後に引けず、正直に答えた。「本気」と。
友人は困ったような表情を浮かべながら「…そう」とだけつぶやいた。
その後、友人は別パートになり、一緒に帰ることもなくなり、遊ぶこともなくなり、話すこともなくなった。
それからの中学生活は、藤壺にとってつらいものになった。
高校は離れた場所に進学した。
桜と出会ったのは、学習塾であった。
藤壺が消しゴムを忘れて慌てているところに、桜が消しゴムを差し出した。 ところから、始まった。
一目ぼれであった。
中学時代の教訓を元に、藤壺は恋心を隠すようにした。
話せば話すほど、桜に惹かれていく。
桜は、拒絶をしない。
大抵の人間は受け入れる。
この人なら、自分を受け入れてくれるかもしれないと思う反面、この人に拒絶されたら生きていけない。
そう思いながらずるずると時だけが過ぎていった。
大学に進学してから、勝負をしよう。
藤壺はそう思っていた。
大学で、藤壺は倉持という存在を知った。
不思議な人間だった。
というか、変な人間であった。
自分で、巨大な壁を作っておきながら、それでも、外の世界とつながっていようと、わざわざ壁を透明にしている。そして、自分に近寄る人間は避けるが、自分の周りで、困っている人間があれば、すぐに壁を越えて助けに行く。
そんな奇妙な人間だった。
他の男とは違う。 と感じていた。
ある時、藤壺は自分の周囲の異変を感じるようになった。
だれかつけている。物が無くなる。妙な着信が入る。
助けを求めた。
倉持と桜は躊躇することなく、応じてくれた。
倉庫で、襲われている時も、倉持は駆けつけて助けてくれた。
その時、藤壺は恐れを抱いた。
男性に対する恐怖。
そして、それ以上に、自分自身に。
自分がされたことは、昔自分が友人にしたことと同じであった。
藤壺はそのことに気が付いてしまった。
被害者と思っていた自分が加害者であったことに。
そんな自分の在り方を、性を恐れた。
故に、倉持に懇願した。
恐怖を塗り替えてほしいと。
自分を女性にしてほしいと。
女性への、桜への気持ちを塗りつぶしてほしいと。
そういう願いから。
ー藤壺の身体は崖に吸い込まれていく。
倉持「藤壺おおおおお」
崖の端。
倉持はかろうじて、藤壺の両足首を掴んでいた。
倉持の身体が引っかかることで、辛うじてバランスを保っている。
藤壺は逆さ吊りになっている。
倉持「藤壺、上体を起こすんだ。 その反動で引き上げるから」
藤壺「いい。 手を離せ」
倉持「離さない」
藤壺「私は… 何にもなれない。 私自身を受け入れられない。 私はそんな自分のまま、生きられない。 だから、このまま死なせてくれ」
藤壺の声がこだまする。
そのエコーが途切れ、静寂が森に戻る。
倉持「…君は。 私に似ている。 嫌かもしれないけど」
藤壺「どういう…」
倉持「私にも、受け入れられない自分がいる。 私はそんな自分を受け入れることはできない。
…そして、私は、そんな私を受け入れてくれる人をも、受け入れることはできない。
けど、私が… もしも、全部を受け入れて、運命も受け入れて、そして、克服して…生きることができたなら…その時は、受け入れてくれた人、皆を受け入れたいと思っている」
藤壺「…意味わかんない」
倉持「…藤壺、私は君を受け入れるよ。 君の性も、君の悩みも、全部」
藤壺「受け入れるのに… 挿れてはくれないんだね」
倉持「それはすまん」
藤壺「いい。 いいよ。 それで… 私は、十分」
藤壺は、足をくねらせ、倉持の手を外した。
藤壺(卑怯だな… こんな… 一番言ってほしいこと言って… それで、惚れるなって? ムリだよ。 好きになるななんて… あーあ、私ってバカだな… こんな死に方するなんて)
映画のフレームのように、藤壺の景色が動く、
1フレーム目
胸の隙間から、倉持の顔が見える。
2フレーム目
倉持が身を乗り出す。
3フレーム目
倉持が自分に向かってくる。
藤壺(…躊躇…なしか… 何でそんなことできて… セッ○スはできないんだよ)
4、5フレーム目
倉持が迫る。
6,7,8フレーム目
目の前に倉持の顔が映りこむ。
藤壺「…バカ」
倉持「ええ」
倉持と藤壺は抱き合いながら、落下する。
倉持は自分が下になるように位置を変える。
倉持は願う。
倉持(…神よ。 私のラッキースケベが、祝福の力だというのなら… 今こそ祝福してくれ。 この力が、私を救う力だというのなら… 今、今こそ、その力を発揮してくれ)
倉持が目を見開く。
藤壺をより強く抱きしめる。
倉持「うおおおおおおおお」
重力は倉持と藤壺を少しづつ手繰り寄せる。
その時、生暖かい風が吹いた。
風は倉持と藤壺を乗せて、茂みに運ぶ。
柔らかい葉が、枝が倉持たちのスピードを和らげる。
そして、倉持と藤壺が落下した場所には、不法投棄されたラブホテルのベッドが置いてあった。
丸い、大きなベッドの中心に倉持と藤壺は落ちた。
藤壺「柔らかい…」
倉持「…助かりましたね」
藤壺「ホント…バカらしいわね」
藤壺が上体を起こす。
月明かりに照らされた裸体が、倉持の瞳に映る。
藤壺「…」
倉持「…」
藤壺「固い…」
倉持は赤面した。
藤壺は声を上げて笑った。




