倉持キャンプへ行く(夜-1)
滝を見つめる倉持の背後で、かさかさと葉が揺れる。
「誰ですか?」
ウサギがぴょんと跳ねる。
「…」
倉持は記憶を消し、再び滝を見つめる。
○○「だーれだ?」
倉持「手は白銀さんで、しゃべったのは青野さん」
白銀「当たりだ」
青野「さすがですね。 でも、ちょっとヤバいかも」
倉持「いつからいたんですか」
白銀「誰ですか?」
青野「ぴょんぴょん… のところからです」
倉持「…え? そんな場面ありました?」
青野「え、事実をもみ消すつもりですか?」
白銀「過去はそうそう簡単に消せないぞ」
倉持「ですね… 本当に」
白銀「…藤壺さん。 こないな」
倉持「…来てますよ。 隠れてるようですが、山に気配は感じます」
青野「いつ人間やめたんですか」
倉持「いや、山にいると、感覚が鋭敏になるんです。 知人の気配なら探ることはできます。
まあ、正確な位置は分かりませんが」
白銀「そうか… 気を付けないといけないな」
青野「ですね。 何をしてくるか分かりませんし」
倉持「いえ… 何をしてくるか、大方の予想はついています。 けど、そのタイミングがいつか分からないんですよね。 いつ来るかによって、どう動くかも変わってきます。 どうなるかまではわかりませんけど」
白銀「何をするか分かっているなら、事前に止めることもできるのでは?」
倉持「…確かに、けど、私はできることなら、真正面から受け止めたいんです。 そのうえで、説得して、分かってもらって、決着をつけたいんです」
青野「らしくないですね。 どうなるか分からない…そんなリスクを負うなんて、らしくない」
倉持「…ですね。 けど、彼女の本気を…どうしても受け止めたいんです」
白銀「強情だな。 まあ、分かっていたことだが」
倉持「すみません… まだ、来ないようですね… 一度キャンプ場へ戻りましょうか…」
青野「ですね。 晩御飯の準備をしないと」
3人は滝を後にし、キャンプ場へ戻る。
そこでは、既に金剛たちが晩御飯の準備をしていた。
金剛「遅かったな。 もう少しで仕込みが終わるから、座っておけよ」
倉持はご飯が簡単に炊ける奴を取り出した。
金剛「お、それ、ご飯が簡単に炊ける奴じゃないか。 使ってみてくれ」
倉持「ええ、もちろん」
倉持は火をおこし、ご飯を炊き始める。
晩御飯は山菜カレーが出来上がった。
ほどほどのおこげと、カレーが非常に合う。
その後は、女性陣はロッジに、倉持は野宿の準備を始めた。
倉持「寝袋… 新調しといて良かった」
ー太陽が沈む。
辺りは静寂に包まれる。
虫の音が響く。
夜空には星が煌めく。
生暖かい風が、森を包む。
月の周りを雲が漂う。
倉持は、寝袋から這い出て、森の深みに進んでいく。
道を外れた森の中、草木が不自然に倒れている。
倉持はその跡をなぞる。
暗がりの中、木と木の間にシルエットが浮かぶ。
倉持「…もう少し、分かりやすい待ち合わせ場所はないのか」
藤壺「分かりやすかったら、他の人に見つかるかもでしょ。 それに、ここが最も交渉に適していると思ったからよ」
倉持「…交渉、ですか」
藤壺「崖を背にすれば… 大抵の話は通るでしょう」
倉持「…」
藤壺「もう、見てわかると思うけど…」
藤壺は何一つ身に着けず、崖の前に立っている。
藤壺「抱いてくれなきゃ、ここから落ちる」
倉持「…交渉ですか」
藤壺「性交渉してくれる?」
倉持「…」
藤壺「まあ、交渉と言うよりは、脅しやお願いに近いかな」
倉持「…やめてください。 私は、それでもできません」
藤壺「そんなに…魅力がない?」
倉持「違います。 藤壺さんは魅力的です」
藤壺「じゃあ、どうして、アンタも桜も、振り向いてくれないんだ」
倉持「それは…」
藤壺「魅力的? 好きでもない人を魅了したって意味無いんだよ」
倉持「…」
藤壺「あの時のさ… こと。 まだ夢に見るんだよ。 私だって、努力したよ。 桜に振り向いてもらえるようにとか、他の人を好きになることとかさ… けど、無理だった。 あのことがぶり返すんだ… アンタが、あの時、忘れさせてくれなかったから… 桜が私を受け入れてくれないから… だから、もう、私にできることはさ… せめてさ… 桜の幸せを祈るだけなんだよ。 その幸せはさ…桜がアンタと結ばれることなんだよ。 だから、だから、とりあえず私を抱けよ。 そうすれば、桜とアンタが結ばれても、桜は不幸にならない。 私はさ… 不幸になっても構わない。 それに、アンタのことは性的に好きじゃないけど…人としては好きだからさ… 私は、幸せになれるんだよ」
倉持「それで、桜さんが本当に幸せになれるとでも」
藤壺「…お前、説得に桜を使う気か」
倉持「すまない。 撤回する。 この期に及んで、まだ、私は向き合えていないようです。 そうですね… 桜さんではなく… 私を主体に話さなければいけないですよね」
倉持は、数歩藤壺に近づく。
倉持「私は、自分のせいで誰かを不幸にしたくないんです」
藤壺「時間の問題だ。 結局みんな不幸になる。 お前に関わった人間はみんな」
倉持「それは、させない。 そうならないように、私は戦う」
藤壺「ふざけるな! どう戦うって言うんだ?」
倉持「自分の呪いを、運命を、覆して見せる」
藤壺「…いつ? どうやって? 本当にできるの?」
倉持「できる。 やって見せる。 でも、そのためにはたくさんの人の力が必要なんです。 もちろん藤壺さんの力も」
藤壺「なんだよ。 なんで、そんな訳の分からないこと… そんな真顔で言えるんだ」
倉持「真剣だからです。 私は助かってみます。 助けてみます」
藤壺「ただでさえ… 呪いなんて、荒唐無稽な話… 信じられないのに… 信じられるか」
倉持「…信じてください。 私は、いつもいつだって、何だって、真剣です」
藤壺「…そうか、じゃあ、これぐらいのことなら、超えてみせるよな」
倉持「藤壺?」
藤壺「平行線だ… 交渉は決裂…だな」
藤壺は、体重を後ろにかけた。




