倉持が知らぬ間に動く物語
絵は倉持家次女 真冬
藤壺は笑顔を作り、対峙する白銀と赤井に話す。
藤壺「幸せ…ですよ。 どうしても幸せになってもらいたいんです。 私は止まれない」
白銀「生贄を捧げて、誰が幸せになれる」
赤井「今日の事も、青野さんから聞いたわ… 正直やりすぎだと思うわ」
藤壺「…そこまでしなきゃ誰も一線を越えようとしないじゃない」
白銀「それは… 私たちはなるべく彼の気持ちを尊重したいから…」
藤壺「嘘でしょ… 彼に嫌われたくないだけじゃない。 まあ、分かるよ。 彼に嫌われるのがどれほどきついか…あそこまでなんでも受け入れてくれる人間に…完全に拒絶されるってさ… きついでしょ…ただでさえ肉体関係を拒絶されてさ、そのうえ心まで拒絶されたら、そりゃあ立ち直れないわよね」
赤井「ちょっと、言い過ぎじゃない」
藤壺「そうかしら? 私の怒りは全く収まってないですけど」
藤壺はグラスをからからと回す。
藤壺「あなた達が臆病すぎるから、あの人はいまだに童貞なんですよ。 誰か、誰か一人でも、彼の障壁を無理やりにでも取っ払って… やってしまっていれば… 今頃彼も一皮むけて… 恋人だってできて… 普通に幸せに暮らすことができているはずなのに…」
白銀「話がこんがらがっているが…君は結局、彼に対してどんな感情を向けているんだ」
藤壺「分かりませんよ… そんなの。 そんなの。 私が一番わかりませんよ。 だから、困ってるんじゃないですか… 私はっっ」
白銀「藤壺さん… いったん落ち着こう。 私は、やみくもにアナタを攻めたいわけじゃない。 話を聞いて、それで、納得できる部分があれば、協力したいとも考えている」
藤壺「無理よ。 もう、貴方たちに期待はしていないわ。 私は一人ででも動くわ」
白銀「そんなことしても、何も解決しないだろ」
藤壺「…もうね。 待てないんですよ。 いいですか、貴方たちは精々彼に振り回されてるのも2,3年じゃないですか… 私たちは、もう10年ですよ。 10年もあの男に振り回されてるんですよ。 大事な20代の大半が、あの男のせいで… 無為になろうとしてる… そんなね… 説得されたって、今更やめるなんてできないんですよ」
白銀「…やはり、君が好きなのは桜さんか… 彼女のために…」
藤壺「…ええ、そうですよ。 私は、彼女が倉持さんと結ばれるなら… それなら、あきらめもつくんですよ。 けれど、そうじゃないなら、そうじゃない男とくっつくのなんて… 私は我慢できない。 けど、もちろん桜が不幸になるのなんて見たくない… だからっ、誰かに生贄になってもらおうと… したかった…」
赤井「?」
白銀「まず、それで喜ぶ桜さんじゃないだろう… 面識はそこまでないが、彼女は誰かの犠牲の上で何かを手にして喜ぶような人じゃないと思うが…」
藤壺「…」
白銀「それと…話は変わるが、君は今日、何であの場に残っていたんだ? すぐに立ち去れば良かったものを… 止めてほしかったのか? それとも何か、見極めたいものでもあったのか?」
藤壺「はーーー。 聡いですね… やりにくい… どっちもですよ」
藤壺(催淫音を受けながら、全員抑え込んだ… それだけ、彼の気持ちを尊重したいってことじゃない… 分かってるわよ… 嫌われたくないだけ…そんなネガティブな気持ちで、制御してるんじゃなくて、皆本気であの人の事を思って…それで、ガマンして、耐えて… 苦しんでいることぐらい…)
藤壺「…最初に言った言葉は撤回するわ。 貴方たちは、保身じゃなくて、本気で彼のことを思っている。 けど…でも…それでも… 私は止まれないの… この気持ちに決着がつかない限り、私は前に進めないの。 だから、動かせてもらうわ」
白銀「…あまりにひどければ止める」
藤壺「…どうぞ、ご自由に。 けど、私は何としてでも彼を動かして見せる」
藤壺はグラス内で溶けた水を口に含む。
藤壺「交渉は残念ながら決裂ですね」
白銀「…まあ、そうだな。 ただ、意義はあった」
3人は割り勘で支払いを済ませて店を出た。
ーその頃
緑谷は筑紫と2人、今度のイベントに向けて作業をしていた。
緑谷「今日は楽しかったねー」
筑紫「そうね。 なんだかんだで」
緑谷「藤壺先輩も、結構ボーイッシュでいいですよね」
筑紫「だね。 私も思ったわ」
緑谷「藤壺先輩って、あの桜さんと知り合いっぽいんだよね。 三奈さんが言ってた」
筑紫「ほうほう… じゃあ、三角関係ネタで決まりだね」
緑谷「だよねー。 今の原稿が終わったら、コピー本作る?」
筑紫「でも、今週末はキャンプがあるから…」
緑谷「そっか、じゃあ来月だね」
筑紫「キャンプでもネタは結構あると思うよ」
緑谷「だね。 楽しみー」
筑紫「…それにしても」
緑谷「?」
筑紫「あんなことしたのにさ… 今ではこうして、打ち解けることができてるってさ…」
緑谷「うん」
筑紫「ほんとに信じられないよね」
緑谷「だね。 あのまま、あの会社にいたら… あの会社とつながった状態でいたら… きっとこんな感じにはなれなかったと思う」
筑紫「うん」
緑谷「あ、そういえば、灰田さんの話って聞いた?」
筑紫「ああ、聞いたよ」
緑谷「楽しみだね。 あの会社はもう、嫌だけど灰田さんだけは優しくしてくれてたし」
筑紫「そうだね」
緑谷「…ふー、後5ページぃ」
筑紫「今日中に仕上げようね」
緑谷「うん。 あ、コーヒー淹れてくるよ」
筑紫「ああ… ありがとう」
筑紫は空のコーヒーカップを緑谷に渡す。




