倉持が知らない彼女達
藤壺が荷物をまとめてオフィスを出る。
エレベーターの下降ボタンを押す。
そこに慌ててかけてきたのは、青野であった。
青野「すみませーん。 間に合いますかぁ」
藤壺「ええ… あ、お疲れさま」
青野「お疲れ様です。 藤壺先輩」
エレベーターが開く。
青野は先に乗り込み、ボタン前に立つ。
青野「地下でいいですかね?」
藤壺「ええ、ありがとう」
エレベーターが降り始める。
青野「どうも… お世話になりました…」
藤壺「…」
青野「余計な… ですけど」
藤壺「意外に聡いわね…」
青野「人の気配には敏感な方でして…」
藤壺「…ふーん 侮れないって訳ね」
青野「まあ、別いいいですけどね…」
藤壺「…貴方は、あの程度のアプローチでいいの?」
青野「あの程度…ですか? 分からない人から見ればそうかもですね…」
藤壺「?」
青野「あれ? 倉持先輩と同じ大学と伺ってたのですが… 文学にはお詳しくないですか?」
藤壺「貴方…面白いわね」
青野「そうですかぁ? よく天然とは言われますけど」
藤壺「自分で自分のことを天然と言う女は地雷って聞くけど」
青野「フフフ… じゃあ、うかつに手も足も出さない方がいいですね… 気を付けてくださいよ…先輩」
目的階に着く。
青野は先に藤壺を案内してから、後に続く。
藤壺「…貴方こそ、うかつに手を出さない方がいいわよ」
青野「…焚き付けたり、止めたり、訳の分からない人ですね… 何が目的ですか?」
藤壺(確かに… なぜこんなこと言ったのかしら… 私らしくない)
藤壺は、口元に手を当てる。
白銀「確かに、私も聞きたいな」
藤壺「白銀…さん」
白銀「この間はどうも… おかげで楽しい夜が過ごせたよ」
白銀が藤壺に歩み寄る。
藤壺は半歩後退する。
藤壺「…分かりました。 ここじゃあ、なんですから…場所変えましょうか?」
青野「じゃあ、ハンバーガーがいいです。 今日はジャンクな気分なので」
白銀「いいな。 たまには」
3人はそのまま、駅近くのファストフード店に入った。
それぞれ注文を済ませて、テーブルに向かう。
青野「白銀さんは何にしたんですか?」
白銀「私は普通のセットだ… 青野さんは…結構多いな」
青野「ええ、見てたら色々と食べたくなっちゃって… 藤壺先輩はハンバーガー2個…小食ですね」
藤壺「ええ、ダイエット中だから」
青野「あらら、じゃあ、ファストフードダメでした?」
藤壺「いえ、大丈夫よ。 これぐらいなら」
白銀「さて…あまり長居もできないし… 単刀直入に聞こうか?」
青野「どうして、倉持さんと人をくっつけようとしてるんですか?」
藤壺「…」
白銀「…彼の呪いについては、私も知るところだ… 言っても構わん」
青野「呪い? やたらエッチなことに巻き込まれることですか?」
藤壺「…それじゃないわ。 本当の呪い」
青野「えー… なんですかそれ? そんなめちゃくちゃな」
藤壺「…そうかしら、文学少女的には、結構ありがちな展開じゃないかしら?」
青野「…まあ、聞きましょうか」
藤壺「あの人が最初に愛した女性は不幸になるの」
青野「…」
青野が白銀を見る。
白銀「信じがたいが、そのようだ… 厳密には彼の先祖が皆そうだったということだがな」
青野「へ…へーーー。 そうですか…」
藤壺「まあ、普通信じられないわよね。 正直私も半信半疑だわ」
白銀「…と考えると…私的に、君が彼のことを愛していて…けど、自分はその被害にあいたくないから誰かを生贄にしようとしている… と考えればしっくりくる… のだが… うーん… どうも、君が彼のことを好きだとは考えにくい…」
藤壺「なぜ、そう思うのかしら?」
白銀「勘かな? なんか君は違う気がする… いや、厳密にはちょっと違うな…気がないわけではないけど… それ以上に好きな人がいる… という感じかな」
藤壺「…なに? 占い師?」
白銀「あいにく、そういうものや霊的なものは好きじゃないんだ」
青野「確かに…藤壺先輩って、なーんか、違う気がするんですよねぇ…」
藤壺はハンバーガーの紙をくしゃくしゃと潰す。
藤壺「…まあ、別に隠しているわけじゃないんでいいですけどね… 私、実は女性が好きなんですよ。というか、心は男性って言った方がいいのかな? だからじゃないですか? その勘が働く理由」
白銀「なるほど… だが、それと、人をくっつけるのはなぜだ?」
藤壺「えー… 聞きますぅ?」
青野「むしろ、さっきから、それが聞きたいんですけどね」
藤壺「…まあいいですけどね。 お二人も知っているある方を応援してるんですよ。 というか、ぶっちゃけると、私はその人のことが好きなんです。 だから、その人の前に誰かに生贄になってほしいってとこなんですよね」
白銀「…」
青野「本気で知ってるんですか? それ」
藤壺「…ええ。 二人には悪いことしたとは思っているわ… けど、私から見てあの人を落とせる見込みがあるのはあなた達だったから…」
藤壺はもう一つの袋もくしゃくしゃと握りつぶす。
白銀「そのように言われて、悪い気はしないが… 解せんな」
青野「そうですね… 生贄… 執る貝…幸せの丸い貝って書きますね… 子安貝と似てますね… もっとも、ここでの幸いは…不幸中の幸いって意味に近いですけどね… それも悪くないですけど…
人の手によってそうなるのは、私もゴメンですね」
藤壺「…分かったわ… あなた達二人に余計な手出しはしないわ」
白銀「誰であっても、すべきでないと思うがね…」
藤壺「…分かったわ。 余計な手出しはしないわ… けど、助力を求められたら、手は貸すわよ」
青野「…物は言いようですね。 どうとでもなるじゃないですか」
藤壺「ええ。 そうよ」
白銀「…まあ、素直にやめるとは思ってないさ…」
藤壺「もうね… 動き出してるの… 貴方たちが思っている以上にね… まあ、動けるなら動けば…あの人のためにね」
藤壺はそう言い残すと、トレイを持ち、ゴミ箱に向かう。
ゴミを捨てるとそのまま、会釈をして、立ち去った。
白銀「…青野さん… 何かイメージ変わった?」
青野「恋をすると人は変わるらしいですよ?」
白銀「…さようか」
白銀は最後のポテトをほおばる。
一方そのころ、オフィスでは
黒田が倉持のデスク前に来て、1枚のプリントを渡す。
黒田「倉持さん。 これどうぞ」
倉持「え… キャンプ…ですか?」
黒田「懇親会よ。 もちろん参加よね」
倉持「いやー」
黒田「というか、もう参加にしておいたから」
倉持「もはやハラスメントですよ」
黒田「でもキャンプよ? 行きたいでしょ? それに倉持さんが来てくれると助かるのよ。 ホントに」
倉持「…まあ、別にいいですけど… 今年はきちんと男性社員も来ますよね?」
黒田「今のところは…」
倉持はチラシを鞄にしまうと、PCに向き直り、業務の締めをした。




