倉持と閉鎖空間(後編)
前回のあらすじ
閉じ込められた
倉持「参ったな…午後からしたい作業があったのに… これは残業かな…」
青野「…冷静ですね」
倉持「まあ、焦ってもどうしようもないしな… 時間が経てばおかしいと思った黒田さんや金剛部長が探してくれるさ… ここに来るまでに、他の社員と会ってるし」
青野「…じゃあ、タイムリミットは30分ぐらいですかね」
倉持「タイムリミット?」
青野「…いえ… 何でもありませんよー」
青野は空になった自分のお弁当の容器をまとめる。
青野「お礼…結局できてないですね…」
倉持「え…いや それは別にいいですよ。 気にしないでください」
青野「いやーー。 けど、結構なことですよ? 普通後輩のためにこんなことしないですよ」
倉持「…そうですか? まあ、今回はたまたま心当たりやツテがあっただけですよ」
青野「…いやいや、そんなものがあっても、普通ないですよ… そんな人のためにリスクを負うようなこと平常な人ならしませんって」
倉持「…そんなもんですかね」
青野「ええ… 普通じゃないから…普通にしてもらえることじゃないから… そんなことしてもらえたら… ちょっと、期待してしまうんですよ?」
倉持「?」
青野「いいですか? ああ… じゃあ、これをお礼代わりにしますね。 私女子社会で生きてきたんで、結構女子には詳しいつもりですから」
倉持「…はあ」
青野「女子って、何かしてもらうことが好きなんですよ。 何かするのも好きですけど、してもらえることの方がやっぱり好きなんです。 で、何かしてくれる人の事を自然と好きになるんです。
それが困難であればあるほど好きになっちゃうんですよね。 子安貝とかプレゼントされたらうれしいんですよ。 だからね。 そして、その困難は、あくまでその女子にとって困難かどうかがポイントなんです。 倉持先輩は…いろいろと出来ちゃうので、簡単にその困難ができてしまうんです。 そのせいで、先輩はね… 変に好かれちゃうんですよ?」
倉持「…なるほど… 立ち話もなんです… とりあえず座ろう」
青野「そのギャグは微妙ですね」
倉持「だな… しかし、青野がかぐや姫好きとは… 悪いけど、ちょっと意外だった」
青野「古典は結構好きなんです。 実は私、文学系女子なんですよ」
倉持は椅子に座る前に、窓の前に立ち、シャッターの隙間に指を突っ込み外を見る。
青野「…それは… 失敗ですね。 ちょっと、私あのエッセイ好きじゃないんですよ」
倉持「そうですか? 私は結構好きですよ?」
青野「すごいとは思いますよ。けどはなもちならないです。 読んでると、ドヤ顔がうかびますもん」
倉持「なるほど…」
青野「だって、冬の朝…人が忙しくしてるの見て、自分はのほほんと暖まってるんですよ? もうこの時点で結構なアレだと思いますよ」
倉持「まあ… 仕方ない… すごい人だし」
青野「まあ、それは分かりますよ… ん? あれ? 先輩、めっちゃ話し逸らしましたね」
倉持「え…いや…」
青野「うーーーん。 そのいなすような態度… なかなかはなもち…いえ…くらもちならないですね」
倉持「…不名誉な造語に巻き込まないでくれ」
青野「ホント…先輩はすぐにごまかしますよね… 気持ちをいなすのが得意です… そうやって今まで何人の女子を泣かせてきたんですか?」
倉持「…いや… そんなことはないですよ」
青野「…もうね。 大体わかってるんですよ? 倉持先輩って、好意を向けられると避けますよね」
倉持「…」
青野「…あの… ごめんなさい… もしかして…男色家ですか? あの…別にそんなあれですよ…私は特に偏見とかはないですよ」
倉持「…いや… 恋愛対象は女性ですよ」
青野「そうですか… それにしては… あの… どうして白銀先輩を? あんなに仲も良かったのに」
倉持「…まあ、色々と… あるんですよ」
青野「そりゃあもう… 色々とあるでしょうけど… いろいろ… え」
倉持「ストップ」
青野「いやー… 母音が似てるとつい、言葉遊びが…」
倉持「さすがにそれは遊びが過ぎますよ」
青野「ですね。 もっとジョークのIQをあげましょう」
倉持「…何故」
青野「…」
青野はシャッターを上げる。
窓のカギを開け、下を見る。
青野「…もしも…例えばですよ… 私がですね… 付き合ってくれなきゃここから落ちるとか言ったら… どうします?」
倉持「…笑えないジョークですね」
青野「…多分ですけど、先輩はそれでも頑なに拒みますよね。 で、私が落ちた瞬間、手を伸ばして助けます。 落ちてしまっても、多分躊躇なく追いかけます。 それで、どうにかこうにかなって、一緒に下に落ちるんです。 でも、不思議と助かりそうですよね…」
倉持「そんな気がする」
青野「交渉のし甲斐がないですよね。 何を使っても、どうしようもないですから」
倉持「…」
青野「攻略難易度高すぎですよねー。 白銀さんでも、無理とか… おかしくないですか?」
倉持「…」
青野「…じゃあ、誰ならいいんだって話ですよ」
倉持「…私は、誰とも愛し合うつもりはないですよ。 子安貝を出されても」
青野「甲斐がないですね… それならいっそ便を渡した方がマシですよ」
倉持「いや… それはちょっと」
青野「そこまでド変態じゃないんですね」
倉持「ド?」
青野「ド」
倉持「…まあ、否定はしません」
青野「ついでにムッツリドすけべ」
倉持「…そんなひどくはないですが…」
青野「…まあ、話はそれましたがね… 先輩はね。 子安貝を振りまいているのと同じなんですよ。 少しだけ気を付けた方がいいですよ? 好かれる前のいなし方をちょっと習得しないと」
倉持「…だな… いい勉強になったよ」
青野「フフフ… それなら、話をした甲斐がありましたよ」
青野は窓を閉めて、シャッターを下ろす。
シャッターの隙間に指を入れ、シャッターの隙間を作り、そこから遠くの山を見る。
青野「…先輩。 これは宣戦布告と受け止めてほしいです… 私、アルコールを取ると、結構色々と話しちゃうタイプなんです… チョコのブランデー程度でも…ね」
倉持「肝にめんじておくよ」
少しして、黒田が救出に来た。
倉持と青野は黒田にお礼を言い、オフィスに戻ると、遅れたことを詫び、取り返すように業務に集中した。




