倉持と藤壺
白銀と緑谷、筑紫は倉持の背中を見つめる。
筑紫「このまま解散で良かったんですか? 白銀さん」
白銀「野暮なことをするもんじゃない… 男には自分の世界があるんだ」
緑谷「…どういうことですか?」
白銀「シューティング・スター(射☆星)」
筑紫「…」
緑谷「…」
筑紫「え…白銀さん!?」
緑谷「そりゃないぜ…」
沈む夕日が夜を呼ぶ。
倉持はバッグを担いだまま、個室ビデオ店に向かう。
角を曲がると、見せかけて、一周する。
そして、物陰からずっと倉持を見ていた藤壺に挨拶をする。
藤壺「気付いてたんですか?」
倉持「ここ最近、ずっと視線を感じてた」
藤壺「さすが…欺けないものですね」
倉持「…夕食はすんでますか?」
藤壺「先輩のおごりですか?」
倉持「まあ、たまにはいいさ」
藤壺「じゃあ…」
倉持は藤壺の指定するお店に入る。
倉持「焼き肉なんて…久しぶり過ぎる」
藤壺「いいじゃないですか? 可愛い後輩に、たまにはごちそうしてくださいよ」
倉持「まあ…いいか」
藤壺「最近、ラッキースケベってないから、懐厚いでしょ?」
倉持「よくご存じで」
藤壺「ずっと、見てましたからね」
藤壺は悪びれるそぶりもなく言い放った。
ライスが届く、続いて牛タンが届く。
次々と肉が運ばれる。
倉持は網にタンを乗せていく。
倉持「で…その目的は?」
藤壺「…早く、童貞捨ててくださいよ」
倉持「…余計なお世話だ」
藤壺「桜が可愛そうですよ」
倉持「なんで桜さんが…」
藤壺「どうして、そんなこと言うんですか? 分かってるくせに…」
タンをひっくり返す。
藤壺「桜の事…どう思ってるんです? もうね… くだらない回答したら、その顔、網に押し付けますよ」
倉持「変な焼け方するから、勘弁してほしいな」
藤壺「じゃ…」
倉持「好きですよ」
藤壺「…随分素直に言いますね」
倉持「隠し立てするのは…私も疲れたんですよ…」
タンを皿に取り、レモンに浸し頬張る。
藤壺「何枚、いいですか?」
倉持「私は2枚でいい。 後はどうぞ」
藤壺「やった… なんか…拍子抜けですね… あっさり白状するなんて」
倉持はひょいひょいとカルビやハラミを網に並べる。
倉持「まあ、藤壺は分かってるだろ。 大学時代からの付き合いだし」
藤壺「…で… いつ捨てるんですか? 童貞」
倉持「…しないよ。 私は」
藤壺「据え膳食わねば男の恥… どんだけ恥を重ねるんですか?」
倉持「恥も重ねれば、立派な下地ですよ」
藤壺「いつもそうやって、はぐらかしますね」
倉持「はぐらかすのは、真っ向から話したくないからですよ」
倉持は焼き加減を見ながら肉をひっくり返す。
空いた皿をまとめて通路側に置いておく。
藤壺「私はね… 友人としてほっとけないんですよ。 桜もアナタも」
倉持「…」
藤壺「そりゃあ、こないだのはやりすぎたと思ってますけど… 白銀さんにも悪いとは一応思ってますけど… どうせ確証はないんでしょ? 初体験の相手が不幸になるってこと」
倉持「いや、それは、こないだ有名な霊能者に見てもらった。 やっぱりそういう呪いがかかってるらしい」
倉持は良い具合に焼けたカルビやハラミを藤壺の皿に入れていく。
藤壺「あ、ども… さっさと、やってしまえばいいのに」
倉持「…それは難しいな」
藤壺「…そうですか」
倉持「…というか、人の事よりも藤壺はどうなんだ… イイ人はいないのか?」
藤壺「…セクハラですよ?」
倉持「んな、理不尽な」
藤壺「女性から男性に言うのはご褒美ですけど、逆はセクハラなんですよ」
倉持「都合のよい時だけ、女性を理由にして…」
藤壺「女性冥利に尽きるってものですよ。 使わなければ損ですよ」
※表現上女性蔑視や皮肉のように聞こえるかもしれませんが、今後の重要な展開のためにこのような表現をしています。なにとぞご容赦ください。
倉持は焼けた肉を取り分けていく。
藤壺「あ、もういいですよ」
倉持「え、もういいのか? 別に遠慮はしなくていいぞ」
藤壺「ダイエットしてるんです。 こう見えて体型維持に気を使ってるんですよ?」
倉持「そうか」
倉持は胸をなでおろした。
藤壺「けど、デザートは頼みますけどね」
倉持「…いいぞ」
デザートを食べ終わると、倉持は会計を済ませて、店を出る。
藤壺「ふー、ごちそうさま」
倉持「…藤壺。 今後あんなことはもうするなよ」
藤壺「…アナタ次第ですよ… まあ、ちょっとオイタが過ぎたのは反省しておきます」
倉持「なら、いい。 送るか?」
藤壺「まっさかー… もう大丈夫ですよ。 それにお楽しみを邪魔しちゃいけませんし」
倉持「分かった。 じゃあ、気を付けて」
藤壺(恩義を感じてるのも… 二人に幸せになってほしいのも… ホントなんですよ… でも、もう正攻法じゃダメじゃないですか… アナタは)
藤壺を見送ると、倉持は踵を返し、個室ビデオ店に入り込み、慣れた手際でことを済ませた。
その日は布団に入るなり、すぐに眠りについた。
-翌朝
倉持はドアの前に立っている。
向かい合うようにして、三奈が立つ。
挨拶を交わしてから、ずっとこの態勢である。
最初の挨拶からは無言である。
いつものように電車に揺られる。
倉持(気まずい… あと2駅か…)
いつもの2駅前。
ドアが開く、倉持出入りする人のために場を開けようとする。
その時、三奈が突如倉持の手を掴み外に飛び出す。
倉持(え…ちょっ)
三奈は渾身の生意気な口調で倉持に耳打ちする。
三奈「選んで… 今日一日私に付き合うか… 痴漢扱いされるか」
その日、初めて倉持は自主的に有給休暇を取得した。




