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倉持氏はラッキースケベでいつも金欠  作者: ものかろす
日常編②
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倉持と心の休息(前編)

―日曜日の朝

倉持は夏にも関わらず、ブランケットにくるまりながら、ゴロゴロとしていた。

時刻は朝の9時。

休日でも基本的に規則正しい生活をする倉持にしては珍しいことである。


倉持は自己嫌悪に陥っていた。

そもそも人の頼みに弱く、人のために何かをしなくてはいけないという考えが強い男である。

その反面、自分が優しさや思いやりを受けた時に、それに報いることができないと、どうしようもなく落ち込んでしまうのだ。

その場ではとりつくろうものの、内心、人の思いを無下にしてしまったことに対してとてつもなく申し訳ない気持ちになっていた。


一方リビングでは、由紀が心配そうにつぶやく。

宇美も何か持って行った方がよいかとオロオロする。

紅葉は二人をなだめながら、桜がどう出るか覗っていた。

桜は、すぐに動こうとしなかった。

落ち着いて朝食後のコーヒーを飲んでいた。


由紀「桜は心配じゃないのか?」

宇美「そうですよ。 普段一番仲が良いのに…」

由紀「もしかして、偽装婚約者用のカット頼まれたこと…根に持ってんのか?」

桜「…」

紅葉「まあまあ、二人とも… たぶん桜さんは、どうすればよいか… 大体分かってるわよね?」

桜「…まあ、なんとなくですが…」

由紀「…コーヒーを飲むことが、良い対応なのか?」

桜「…ほっとくことです」

由紀「明らかに落ち込んでるのにか?」

桜「…うーん。 何ていうんでしょう… 倉持さんって、プライド高いんですよ」

宇美「え?」

桜「ああ、あのー 嫌味的なプライドじゃなくてですね… 何て言うか… 自尊心が高い… いやこれもなんかとらえようによってはイヤな人みたい… 自立心が高い…って言っておこうかしら」

紅葉「ああー 何となくわかるわ」

桜「基本的に一人で、大抵のことはできるし、人のこともできる余裕があるんですよ」


桜はお茶請けのチョコをつまむ。


桜「だからこそ、人に何かしてもらうことに慣れていないんですよ… というか、何かしてもらったら返さないといけないという考えが強いんです… 良く言えば律儀なんですよね」

紅葉「なるほどね」

桜「ここ最近朝帰りしたり、偽装婚約者したり忙しいじゃないですか?」

由紀「ああ…」

桜「倉持さんが普段通りの事をしないときって、大抵何か訳ありなんです。 おそらくですけど…色々と蓄積してるんですよ。 で、それはある程度、自分で消化しないと、気が済まない人なんです。 そもそも、賢いですから、やがて答えにはたどり着きます… だから、まずは放っておくのが一番… で、頃合いを見計らって、ちょっと声をかけるぐらいがいいかなぁ…と、私は思ってます」

由紀「…なるほどねぇ」

紅葉「その頃合いっていつかしら?」

桜「そうですね… あと、5分ぐらいですかね」


そう言うと、桜は食器を洗って、元自分の部屋へ向かった。

ドアを押し開けて、穴から下を覗く。


桜「倉持さん。 どんな具合ですか?」

倉持「…ぼちぼちかな…」

桜「良い天気ですよ? お出かけしませんか?」

倉持「…」

桜「…」

倉持「行く」

桜「何秒で支度できますか?」

倉持「…45秒」

桜「じゃあ、外で待ってますね」

倉持「すぐ行きます」


倉持はすぐに着替えて、財布と携帯電話をポケットに入れて部屋から出た。

リビングにいる紅葉達に軽く会釈をして、シェアハウスを出た。


由紀「…なんか…嬉しそうだったな」

宇美「ですね…」

由紀「本当にベストタイミングだとしたら…桜のやつやばいな」

宇美「でも、桜さんならいつ行ったとしても成功してたような気が…」

紅葉「フフフ、宇美ちゃんはまだ、若いわね」

宇美「そうですか? もう20ですよ」

紅葉「はぁ? まだ20でしょ?」

由紀(自分で年齢ネタ振っておいて理不尽な…)



倉持と桜は電車に乗って、しばらく進んだ。

駅から出てすぐの大型ディスカウントショップで、飲み物と食べ物を購入した。

そこからしばらく歩くと、小高い山へと続く道があった。


倉持「ここか… 久しぶりだな」

桜「いつぶりかしら… 3年ぐらいかな?」

倉持「そうだね」


倉持と桜は行き交う人々に挨拶をしながらゆっくりと山頂を目指していく。


桜「あ… ねえ、近道しない?」

倉持「近道? そんな道あるの?」

桜「そうそう。 普通は通らないんだけどね。 ちょっと面白いものがあるのよ」

倉持「へー… さすが地元民」


桜に連れられるまま、倉持は木が茂った道に入る。

整備はされていないが、石段のようなものがある。


倉持「もともとはここが正規ルートだったのかな?」

桜「多分ね… 私が小さいころはもう隠しルートみたいになってたから、相当昔だと思うわ」

倉持「へー」


しばらく進むと、急に桜が足を止めた。


桜「ここここ! この大きな石… 人の影みたいに黒くなってるでしょ?」

倉持「ああ、確かに… 言われてみれば」

桜「子どもの頃、これが怖くてぇ… なんかおばけみたいだったの」

倉持「だね… というか、子どもの頃は怖いものがあったんだ」

桜「どういうこと」


桜が倉持をじっと睨み付ける。


倉持「ごめんごめん… 言葉のあやで」

桜「…少しは… 落ち着いた?」

倉持「…」


倉持は頬をかきながら、眼を下に横に動かす。


倉持「たぶん」

桜「そう… じゃあ、頂上に行きましょう」


森はよりうっそうとする。

森を抜けると、丘がある。

丘からは街が良く見える。


倉持「いい天気だ…」

桜「…でしょ? さ、朝から何も食べてないでしょ。 お弁当食べましょう」


桜は丘の真ん中にある切り株にお弁当を広げた。


倉持「いただきます」


倉持はペットボトルのお茶をグイグイと身体に流し込む。

ウェットシートで手を拭くと、三角おにぎりのビニールをはがして、がぶりと一口頬張った。

桜はハムのサンドウィッチを食べる。

倉持は明太子、鮭、昆布、炒飯味と次々と平らげていく。

最後にお茶で流し込む。


倉持「ふー。 食べたぁ」


桜はゴミをビニール袋にまとめる。


倉持「あ」

桜「すぐに気を遣う… それはやめなさい」

倉持「…済まない」

桜「倉持さんは… 甘えなさすぎですよ。 女性は… 甘えられるのはやぶさかではないんです」

倉持「え…でも、人によりませんか?」

桜「もちろんです」

倉持「ですよね」

桜「倉持さんは、甘えてもOKな人だと思いますよ」

倉持「いやいや、もう結構な年ですよ?」

桜「はー」


桜はため息をつくと、倉持の背後に回った。

そのまま倉持の頭を掴んで、半ば強引に後ろに倒し、後頭部に膝をしいた。


倉持「ちょっ…」

桜「空を見てください…」

倉持「…」

桜「いい天気ですよ」

倉持「…ですね」

桜「雲が流れてます」

倉持「…ゆっくりですね」

桜「…」

倉持「…」

桜「…」

倉持「…」

倉持(あ… いい匂い…)


二人は空を見上げながら、うっとりと時間を過ごす。


桜「…」

倉持「…」

桜「…」


二人は無言で語る。


桜はここで説教めいた… 良い言葉を言うこともできた。

自分が力になるとか、悩みをため込まないでとか、皆味方だとか…

だが、それら一切は発した瞬間、陳腐なものになると思い、また倉持への新たなプレッシャーになると思い、外に出さなかった。

倉持もまた自身の胸の内を吐露することはしなかった。

甘えてよいと言われて、すんなり甘えられるほど、倉持は柔軟ではなかった。

また、一度甘えてしまえば、多大な迷惑をかけてしまうと思っていた。


それ故二人はただただ時間を共有するだけ をした。

倉持は桜の膝に頭をゆだねながら、懐かしい気持ちに包まれてしばし仮眠した。




―夕刻シェアハウスに帰る頃にはつきものが落ちたかのように、肩が軽くなっていた。

その日はゆっくりとお風呂に浸かることにした。


倉持は脱衣場に他の人の着替えがないか、入念に確認してから、大浴場の扉を開ける。

由紀がタオルを肩にかけた状態で、目の前に立っていた。


由紀の肉体をもろに見てしまう。


由紀「あら? 今日はないと思ったんだけど… まあいいや。 一緒に入るか?」

倉持「え…いや… それは… というかもしかして裸で大浴場まで来たんですか?」

由紀「だって、めんどくさいし」


倉持は由紀に促されるまま、ささっと身体を洗い湯船に浸かった。


倉持「のぼせませんか?」

由紀「のぼせたら、介抱してくれぇ」

倉持「まあ、できる範囲で」


由紀は桜との関係について、倉持に問い詰めたかった。

由紀は倉持の事情を全くと言っていいほど知らない。

また、その事情を追及するのは野暮だと思っている。

だが、倉持と桜の関係については、一度突き詰めたかった。

おせっかいという自覚はあったが、それでも何もせずにいられるほど、ドライな関係ではなかった。


由紀「あのな…」


由紀が倉持を問い詰めようとした瞬間。

ガラガラとドアが開き、紅葉と宇美が入ってきた。


紅葉「あー… やっぱり入ってたのね」

宇美(結局… 前は私だけちゃんと混浴できなかったし… チャンス?)


倉持「あ… 上がります…」

由紀「まあまあ、ゆっくりしなよ」


由紀が倉持の肩を掴み強引に押し戻す。

おっぱいがプルンと揺れる。


紅葉「そうね。 もういまさらだわ」


紅葉は身体に巻いていたタオルを外して、その華奢な肢体をさらした。

他方、宇美はなかなかタオルを外すことができず、隅の方でささっと身体を洗った。



倉持はなるべく、裸を見ないよう天井に目線を移した。

湯気の先の青い天井をぼーっと眺めた。

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