倉持は結ばれない
――パーティ会場のホテルの上階
倉持は無事にジョディの婚約者役を全うし、一息ついていた。
ジャケットをハンガーにかけ、ネクタイを緩めて、窓際の椅子に腰かけ、夜景を眺めていた。
ジョディ「お疲れトオル。 おかげでくどく人とかこなかったから、しっかりビジネスの話ができたわ」
倉持「それは良かった。 こちらこそ、おかげで有益な情報を得ることができたよ。 ありがとう」
ジョディ「どういたしまして… トオル、パーティで飲んでないでしょ? どーぞ」
ジョディはカクテルを窓際のテーブルに置く。
倉持「マンハッタン? 強めのお酒だね?」
ジョディ「トオル… 実はお酒強いでしょ? 付き合えるよね?」
倉持「まあ、一杯ぐらいなら」
倉持とジョディはグラスのふちを軽くつける。
同時にふちに唇をつける。
ジョディ「それで… どうするの?」
ジョディは倉持にカマをかける。
ジョディは知っていた。
倉持は自分をこれ以上頼ってはこないことを…
だからこそ、無礼を承知で、ジョディは特別室の横の部屋から、香月の話を聞いていた。
そのうえで、ジョディは勝負に出ることにした。
ジョディ「…自分ひとりで抱え込む気?」
倉持「…」
ジョディ「ここまで、付き合ったのよ? もう少し、私も関わりたいんだけど?」
倉持「すまないが… これ以上頼るわけにはいかないよ… 今日は本当にありがとう…けど、これ以上は私がどうにかしないことには…」
ジョディ「つれないわね…」
ジョディはグラスのチェリーを口に含む。
ティッシュに種を出し、しばし口をもごもごと動かす。
ジョディ「べぇ」
ジョディの血色の良い舌の上に、結ばれたチェリーのヘタが乗っている。
ヘタもティッシュに包む。
ジョディ「…ねえ… キスしない?」
ジョディは駆け引きが苦手である。
そもそも、これまで言い寄られることはあっても、自分から迫ることはなかった。
それゆえ、直球で勝負することにした。
ジョディ「ダメ?」
ジョディはパーティドレスの隙間から胸の谷間を覗かせながら、倉持に迫る。
倉持「…」
倉持はグラスのマンハッタンを飲み干すと、チェリーを口に含み、種をグラスに出す。
そして、口をもごもごさせる。 さらにもごもごさせる。 グラスにはボロボロのヘタが出される。
倉持「ごめん… できない…」
ジョディ「不器用ね…」
倉持「…ごめん」
ジョディ「分かったわ… 無理に迫るのは私らしくないし… その代わり… ちょっと話に付き合ってよ」
倉持「…ああ、その前に、おかわりいいかな?」
ジョディ「同じもので良い?」
倉持「ああ」
ジョディ「私ね… 初めてなんだよね… 人を好きになったの… 助けてもらったことがきっかけだったけど… そのうちどんどん気になっちゃって… 今じゃ毎日、楽しいんだ…」
倉持「成り行きだよ… そんなにすごいこ…」
ジョディは倉持の発言をさえぎるように、そっと倉持の口の前に人差し指を添える。
ジョディ「成り行きなんて言わないで… 私は運命だって思ってるから」
倉持「…」
ジョディ「あの時トオルが、私を助けてくれなかったら、今頃、こうすることもできなかった…恋をすることなく… 死んでたと思う…」
倉持「…」
ジョディ「だからね… 私… 恋をして死ねるなら… それでもいいって思ってる」
倉持「そんな… 死ぬなんて言うなよ…」
ジョディ「じゃあ、言わずに死ぬの? トオルは言わずに… 一人で抱え込んで死ぬの?」
倉持「…聞いてたのか?」
ジョディ「…だって、話さないでしょ?」
倉持「聞いていたのなら… なおさらだよ… できない」
コールが鳴る。
ジョディが応対する。
マンハッタンが届く。
ジョディがドアから戻ってくる。
その途中、ベッドの角にジョディがつまづいてしまう。
よろけるジョディ、受け止めようと、椅子から飛びあがる倉持。
倉持は右腕でジョディを支え、左腕でカクテルを受け止める。
カクテルは一滴もこぼれることなかった。
ジョディは倉持の右腕をぎゅっと包む。
胸の感触が倉持の右腕を支配する。
倉持「ジョディ… 離してくれないかな?」
ジョディ「やだ… 離したら、トオル… 逃げちゃう」
倉持「…分かった… せめてカクテルを置かせてくれ」
ジョディは倉持をグイグイと窓際に押す。
倉持はグラスをテーブルに置く。
ジョディは、その瞬間、倉持をベッドに向かって投げ飛ばす。
倉持はベッドに仰向けになる。
ジョディはその上にまたがり、手を倉持の耳の横につく。
ジョディ「トオル…」
倉持「…」
倉持はジョディの頭に右手を添える。
そのまま自分の胸にジョディの頭を抱く。
倉持「すまない… これが…精一杯…です」
倉持はそのまま、ジョディの頭から、髪の先に向けて指を沿わす。
ジョディ「ずるいよ…」
倉持「…利用するだけ利用して… 突き放すような真似をして…すまない でも…私のせいで君を不幸にはできない」
ジョディ「…むすばれるなら… 不幸なめにあっても、不幸じゃないよ」
ジョディは倉持の胸に手を当てて、上体を起こして、立ち上がる。
酔いが回ったのか、ジョディは後ろによろける。
倉持は手を取り、引き寄せる。
そのとき、ジョディのドレスは勢いよくすぽんと抜けて飛んで行ってしまう。
さらに、これまでジョディの胸を抑えていた下着が、衝動に耐えられずはちきれてしまう。
ジョディのチェリーが倉持の口に入り込む。
倉持は反射的に、口に含んだものを吸ってしまう。
ジョディ「アア… ン… もう…」
倉持は抜け出そうとするが、ジョディにロックされる。
ジョディ「キスはしないくせに… サックは上手なのね」
倉持はしばらく口に含む。
ジョディはまるで頑固な赤子をあやすように、倉持を抱きしめる。
ジョディ「分かった… 無理なことはしない… けど、できる事はこれまで通りさせて」
倉持「…」
ジョディ「お願い」
倉持「ふぁふぁっふぁ」
ジョディはその言葉を聞いて、やっと倉持を離す。
倉持はジョディの下着と服を持ってきて、差し出す。
ジョディ「かけておいて… 寝るときは身に着けないの?」
倉持「…シャネルの五番?」
ジョディ「ジミーチュー よ」
倉持「いい香りだね」
ジョディ「もっとちかくで嗅いでみる?」
ジョディが髪をかき上げて耳元を見せる。
倉持「勘弁してくれ… 私も…けっこうギリギリなんだよ?」
倉持はお代わりのマンハッタンを一気に飲み干し、チェリーを頬張り、種を吐き出す。
舌をさらっと動かし、グラスにヘタを出す。
ヘタは綺麗に固く結ばれていた。
ジョディ「Ok… suck kiss up… でも、あきらめないわよ」
倉持は眉間にしわを寄せながらも、上がろうとする口角を制御することはできなかった。