倉持と危険な夜(後編)
数本のベクトルが球に向かう。
およそ2時間で、全ての問題の解説が終わった。
さしもの倉持も、少々疲れていた。
三奈「クラさんありがとー。 これで空間ベクトルバッチリだよ」
倉持「それは良かった。 基本もできてるし、公式も覚えられてるから、後は図を書いて整理すれば大抵大丈夫だと思うよ」
三奈「へへ、ありがと」
三奈(あれーーー。 普通に問題解説だけで終わっちゃった…)
三奈はきちんと解説を聞きながらも、要所要所で倉持に胸を当てたり、机に胸を乗せたり、パタパタと胸元をはためかせてパイチラをしたりしていた。
しかし、暖簾に腕押し、糠に釘、倉持に効いている様子はなかった。
三奈(…私やっぱり、眼中にないのかな…)
倉持「さて、じゃあ、だいぶ遅くなったし、帰るね。 また難しい問題があれば言ってね。 出来る問題なら協力するから」
倉持はこっそり500円を置く。
三奈「う、うん。 ありがとう」
三奈は名残惜しみながらも、倉持を玄関まで見送る。
靴を履く倉持の背中をただただ見つめる。
ドアから出る瞬間、倉持はもう一度向き直り、別れの挨拶をして、外に出る。
三奈は手を振って見送る。
ドアがパタンとしまる。
その音が廊下に響く。
突如外から音がする。
ザ―――――
ビュオ―――――
ガガシャー と
ものすごい勢いで雨が落ちる音、風の音、雷鳴。
三奈がドアを開けると、門の先に、びしょびしょの倉持の姿があった。
倉持がフラフラと戻ってくる。
恥ずかし気にうつむきながら、倉持が三奈の家の前に来る。
倉持「申し訳ない… 電車も停まってしまったみたいで… 少し休ませてもらえませんか」
三奈「いいよ!」
三奈は気の毒そうな表情を必死に作りながらも、内心は狂喜乱舞していた。
三奈「クラさん。 ヤバいですよ。 お風呂どーぞ」
倉持「い、いや、それは悪いですよ。 少し軒先で休めば…」
三奈「ダメダメ、風邪ひいちゃうよ。 ささ、入って入って」
三奈はこの千載一遇のチャンスを逃すまいと、倉持をとにかく家の中に押し込み、半ば強引にお風呂に入れた。
三奈(キター。 クラさんには悪いけど… これはチャンス。 もう一度アタックできるチャンスだわ。 さっきは何もできなかったけど、今度こそ… と、その前に着替えと、バスタオル…)
三奈は父親の服と、バスタオルを持ってお風呂場に行く。
積極的に…とはいっても、一緒にお風呂に入るというところまではできない三奈である。
一瞬よぎるが、さすがにそれは早い、と却下していた。
三奈(あれ? 電気ついてない… シャワーの音もしていない… もう出ちゃったのかな? カラスの行水なのね)
三奈は真っ暗な浴室を見つめる。
三奈(お手洗いにでも行ってるのかな… じゃあ、私も入っておこうかな…)
三奈はパーカーのチャックを降ろす。
胸が露わになる。
三奈(うー。 さすがに直は… こすれてちょっと痛かったなぁ)
その後ホットパンツを降ろす。
浴室のドアを開ける。
そこでは、倉持が糸のようにちょろちょろとシャワーを流しながら、身体を温めていた。
倉持「あ…」
倉持が振り返ると、三奈が何も身に着けず、浴室の入り口で固まっていた。
三奈の眼から、涙がこぼれる。
倉持「…」
三奈「…背中…」
倉持「大丈夫… 痛くないから…」
三奈が小学生の頃、一度階段から落ちたことがある。
その時、家庭教師に来ていた倉持が下敷きになり、無傷で済んだ。
階段の下で、倉持の顔に下着を押し付けてしまった程度で済んだ。
三奈はその時、倉持が死んでしまうと思い、号泣した。
その時に、倉持は三奈に傷の一部を見せて「大丈夫。 私は頑丈だから、これぐらいじゃ死なないよ。 この傷に比べれば、大したことない。 だから安心して」と三奈を慰めた。
三奈「傷…だらけじゃん…」
倉持「それだけ、助かってるってことだよ」
三奈「痛くない?」
倉持「…痛くないよ」
三奈「…」
三奈はおもむろに体にボディソープをプシュプシュとかけて、泡立てる。
そのまま、胸を倉持の背中に押し当てて、プニフニと泡を塗りたくる。
倉持「み、三奈さん… 何を」
三奈「洗う。 背中洗う…」
倉持は身動きが取れない。
倉持「せ、せめて、ボディタオルで…」
三奈「そんな固いのじゃ痛いよ…」
三奈は胸で倉持の背中を優しく包んでいく。
一つ一つの傷を癒すように。
横に横に、縦に縦に、ぐるんぐるんと背中をなぞる。
三奈「ま… 前も」
倉持「さすがに、勘弁してくれ…」
三奈がシャワーで泡を流すと、依然として、そこには傷があった。
三奈は肩甲骨の間にある傷の一本をなぞる。
三奈「痛い?」
倉持「今は…もう大丈夫」
三奈「クラさん… いつか死んじゃうよ?」
倉持「…かもね」
三奈は倉持に全身を押し当てる。
倉持「…大丈夫…大丈夫だから」
三奈「…私…子どもだから… 何もできない… 何も…」
倉持「そんなことないよ… 私は三奈さんのおかげで、助かってるよ」
倉持はみぞおち当たりにある三奈の手に、そっと、手を添える。
倉持「学生時代の私を必要としてくれた… 今も通勤中、声をかけてくれるお陰で、今日も頑張ろうと思える…… それが私には…とても嬉しいし…救われてるよ」
三奈は真っ赤に染まった顔を伏せながら、全身の泡を排水口に流していく。
ふと、倉持が下半身に巻いているバスタオルに目が行く。
タオルが倉持の臀部にぴたりと張り付いており、前方に引っ張られているようである。
三奈は一層赤面し、先に浴場から出ることにした。
三奈「わ、私、あとで入りなおすね。 風邪ひくといけないから、ちゃんと温まって出てね。 バスタオルと着替え置いてるから…あと、明かりも着けてね。 じゃ、じゃあ」
三奈は勢いよくドアを閉める。
そのまま、へたり込んでしまう。
三奈(なんて…大胆な…こと… それに…クラさん… あれって、たってるよね…ああ、見ればよかった… でも、でも…コワいし… 友達は彼氏としてるっていうけど…あれを…)
三奈はまだ、水気を取っていない自分の秘部に眼を降ろす。
胸で見えないので、指を使って、その部分をまさぐる。
濡れた亀裂の横に指をあて、指を少し開く。
三奈(こ… ここに…)
三奈はいまさらながら、自分の行動に驚いていた。
水気を拭き取り、パーカーを羽織る。
下着をつけてからホットパンツをはく。
ドライヤーで少し濡れた髪を乾かす。
ほんの数分で三奈の情緒は外の嵐のように乱れていた。
台所に行き、瞬間湯沸かし器のスイッチを入れる。
ぐちゃぐちゃの思考がまとまる前に、お湯が沸く。
マグカップに、ドリップタイプのコーヒーのパックを破らないように丁寧に広げる。
風呂場のドアが開く音が聞こえる。
その音を合図に、お湯を注ぐ。
まずは、1分ほど湿らす。
そして、溢れ出ないように、少しずつお湯を加えていく。
三奈(やっぱり… 無茶はダメだわ… クラさんの傷を増やすだけ… でも… もうちょっとだけわがまま言うぐらいは良いわよね… だって、私… 子どもだもの…)
お風呂から上がった倉持に三奈はコーヒーを振舞う。
三奈「じゃあ、私入りなおすからね。 コーヒーどうぞ」
倉持「ああ、ありがとう。 さっきは…ごめんよ」
三奈「大丈夫だよ」
三奈はまず、部屋に戻り、手持ちの中でも一番可愛らしい下着を取り出す。
さらに、もこもことファンシーなパジャマを用意する。
三奈は脱衣所へ着くと、パーカーを脱ぐ、下着とホットパンツをまとめて降ろす。
ささっと、シャワーを済ませると、下着で下半身を包み、パジャマを着る。
台所では、まだ倉持がコーヒーを飲んでいた。
倉持「どうも、ごちそうさま… 雨少し、弱まったから、ぼちぼち帰るね」
三奈はこの日最後の勝負に出る。
パジャマの袖に手を隠し、もじもじと体をよじらせながら、可能な限り甘えるような声で囁く。
三奈「…三奈ね… カミナリコワいの… パパもママもまだ帰ってこないから… 一緒に寝てほしいの」
倉持「…え… いや…さすがにそれは…」
三奈テーブル越しに、ずずいと倉持に顔を近づける。
三奈「おねがい」
三奈は倉持を部屋に連れ込む。
倉持は…ならばと、眼を隠し、口にマスクを当て、手足を縛り、ベッドの真横に敷いた布団に身を置いた。さらに、自分にスマホを向けて、録画を始めた。
三奈「何も…そこまでしなくても…」
倉持「いえ…これでもまだ、足りないぐらいです」
三奈「はは…」
三奈は聞こえるかどうか分からないぐらいの声でつぶやく「こっちはいつでも同意なのになぁ」と。
三奈はベッドの上から、倉持を眺める。
倉持の鼻をちょんとつまむ。
倉持「な…なに… なんですか? 何かが」
三奈「ごめんごめん… 布団がずり落ちちゃった…」
三奈は…倉持の背中にある多くの傷に死を意識した。
そう遠くない未来に別れを予感した。
しかし、だからこそ、無理なことはやめようと思った。
無理に迫って、倉持を傷つけるよりも、少しだけ、近くにいられれば良いと思った。
三奈(とりあえずは、近くの一人になれればいい。 だから今日はこれでいいや… あ…でも… もう一回ぐらいなら…)
三奈「クラさん…手握っていい?」
倉持「いいよ」
倉持は身体の前で縛った手を差し出した。
三奈はその手をぎゅっと握りしめた。
倉持は両手で包み込むように握り返した。




