倉持はその実、無関心
スマホで翌日の予定を確認すると、ジョディは浴槽へ向かった。
ルームウェアを脱ぎ、ブラジャーのホックを外し、ショーツを下す。
シャワーで軽く身体を洗い流してから、湯をはった浴槽に浸かる。
ジョディ「…」
ジョディの胸中は複雑であった。
青野を巻き込んでしまった後悔にさいなまれていた。
ジョディ(青野さん… あの賢さと行動力を見込んで引き込んでしまった… 結果として、私ひとりじゃ抱えきれない気持ちを… あの子に背負わせてしまった… もしも、あの時あの子に声をかけなければ…)
ジョディには…2つの後悔があった。
ジョディ(あの子は今でも… ただただ、可愛いだけの後輩だったかもしれない… あの子も苦しい思いをすることなく… ただただ、トオルに憧れるだけの存在だったかもしれない… その方がきっと幸せだったに違いない…)
ジョディ(でも… ごめんなさい青野さん。 私は、今あなたへの心配よりも… あなたへのジェラシーが… 止まらない… 本当にひどいね… 自分でまきこんでおいて… 背負わせておいて… それで、ジェラシーって…)
ジョディボディソープを手に取って、浴槽で泡立てて全身にまとわせていく。
ジョディ(私と青野さん… どこか似ている。 生まれも境遇も… なのに… あなたは… どうして… 愛される確証なしに愛することができたの… 私にはできない… 愛される確証も保証もなしに… 愛することなんてできない… いえ、私だけじゃない… 私が見た限りでも…白銀さんや桜さん…パーティで知り合った霞さんなんかは… きっと私と同じ…)
ジョディ(トオルの事情を知って… トオルに拒絶されて… だから、適度な距離でいることにした… 離れるまでは、なるべく近くにいて… 誰のものにもならないトオルと、ただ時を共有できれば… それでいいと思って…)
ジョディ(それに… 私をはじめ… たくさんの人がトオルのために動いている… けど、それは… そのほとんどは… 自己満足のため… みんな… 諦めかけている… 呪いなんてものを本気でどうこうはできないこと… うすうす気づいている… 分かるよ… だって、私もそうだし… でも、何かはしたい… しているときだけ… あの人を想っていられるしあの人のために何かできているって想いに浸ることができる… ダメだったときに… 『あれだけしたのに…だめだった』と思えるように… あの人との思い出が美談になるように皆頑張っている…)
ジョディ(でも… 青野さんは… あの子だけは… あの子だけは違った)
ジョディ(以前…青野さんの計画を聞いたとき… 私は… あの子に… 狂おしいほど嫉妬した)
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いつかジョディは青野と話をした。
ジョディ「青野さん。 でも、そんなことして… そんな無理に迫るようなことをして… あなたは… あなたは怖くないの? あの人に嫌われることが… あの人に拒絶されることが…」
青野「ジョディさん。 『嫌われる』という表現はとてもポジティブな表現なんですよ?」
ジョディ「?」
青野「少なくとも… 今は『好かれている』もしくは『無関心ではない』状態だと思っているから出てくるんですよ… 『嫌われたくない』という感情は… 最初から『嫌われている』状態がデフォの人や『無関心に慣れた』状態の人には関係ない考えです。 私は嫌われるのも無関心にも慣れていますから…大丈夫です」
ジョディ「で、でも… トオルはきっと無関心とか嫌うとかはないわ」
青野「全有は全無と同じです… 全部を…全員を好きなのは… 誰も愛していない…つまり『無関心』と一緒ですよ? あの人は…それを自覚していないんです。 あの人… 多分… 本質的には『無関心』なんですよ。 どこかで、もうあきらめているんです… 自分の命も… あの人の人助けは… 消えゆく命の消費どころを探しているだけです…」
ジョディ「…そもそも誘っておいてなんだけど… あなたにあの人の何が分かるのかしら」
青野「ははは… 何も分かりませんよ? 全部憶測です。 でも、憶測をするときには… 最悪を考えないといけません…」
ジョディ「…」
青野「私の仕事は… あの人の関心を呼び覚ますことです… それでもって…
自分の命に本当に向き合ってもらって… 周囲の気持ちに気付いてもらって… そして、皆を味方につけてもらって… 悲劇を乗り越えてもらう…」
ジョディ「…」
青野「そのためなら… 私はどんな手段でも使います… というよりも… 私そのものが手段になります」
ジョディ「乗り越えた先に… 自分はいなくてもいいの?」
青野「だから、私が適任なんですよ? ジョディさんは耐えられますか? 桜さんは? 白銀さんは? 無理ですよ? 嫌われることを恐れる人に… その役目はできません。 幸い、私は倉持さんとの思い出も少ないですし、思い入れも多くないです。 別れても、はい、さよなら… じゃあ、私は次の恋を見つけます… って、切り替えることはできます」
ジョディ「…分かった。 でも、つらくなったら言うのよ」
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ジョディ(青野さんは… トオルを諦めていない… トオルの可能性を… トオルの中にある力を… 信じていたんだ… だからこそ、今トオルの気持ちを掴むことができている…)
ジョディ(青野さん。 私はあなたが…羨ましい… もう少し私に勇気があれば… トオルに愛されていたのは… 私だったかもしれないのに…)
ジョディ(醜い心ね… 私には今こんなに醜い感情がある… でも、青野さん。 あなたをフォローしたいって気持ちも本当なの… だから、だから… 私は明日、トオルに告げる… 本気の気持ちと、訣別を)
ジョディは浴槽から出ると泡を洗い流し、浴槽の栓を抜いた。
流れる泡とお湯を見つめる。