倉持は救いたい(後編)
桃井「というわけで、皆さんお願いします」
桃井「まあ、私としては、売れそうな新商品を作る⇒それをバズらせるって考えです」
桃井「一応、新商品案がありますので、資料をどうぞ… 二部しかないですが…」
倉持たちは資料に目を通す。
机の二か所に資料を置いて6人で共有する。
倉持はじっと資料に目を落とす。
倉持(しらす丼か… 美味しそうだが、バズるかは分からないな…それに鮮度が…そもそもどういうターゲット層なんだろうか…)
赤井(とろろか…いいけどインパクトが… 卵黄を乗せて、月見っぽくするのは良い手段だけど、もはや定番よね)
黒田(松茸そのまま丼… インパクトはあるけど… バズるかしら… それに値段がアホだわ…)
緑谷(アワビ… 美味しそう…けど、お弁当で食べるものかな… うーん…値段も高いし…)
青野「どれも美味しそー」
倉持「…」
赤井「…」
黒田「…」
緑谷「…」
倉持赤井黒田緑谷(ダメだ… 下ネタが思考の邪魔をする)
青野「って、松茸っておチ○チンみたいですね。 倉持さんのもこれぐらいありましたよ」
桃井「は?」
桃井は殺気を放った。
しかし、青野だけは気が付かない。
桃井「青野さん… ちょっと…いいですか… あ、皆さんはお気になさらず…」
青野「なんですかあー」
桃井に連れられて、青野はトコトコとキッチンへ行く。
桃井が先に戻ってきた。
桃井「天然巨乳娘の女体盛りはどうかしら」
倉持の脳何では、ばっちりイメージが再生されてしまった。
豊満な青野の胸にたっぷりかけられたとろろ、その上にマグロのお刺身…お腹には、タイやブリ、サーモンのお刺身。下腹部にはワカメに乗ったいくら、その下のアワビ…
倉持(まてまて…鎮まれ… そんな妄想NGだ)
妄想ではなかった。
倉持が目を開けると、目の前に、まさに先ほどのイメージ通りの青野がテーブルに乗せられていた。
青野「倉持さん… 桃井さんが、これ売れそうだって… 恥ずかしいですけど… どうですか?」
倉持「いやいやいや… どうって…ど…」
桃井「どうぞ、お箸とお皿です」
倉持「ああ、ワサビもありますか?」
赤井「はい」
倉持「ありがとう」
倉持「って、みんなもう食べてるんですね」
桃井「大丈夫です。 直ではなく、ラップを挟んでいます」
倉持(そうかぁ… じゃあ、安心だぁ)
黒田「倉持、マグロ好きだよね。 まだあるよ」
倉持の家はしつけに厳しかった。
特に箸の持ち方を始めとした食事の作法には厳しかった。
それゆえに倉持の箸の持ち方は極めて美しい。
正しい箸の持ち方の場合、すくうという動作が綺麗にできるという特徴がある。
倉持は迷わず、まっすぐにマグロに手を伸ばす。
下のとろろごと、すくいあげるように。
青野「…あああん…」
倉持は青野の乳首ごとすくい上げてしまった。
青野は箸で乳首をつままれて反応する。
しかし、食材は落とすまいと、バランスは保っている。
青野「倉持さぁん…それは…すくっちゃだめですぅ」
倉持「す…すまない…」
ところで、倉持は食費をかなり切り詰めている。
お昼にこのお弁当屋を利用するのも、このお弁当屋が近くで一番安く…かつ14時を過ぎると半額になるからである。
シェアハウスでは、夕食代をあらかじめ入れているので、心配はないが、そこまで豪華なものが並ぶことは多くない。
それゆえ、今、倉持は飢えていた。
お刺身…好物である。 いくら…好物である。 あわび…大好物である。
今倉持は幸福であった。
倉持は、気を取り直して、とろろとマグロをすくい上げて、しょうゆ皿に、ちょん、と、つける。
それをゆっくり口に運ぶ。
マグロの赤身は白のじゅうたんに乗って、倉持の口内に飛び込む。
倉持の口内で、白いじゅうたんは雲散霧消し、そのとろみと甘味が口いっぱいに広がる。
倉持はまず、右の歯で赤身を噛む。
噛んだ瞬間、マグロの繊維は絹のようにほどかれる。
次に左の歯で噛む。
左右にマグロのうまみと醤油と甘味がいきわたる。
次に、前歯で擦る。
擦れば擦るほどマグロの繊維はほどかれていき、真っ赤な美しい数万の筋となる。
その筋は白の繊維と口内で一体になり、新たな紋様を織りなす。
まるで日本国旗がチュニジアの国旗になるかのような変化が口内で繰り広げられる。
恍惚の表情を浮かべる倉持。
それを見た女性陣は、自然と倉持に譲るのである。
しかし、ただ黙って譲るわけではない。
桃井「倉持さん。 どうぞー あーん」
倉持「ん」
桃井はイトヒキイワシのお刺身をあーんする。
緑谷「…く…倉持さん」
緑谷はブリを入れる。
黒田「はい。 倉持」
黒田はアナゴをゆっくり運ぶ。
赤井「これ… 好きでしょ?」
赤井は真鯛を運ぶ。
倉持「うまい。 うまい。 うまい」
青野「ずるいです! 私も、倉持さんを餌付けしたいです」
青野「何か、普段と違って小動物みたいでカワイイですもん」
青野は上半身を持ち上げる。
刺身は腹部にたまり、一つも落ちていないので、大丈夫。
青野は倉持の真正面に座る。
青野「いくら… 私のわかめといくらをどうぞ」
倉持「粒が… うまい。 わかめも新鮮でシャキシャキしている」
青野「でしょー」
青野「じゃあ、アワビもどうぞー」
倉持「…待ってください」
倉持「ポン酢はありますか?」
倉持の頬にピトッと、ビンの感触が伝わる。
桃井「お待ち。 常温のポン酢だよ」
倉持「ありがとうございます」
倉持は、青野のアワビに、ポン酢をトポトポとかける。
新鮮なアワビは、ポン酢の感触に反応してか、うねうねとヒダを動かす。
倉持は、可能な限り鮮度の良い状態で食すため…
それが食事の作法的にNGだとは知りながらも、青野のアワビにぐっと、自分の顔を近づける。
ほのかに潮のかほりがする。
懐かしき、香りである。
倉持はゆっくりとアワビに口をつける。
ハムハムとアワビをゆっくり口内に入れていく。
食べるというよりも吸うと言った方が適切であろう。
倉持(海! 海だ!)
はるかな昔、命は海で生まれた。
海は命の源である。
倉持はアワビを食することで、母なる海を感じ、自分のルーツを思い起こした。
倉持(ああ、母よ…命の生まれた場所…)
倉持「このコリコリとした食感… 口中に広がる甘味… とろける…」
感動のあまり、倉持の手は、倉持の意思に従わず、おかわりを求めてしまう。
青野「ああん。 あ… そこわぁ… わたしのぉ…てんねんの…あわび…です」
倉持は我に返った。
目の前には、ラップが全身にベトッと張り付き、その肢体が完全にあらわになった青野がいた。
倉持「す…すまない…」
その時、倉持の脳裏に雷鳴が走った。
倉持は青野の足の間に5000円を置き、ホワイトボードに向かう。
勢いよく倉持はペンを走らせる。
赤井「…なるほど」
黒田「確かに…」
桃井「あ…」
桃井の頬を涙が流れる。
自分の奥底に渦巻いていた悩み…
それを倉持がさっとすくい上げてくれたことが、桃井にはうれしい事であった。
翌日、お弁当屋には行列とまではいかないものの、そこそこの列ができていた。
桃井と母親が一緒になって売り子をしている。
赤井「そうか…そもそもはバズるも新商品もどうでも良かったのね」
倉持「ああ、桃井さんが悩んでいたのは、経営者である母親と自分とに意識の差があったこと…」
倉持「昨日の会議の場に母親がいなかったので…自分ひとりで何とかしないといけないって、気持ちが先行しすぎたのかな…と」
黒田「桃井さんが本当にしたかったことは、母親と仲良くすることだったのね」
倉持「だから、二人で作って、二人で売る。 それで解決していくと思います」
倉持「新商品も、桃井さんならそのうちいいものを作りますよ」
桃井が倉持たちに気付く。
桃井が笑顔を向ける。
手を振る倉持たち。
その横で青野が新商品の『卵黄とろろシラス丼』をほおばっている。
青野「もぐもぐ… これで一件落着商売繁盛間違いなしですね」
倉持(…狙っているのか… 天然なのか?)