無際限度に続く あお
倉持「青野さん… 青野さん」
青野(倉持さん… やば… 本気で寝てた… しかも変なこといっぱい思い出しちゃった…)
青野「はい」
青野がテントから顔を出す。
倉持は手を伸ばして青野をテントから連れ出す。
倉持「ほら…」
月明りに照らされた倉持の顔
その横から伸びる指は真っ直ぐに天を示していた
首を傾け天を仰ぐ
それは
数十億年を超えて届くまたたき
何百億光年遠くから紡がれるメッセージ
千言万語を尽くしても、語りつくせぬ物語
億兆の光が渦巻いて、たゆまなく流れる銀の河
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ああ… 綺麗… 綺麗だなぁ
星は綺麗だなぁ…
どこまでも綺麗…
綺麗で… 美しい
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青野「これですか? 見せたかったものって…」
倉持「…はい」
青野「…ふふっっ。 まるでトレンディドラマですね」
倉持「…センスないですかね」
青野「私は好きですよ」
倉持「なら、いいです」
青野「…」
倉持「…」
青野「あのー… うんちくとか言わないんですか? あれは何々って星座とか、あの星は何等星とか… それで、ギリシャ神話を語るとか… しないんですか?」
倉持「ああ… 私はあまり、自然物の名前を覚えたり、知識を身に着けたりしたくないんですよ」
青野「ほう… 意外ですね」
倉持「下手に知識を身に着けると… 知識で物を見てしまうんですよね… 名前のあるものばかり見てしまうんです… でも、私は目に映るありのままを… 全部を見たいんです。 そのままの美しさを見たいんです。 名前のある星も… 名前の無い星も… 全て… 私は大事にしたいんです」
青野「…ロマンチストなんだ?」
青野は眉を寄せ、眼をアシンメトリーにして、片方の口角を上げて、からかうように言った。
倉持「そうですか?」
青野「皆…大切なんですね…」
倉持「…はい」
青野は倉持に聞こえないようにぽつりとつぶやく。
青野「よかった…」
倉持「でも…」
青野「?」
倉持「全部同じじゃないんです… 特別は…あります」
青野(…あ、これは… このながれは… マズイ…かも)
倉持はバッグをごそごそとする。
そして、青野の前に手を差し出す。
倉持「…これ、良かったら」
倉持は紙袋を差し出した。
青野はそれをゆっくりと受け取る。
中にはピンク色のシュシュが入っていた。
青野「ありがとう… ございます…」
倉持「誕生日プレゼントの… つもりです… 気に入ってもらえるか… 分かりませんが…」
青野「…嬉しいです。 でも、今日は髪くくってませんので、とりあえず腕に着けますね」
青野(ああ… ダメだ… 頬が緩む… 決意が揺らぐ… でも… でも…)
青野「~~~~」
倉持「ん?」
青野「なんでもないです… ところで、倉持さん… どうして私の誕生日を知っているんですか?」
倉持「え… いや、それは… その… 前言いませんでしたか?」
青野「ダウト!」
倉持「う…」
青野「私は今日という日まで… 一言も自分の誕生日を言っていません… 言うはずありません… 私…そもそも誕生日好きじゃなかったですから… 知っているのは赤井さんか藤壺さんぐらいです… 会社の書類には書いていますからね…」
倉持「うう…」
青野「あれあれー? どういうことでしょうか… これってぇ… 個人情報流出ってやつですかね? まっさかー… あの倉持さんがそんなことするなんてー ショックですぅ…」
倉持「す… すみません… 聞きました…」
風が吹く。
木々が揺れる。
青野「それじゃあ… 流出ついでに… ………私の名前… 言ってくれますか?」
倉持「~~~~」ぼそぼそ
青野「聞こえませんね。 もっと大きく伝えてください」
倉持「青野… …ハルさん」
青野「名前だけ… で、呼んでくれませんか?」
倉持「…ハル」
青野「…」
青野は倉持に背を向ける。
青野「まあ、正直その名前も… 好きじゃないんですよね… なんかおばあちゃんっぽい気がしますし… 誕生日は秋なのに何でハルなのって言われるし… 青春とかからかわれるし… 『春はあけぼの』のときには…何人かの女子ににやにやされるし… けど…」
青野(ああ… ダメ… コレ以上抑えきれない…)
青野「倉持さんに言ってもらえるなら… ちょっと…好きになれる気がします」
倉持「…それは… それなら… 良かったです… あ…」
倉持の視線が青野の頭から、空に移る。
青野も背を向けたまま… 空を見る。
星が流れる。
倉持と青野は眼だけで、星を追う。
青野「…星はすばる」
倉持「夜這い星」
青野「…それは… そこまでは言ってほしくなかったです…」
倉持「でも… そうでしょう」
青野「確かに… 知識っていらないかもですね… ふふふ… 台無しです」
倉持「まあ、星ってそういう意味合いでね… 使われることもありますから…ね」
青野「あの… この雰囲気で下ネタいうのは… やめてくださいよ?」
倉持「言いませんよ。 白銀さんじゃあるまいし…」
青野「…ホンット …あれですね。 倉持さんって、デリカシーないですね… 普通こういう場所で、女性と2人きりの時に、他の女性の名前は出しませんよ?」
倉持「ご…ごめん」
青野「はあー… どうして、こう… こういうところだけポンコツなんでしょう…」
青野(危なかった… 流れ星のおかげで、何とか… 何とか耐えられた…)
倉持「…」
青野「…」
倉持「ハルさん」
青野「は…はひぃっ… きゅ、急に名前で呼ばないでくださいよ」
倉持「後ろ髪を持ち上げて… うなじを見せてくれませんか?」
青野「…はぁ?」
倉持「髪を上げてうなじを見せてください」
青野「いや… 聞こえてますよ? 聞こえた上で神経を疑っただけです」
倉持「お願いします」
青野「はあ… 脈略もなく… ヘンタイは止めてくださいよ」
青野は倉持に背中を向けたまま、しぶしぶ後ろ髪を持ち上げた。
青野(……あ)
倉持の腕が、青野の首筋の側を通った。
冷え始めた頬に一瞬倉持の手の甲のぬくもりが伝う。
眼下に星よりもまばゆい光がうつりこむ。
胸元にわずかな重みが加わる。
首の後ろで、倉持の指がもぞもぞと動くのが分かった。
青野(ネックレス? 短めのチェーン… この長さって…)
青野「これ…ん? え? サ、サファイア?」
倉持「…いや。 あの… 付き合ってもない人から… ジュエリーとか… キモいかもですし、嫌かもですけど… あの… いや… 最初は、誕生石のブルートパーズとかにしようと思ったんです… けど、色々見てたら… それが一番… 似合いそうだなって… 思って…」
青野「で、でも… 装飾もですけど… ブルーサファイアって… 結構高いんじゃ?」
倉持「…けど、それを… どうしても渡したかったんです」
青野「月の装飾にサファイア… はあー… さっきからため息が止まりませんよ? こんなもの…プレゼントして… 本当に… 倉持さんの奥さんになる人は大変だぁ」
倉持「…」
青野「でも… ありがとうございます。 無くしたり… 汚したりするのは嫌なので… しばらくは大事にしまっておきます… いざという時… つけますね」
倉持「はい」
青野「生活に困ったら質屋に持って行きます」
倉持「構いません」
青野「あ、あと… これで倉持さんの昼食がもやしになるのは申し訳ないので… か、代わりに… お、お弁当… 作ってあげます」
倉持「いいんですか?」
青野「ええ… 料理の自信はありませんけど…」
倉持「有り難いです」
青野「あと… あと… あの… あ… しゃ、写真… 写真撮りませんか?」
倉持「写真… ですか」
青野「せっかくの星空ですから… 写真…撮りませんか?」
倉持「…はい」
青野は背を向けたまま倉持に近づく。
倉持は青野の肩を受け止める。
青野はごそごそと携帯電話を取り出して、夜空をバックに、倉持との写真を撮った。
青野「撮れた… 倉持さんアヒル口みたい… なんですか? 可愛さ狙いですか?」
倉持「あの… わ、私もいいですか?」
青野「ええ… いいですよ。 なんか珍しいですね… 倉持さん写真あまり撮らないですよね?」
倉持「まあ、そうですね。 一緒に取ったり、送ってもらったりした写真は残しますけど… 自分から積極的に残すことはしないですね…」
青野「…」
倉持「…」
青野「…残しましょうよ。 たくさん」
倉持と青野は再び夜空を背景に写真を撮った。
青野「どうですか? うまく撮れましたか? 送ってくださいよー」
倉持「…いつか。 送りますよ」
青野「どうしてですか? もしかして私変な顔してました?」
倉持「そんなことないですよ… でも、しばらくは… 独り占めしたいんですよ」
青野「……… わ、分かりました。 じゃあ、いつか送ってくださいよ」
倉持「容量が多いかもなので、メールで送りますよ」
青野「メールですか… いいですけど、私めったにメール見ないので… 送ったら送ったって…言ってくださいよ」
倉持「ええ… いつか」
倉持と青野は並んで星を見上げる。
倉持はそっと、青野の手を握る。
青野はぎゅっと握り返す。
口の内側を歯の側面でぐっと噛みしめながら…
手袋越しでも、手のひらのぬくもりと脈が伝う。
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このまま…
時が…
止まればいいのに…
永遠に続く あお
どこまでも続く あお
無際限度に続く あお
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サファイアが深く妖しく輝く