倉持たちの休日
即売会会場
外は寒くなってきたが、この中はアツい。
創作への熱量が、作品への熱意が、エロへの熱気が止まらない。
ここでは暖簾をくぐる必要はない。
会場に入れば皆仲間。
この場にいながらカマトトぶる奴は、回れ右してすぐ帰れ。
迷惑をかけなければ、いくらエロくても良い。
ここはそんな世界である。
白銀「なあ、倉さん… 先ほどから婦女子の視線が痛いのだが…」
倉持「…仕方ないことです」
白銀「コスプレ時に向けられる視線とは違って… なにやら… なんだ… この、崇め奉られるような… 視線は」
倉持「おそらく… 『尊い』でしょうね。 萌えを超越した信仰心です」
白銀「…ふむ。 そういうスラングはどんどん進化しすぎてよく分からん」
数分前
緑谷と筑紫のブースの売り子を手伝うためにやってきた倉持と灰田姉妹であった。
しかし、リコは急に回ってみたいと言い出した。
灰田はリコのお供のために、売り子は後ですることになった。
緑谷は忘れものをしたためあいさつ回りをしてから、一旦帰ることになった。
と、そこに白銀から倉持に連絡が入った。
相談すると白銀は売り子の手伝いを快諾した。
かくして倉持と白銀、筑紫の3人体制となった。
だが、会場直後、急な腹痛により筑紫は席を外さなければいけなくなってしまった。
そして、現在
倉持と白銀の2人で売り子をすることになったのだ。
まずはたくさんの女性客がやってくる。
何人かには緑谷不在をお詫びし、差し入れを預かる。
そうこうしているうちにブースの周りには多数の女性が集まった。
何人もの女性が倉持をちらちらと見る。
そして、白銀もちらちらと見る。
変態性やポンコツっぷりが無ければ、この2人は美男美女である。
また、緑谷の作品でもたびたびモデルにされている。
女性たちは声に出さないものの、このツーショットに尊みを感じていた。
2つの新刊はあっという間に売れていく。
また、筑紫の新刊百合本も売れた。
第一陣のお客が引けて、筑紫が戻ってきたときには、緑谷の方は残り1/3を切り、筑紫のほうも半分程度になっていた。
筑紫「…ありがとうございます。 すみません。 混んでて…」
倉持「おかえりなさい。 大丈夫ですよ。 すばらしい売れ行きでした」
白銀「良かったな」
筑紫「うわー。 すごいです… 本当にありがとうございました」
倉持「それじゃあ。 私は残りますので、白銀さん。 良かったら周ってくださいよ」
白銀「あー。 私はあまり買わないんだなぁ… だから倉持さん行ってきなよ」
倉持「そうですか… じゃあ、緑谷さんが戻ってきたら交代で」
白銀「いいのか?」
倉持「ええ、私は大手狙いじゃないので… 空いてからの方がむしろいいんですよ」
その後、緑谷が戻ってから、交代で倉持はブースを周ることにした。
女性向けのイベント時は男性向けと比較して手作りのグッズ販売が多めである。
倉持は本だけでなく、おしゃれなグッズも見て回った。
買い物中、灰田と何度も遭遇し、そのたびにリコにゴミを見るような目で見られたが、倉持は気にせず続けた。
最終的に緑谷の新刊も、筑紫の新刊も残り数冊となったところで撤収。
その後、皆で食事に行こうと誘うリコであったが、倉持を慮る4人の手によって阻まれた。
倉持は1人夜の街へ消えていった。
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その頃
紅葉はたまに行く遊戯場で、止め打ち、ひねり打ちをし過ぎて出禁を食らっていた。
謎の板に交換はできたものの、優良店が減ってしまったことを嘆いていた。
路地を歩いていると、見知った顔が見えた。
紅葉(青野…さん? と、誰かしらあの女の人… まあ、人間関係を詮索するのは野暮よね。 でもあの女の人… どこかで、見たことがあるような… 有名人かな?)
紅葉「まあ、いいか… 今日はちょっとごちそうにしましょー」
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また、他方では
由紀と桜、宇美がリビングに揃っていた。
由紀「なあ… 桜、それと宇美や」
桜「なんですか?」
由紀「清楚って… なんだと思う?」
桜と宇美に衝撃が走る。
桜「え? 清楚? 清楚って言いましたか、今?」
宇美「せ、せいそうの間違いじゃあ…」
場の空気が止まった。
宇美は渾身の下ネタを外した。
宇美「だ、だってぇ… 最近、皆よく下ネタ言うから… 頑張ったのに… 頑張ったのにぃ」
由紀「あ、ああ。 すまん。 私さ… 今下ネタの… 気分じゃあないんだ… 清楚とか…淑女っていうのに、憧れててな」
宇美「憧れは理解から最も遠い感情ですよ?」
由紀「お前… 言うようになったな」
宇美「だって、突っ込みがいないと、由紀さん止まらないじゃないですか」
由紀「そうか… 成長したな… 胸意外」
宇美「おっぱいしか成長しないよりはマシです」
由紀「言うねぇ」
宇美「紅葉さんにも鍛えられましたからね」
桜「あの… ところで、どうして突然、そんな血迷ったことを言い始めたんですか?」
由紀「桜も地味にきっついな… まあ、あれだ… 私もそろそろな… 落ち着かないといけないなーと思ってな…」
桜宇美(これは… こ、この表情は…)
桜宇美(恋する乙女!!)
由紀は顔を赤らめながら、ポリポリと頬をかく。
桜「由紀さん… どうしたんですか? 病院… 付き添いましょうか?」
宇美「ええ、本当に… 何か悪いものでも食べたんですか?」
由紀「あのなぁ… いや、お前たちおぼこ娘に聞いたのが間違いだったな…」
桜「それはちょっと、聞き捨てなりませんね… 私これでも一応ミスコン優勝者ですよ?」
宇美「桜さんはかなりモテますよねー。 喫茶店にもファンの人がたくさんいますよ」
由紀「ふー… それも『憧れ』られてるだけだろ? 交際したことはないだろ?」
桜「くうっ」
宇美「で、でも、私も相談されることはありますから、話ぐらいは聞きますよ」
由紀「ほう? じゃあ、相談をしてみようかなぁ!」
桜(あれ? いつの間に立場逆転したのかしら…)
宇美(ペースに乗せられてしまった… もしかして、初めからこういう筋書きだったの!?)
由紀(ふふふ、ここまでは計画通り… こうやって、こいつらをあおって、さりげなーーく、相談にもって行く… 特に桜の今の思いは聞いておかないといけない… 一応私は桜の姉代わりとして… コイツを出し抜くことはしたくないからな… さりげなく… さりげなく… 自然に聞き出すっっ)
由紀「なあ、お前たち… ぶっちゃけ倉持って… どうよ?」
宇美「へたくそですか?」
桜(どうして、恋愛が絡むと、皆急にポンコツ化するのかしら…)
結局由紀はろくに相談することができず、ただただ自分の気持ちを暴露しただけであった。
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人は価値を付加することができる生き物である。
それによって、他の生物と一線を画す存在となっている。
加工によって付加価値を生み出す。
例えば調理も付加価値である。
論理は付加価値を強固にする。
芸術は付加価値の最たるものである。
ところで、全裸はえっちである。
何も身に着けていないありのままの姿。
だが、そのえっちさは何かを身に着けていることが通常の状態となることによって、そのエッチさはより一層えっちになる。
全裸に服を身に着けることによって、全裸の価値を上げているのだ。
通常付加価値はプットそのものによって、価値をつける。
全裸については、そもそもそれが最もえっちな形であるにもかかわらず、付加価値によってそのえっちさが強調されるという意味では、他の付加価値と一線を画す。
芸術に例えるならば、
黄金比の紙が、技術・技巧・彩色美を尽くした絵画に勝るということである。
そう考えると、全裸の付加価値がいかにすごいことか分かるであろう。
さて、ではなぜそのようなことが起こるのか…
それはひとえに、エモーションによるものである。
感情、気持ちである。
最も分かりやすい感情は「恥じらい」である。
すなわち服を着ているということが普通であるという意識をつけることで、全裸という本来の姿は普通でない姿、隠し恥じらうべき姿であるという価値付けを行うことにより、全裸という状況になったときに、それは単なる全裸という状態ではなく、全裸という恥ずかしい状態であると意識し、恥じらいという気持ちの昂ぶりを発生させるのである。
それはさておき、『全裸にリボンや靴下はやはり至高』と、思いながら個室ビデオ店で思考をめぐらす倉持であった。