倉持とデトックス
リコは困惑していた。
倉持があまりに、何もしないからである。
バッグを机に置きっぱなしにしても、取ろうとしない。
抵抗することも逃げることもしない。
それどころか、この男はまるで普通のデートのように自分に接してくる。
先日…
フェイクとはいえ、ナイフを突きつけた相手と一緒に観覧車に乗る人間がいるだろうか…
ギャラリーを周った後、倉持はリコを連れて公園へ行き、観覧車へ誘った。
乗り込むとき、倉持はリコに手を差し出してゆっくり招き入れた。
2人は向かい合って座る。
観覧車が回る。
倉持たちの乗るゴンドラが頂点に来たとき、ガコンと観覧車が止まり、アナウンスが流れた。
電源系統の異常によって緊急停止した。とのことであった。
さらに乗客が少ないため、ゴンドラは自転せず、停止してしまったのである。
倉持「あ… そういえば、聞いてませんでした。 高いところは大丈夫ですか?」
リコ「え? 今更聞きますか?」
倉持「すみません。 いつもなら、事前に聞いたり調べたりするんですが… 今回は失念していました…」
リコ「いえ… いいです」
倉持「と言いますか… とりあえず私が行きたいところを、ただただ回っただけなのですが… よかったですか? 一応、あの趣味が別れる場所は避けたつもりです…」
リコ「…はあ」
倉持「まあ、高いところが苦手でないなら… ラッキーです」
リコ「そうですか?」
倉持「この景色をずっと眺められるなんて… めったにないことですよ」
リコ「それもそうですが… あの、抵抗しないんですか?」
倉持「しますよ」
リコ「あの、すみません。 どういう心境なんですか? 私、昨日あなたをコ○そうとしたんですよ?」
倉持「ええ存じてます。 けど、ナイフは本物じゃなかったですよね?」
リコ「まあ、そうですけど。 けど、今日は本物かもしれませんよ?」
倉持「それなら、刺さる前によけますよ」
リコ「…この距離でですか」
倉持「はい」
リコ「…普通未然に防ぎませんか?」
倉持「でしょうね。 けど、デート中に女性の持ち物にうかつに触るのは、紳士的じゃありませんので」
リコ「…はあ」
倉持「ええ」
リコ「それだけ? それだけの理由で… それで死ぬかもしれないんですよ?」
倉持「…行動を制限したってあまり意味ないと、思うんですよね。 行動を防ぐことはそこまで難しいことじゃありません。 けど、それは先延ばしにしているだけです。
行動を起こそうとする意志の方を止めない限り、また、行動は起こります。
それじゃあ、意味がないですよね… 仮にその中に凶器が入っていて、それを私がどこかに捨てても、リコさんの中にある○意が無くならない限りは終わりません… 別に凶器の変わりはいくらでもあります。 代替可能なものをいくら変えたって根本的には何も変わりません」
リコ「…それで、色々と連れまわして、私の毒気を抜いたのね」
倉持「え?」
リコ「え?」
倉持「…」
リコ「もしかして… え? 本当に何も考えてなかったの?」
倉持「まあ、今日はOFFの日の予定でしたので… すみません。 もっと考えていれば… もう少し楽しいところにお連れできたのにっっ」
リコ(なにコイツ… 何も? 何も考えてないって… どういうこと? 訳が…分からない…でも嘘やはったりにも聞こえない… 多分この人本音で言ってる… 本音で 全部)
倉持「…大丈夫ですか?」
リコ「…私のことはとるにたりない出来事ってことですか? あなたにとってこの状態は昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらないってことですか? ば… バカにしてるんですか」
倉持「バカになどしていません。 私はいつでも真剣です。 私にとってとるにたりない出来事はありません。 いや、正確にはなくはないですが… たとえ昼下がりのコーヒーブレイクだって、私にとっては大事なことです」
リコ「無理だ… 無理だわ。 なんかもう、憎しみも憎悪も浮かばない… 違う… 違い過ぎる… 理解が及ばない」
倉持はリコを見つめる。
倉持はふと、観覧車の外を見る。
倉持「リコさん。 夜景綺麗ですよ?」
リコ「…ですね」
倉持「そういえば… 私はまだ、リコさんのことほとんど知りませんでした。 良かったら… 話したいことだけで結構ですので… 教えてくれませんか?」
リコ「…いいの?」
倉持「ええ」
リコ「…」
倉持(八ッ!!)
倉持はリコの様子がおかしいことに気が付いた。
ところで 密室×男女2人=尿意 という公式がある(ない)。
c×m²=m(micturition) ⇒ m=cm²という公式はラッキースケベ界隈では誰もが知っている法則である。
それはさておき、倉持は先ほどからリコがもじもじしていることに気が付いた。
しかし、それを自分の口から言うことはできない倉持であった。
白銀相手のように、喉が渇いた→飲む なんてことにもならない。
以前の倉持ならば、そのような対処方法しかなかった。
だが倉持は成長する。
ありとあらゆるトラブルに対策する手立てを常にアップデートしているのだ。
倉持はバッグを持っている。
そしてその中には、ヘッドフォンや財布の他にブランケットなどのラッキースケベ対策グッズが入っている。
密室放尿は倉持にとって日常茶飯事である。
ゆえに、倉持は常に『緊急簡易トイレ』を持っているのである。
だが、問題は… そうここで差し出すのは、目の前でオシッコをしろというメッセージをはらむ… 実に変態的である。
目の前のリコの表情は見る見るうちに青ざめていく。
事態は緊急を要していた。
倉持は覚悟を決めた。
倉持「リコさん… ちょっと、」
リコ「…」
倉持「ちょっと待ってくださいね」
倉持は自分の席に『緊急簡易トイレ』を置いた。
そして、携帯電話を取り出して、由紀に電話をかけた。
倉持(電話)「由紀さん… おっぱいチャレンジお願いします!!」
由紀(電話)「仕方ねえ… こないだの借りは返すぜ」
リコ「どういうこと?」
倉持「それでは、リコさん。 後でお会いしましょう… できれば、中心にいてください。 あと、揺れると思いますが… 落ち着いてくださいね」
そういうと、倉持はゴンドラの隙間から針金を通して、ロックを解除すると、ドアを開けて外へ出た。
外からロックを閉め直すと鉄骨に手をかけた。
※危険ですので、絶対にまねをしないでください。
そして、隣のゴンドラに移っていく。
2つ間を置いたゴンドラには、由紀と紅葉、青野が乗っていた。
由紀は倉持だけに見えるように、おっぱいを出していた。
倉持は無事に由紀たちの待つゴンドラに乗り込んだ。
由紀「いつから気付いてたんだ?」
倉持「レストランで、ずっといる変なお客さんがいたんです。 そりゃあ奇妙に思いますよ」
紅葉(あなたが言うか?)
青野「先輩が言わないでください」
倉持「ともかく助かりました。 由紀さん… もうおっぱいは大丈夫ですよ。 ありがとうございました」
由紀は無言で倉持の顔面におっぱいを圧しつけた。
倉持「ふぉもふぁふ(ともかく)… ふぉふぇで(これで)、ふぁふぁんふふぁふふぁっへ(バランスが変わって)うがふなぐるふたぐん(動き出すはずです)」
由紀「あ/// ちょっ。 く、くすぐったい… もがもがするなぁっ」
倉持は由紀に500円渡した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リコは倉持が去ってから、その場の『緊急簡易トイレ』に気が付いた。
倉持のメッセージを受け取り、無事に放尿することができた。
そして思った。
リコ(なんだアイツは)
そして感じた。
リコ(…毒気抜かれちゃったわ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
先に下についたリコは倉持が乗るゴンドラを待っていた。
倉持はしばらく叱られていた。
何やら紙にサインをしているようだった。
倉持は3人の女性を連れて降りてきた。
一瞬○意がぶり返しそうになったが、もはやすべてがバカらしくなり、倉持の首筋を思い切りつねることで、うさを晴らした。