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倉持氏はラッキースケベでいつも金欠  作者: ものかろす
日常編④ 承
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倉持と傷

刃が肉を引き裂く瞬間、倉持は身をよじって回避した。

女性は勢い余って、倒れかけた。

倉持は足を使って、それを支えた。


倉持は距離を取った。


倉持「あなたですか? 最近私をつけていたのは…」

女性「ミコおおおおおお。 あああああ。 男に奪われるぐらいならぁっっ。 コ○す。 ○ロして、私も死ぬうううううう」

灰田「リコ… やめろよ」

リコ「うるさい。 お前ら二人ともコ○す。 私を裏切ったミコも、ミコを奪ったお前もおおお」


倉持(このままじゃあ、灰田さんが危ない… 何とかおさめないと… しかし、暴力では… 何も解決しないっっ)


倉持はおもむろにシャツを破った。


灰田「な何を!?」


そして、リコに背中を向けた。


倉持「刺しなさい… けど、今日は止めてください」

リコ「はぁ? はぁ? 何言ってんの? あんたぁ」

倉持「今日、一組の百合カップルが誕生したんです。 もしも、今日私が亡くなったら… その人たちは悲しむでしょう… ですから、明日にしてください… 見ての通り、傷だらけの背中です。 いつ死んでも… おかしくない身です… 明日なら… 明日まで待ってください」

リコ「…分かった。 あなたには恩があるから、待つ…  明日…10時 迎えに行く」

灰田「お、おいリコ。 誤解だって、私とこの人はまだそんな関係じゃないって」

リコ「…ミコ。 あなただけ… 呪縛から逃れようとしても、ダメだよ… 一緒だからね…」

灰田「…リコ」

リコ「…帰る。 ミコは帰ってこないで… この男との話がついたら、次はあなただから…」


リコは刃をしまって、その場を後にした。


灰田「ご…ごめん。 本当に… 私が軽率だった…」

倉持「まあ、それもそうですね」

灰田「申し訳ない… わ、私が話をつけてくるから。 大丈夫だ」

倉持「それはないでしょう? 引き受けたのは私です。 ここは私の出る幕ですよ」

灰田「いやいや、そんなわけには行かないさ… 私が適当に指でもつめるからさ… それぐらいやればあいつも納得するさ」

倉持「ダメです… まあ、あれもフェイクナイフでしたので、本気でコ○そうというわけではなかったと思いますが… それでも危険です。 何が起こるか分かりません」

灰田「ダメだって、これは私たち姉妹の問題なんだ… これ以上巻き込むわけにはいかねぇ」

倉持「灰田さん。 私の見当違いだったらすみませんが… 灰田さん、私を誘う時… いつも震えてますよね」

灰田「え… あ…」

倉持「なんか、こんな分かった風口を利くのは失礼だと思いますし… あの別に私は専門家じゃないので… 的外れかもしれませんが… 気になりまして…」

灰田「はは… やっぱ、アンタスゲーな。 よく見てるわ…」


倉持は横から、灰田の肩にぽんと手を添える。


倉持「大丈夫… じゃあなさそうですね…」

灰田「はは。 情けない…」


倉持はビルを見上げてから、灰田に視線を落とす。


倉持「…」

灰田「…」

倉持「ホテル… 行きますか?」

灰田「え!? この流れでぇっっ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

灰田(って、ビジネスホテルかいっっ… いやいや、でも、男女二人で同じ部屋ってことは…結局… あれだろ… するんだろ… しちゃうのか)


ホテルに入るなり、倉持はシャワールームに向かった。

灰田は1人ベッドに腰掛けてそわそわとしている。

灰田は自分の手をじっと見る。


灰田(震えてる… いざとなると… やっぱ… 怖いな… 男)


しばらくすると、倉持がシャワールームから出てきた。


倉持「すみません。 つい長風呂をしてしまいました」


倉持は灰田から、1mほど距離を空けて座った。

そして、灰田に水を差し出した。


倉持「…これどうぞ。 今… お風呂貯めてるんですよ。 貯まるまで… 少し聞かせてもらえますか?」


倉持からは、かすかに血の香りが昇っていた。

灰田はゆっくりと口を開き始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

灰田理子リコと灰田ミコは双子の姉妹である。

2人には父がいた。

母は外に男を作っていなくなった。

父はやり場のない気持ちを娘に向けた。

ミコはひたすら暴力を受けた。

リコはひたすら性的暴力を受けた。


2人を守る人は、いつまでたっても現れなかった。

父親は、表向きは誠実でまじめで、地位もあった。

また話もうまく、周りから信用されていた。


だから、2人はお互いに守るしかなかった。

リコは、自分が父の性的欲求のはけ口になることで、ミコを守った。


だが、ある日リコが神妙な面持ちで、ミコの部屋を訪れた。

リコはミコに生理が来ていないことを告げた。

ストレスのせいで、生理不順になることは、しばしばあった。

だから、最初はいつものそれだと、ミコはリコに言い聞かせた。

しかし、リコはまるで確信があるように、頑なに… 納得しなかった。


ミコは親しい先輩に頼んで、妊娠検査薬を手に入れた。

そして、大型スーパーの多目的トイレで、リコはそれを試した。

ミコはトイレの前で待っていた。

リコがドアを開けて、ミコを招く。


判定の窓に… 線があった。

リコはミコに縋り付いて泣き崩れた。

ミコは…

リコを慰めながらも… 

内心…自分でなくてよかった…

これで、地獄から抜け出せるかもしれない…

そう思った。

しかし、すぐにそのようなことを考えてしまう自分を戒めた。

そして、後悔した。


次の日

学校を休んで、リコとミコは何駅も離れたところにある産婦人科を訪ねた。

お金に不自由はしていなかった。

リコもミコも父から人並み以上のものは与えられていた。

それがまたリコとミコの心を惑わせた。

父が完全に悪人であれば、世間的にも悪であれば、同情の余地がなければ…

早い段階で、リコもミコもその呪縛から逃れられただろう。


母親がいたころは、幸せな思い出ばかりであった。

家族4人行った旅行、遊園地、レストラン… 


げに恐ろしいのは、善人が狂うことである。

善人は被害者という大義名分を得ることで、しばしば狂う。

自分は被害者である… だから、報復をしてもよい。

自分は同情されるべき…だから、他人を傷つけても許される。

狂ったルサンチマンは、また別の弱者に向けられる。




リコとミコは、父から逃れるために、2人で生きる道を選んだ。

ミコはリコの妊娠を材料に父親と交渉をした。

ミコは堕胎費用と当面の生活費を要求した。

父は世間体を取り、ミコの要求を呑んだ。

また当時ミコは空手をしており、県大会レベルの力を有していたことも交渉材料となった



家を出てから、2人は友人の家を転々としながら学校に通った。

アルバイトをできるようになってからは、アパートを借りて二人で住むようになった。

そのうちリコとミコは極度に依存するようになった。

やがて2人は肉体関係を持つようになる。


それと同時期に、リコは複数の男性と積極的に関係を持つようになった。

一方ミコは、男性とそういった関係になることを極度に恐れた。

父親が華奢な姉の身体に向かって、一心不乱に腰を振るさまが脳裏に焼き付いて離れなかったのである。

嫉妬深いリコから、男性と関係を持つことはよく思われていなかったことも交際に踏み切れない要因であった。

代わりに女性と関係を持つことは良しとされていた。



だが、ミコは一度だけ男性との行為に挑戦したことがあった。

同僚の男性。

しかし、いざホテルに到着し、ベッドに座ると震えが止まらなった。

汗が止まらない、恐怖で落ち着かない。

男性が近くに座った瞬間、ミコの全身から汗が噴き出た。

そして、ミコは男性を拒絶した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

灰田「本当にすまない… こんなことに巻き込んでしまって… アンタなら… 大丈夫かもって思ってさ… 私… 逃げたい… いい加減逃げたいんだよ。 父親からも、リコからも… ごめんな… アンタを利用して… 本当にすまない…」


倉持はグイっと水を口いっぱいに含んでから、体内に流し込んだ。


倉持「…灰田さん 背中… 消毒お願いしていいですか?」

灰田「え…と」

倉持「さっきの傷、微妙に手が届かないんですよ? お願いします」


倉持は灰田に背中を向ける。

灰田は倉持の背後に廻り、恐る恐る傷をなぞる。


灰田(まだ、浅くて良かった… けど、痛そうだ… リコ… なんてことしてくれんだよ… でも、それ以上に深い傷もたくさん… いったいどうしてこんなに…)

倉持「ひどい傷でしょう? 昔から、傷が絶えないんですよ。 えーと、その傷の近くの… 側面の傷ありますよね。 これは天井に突き刺さった包丁が落ちてきたときについたんですよ」

灰田「どういう状況ですか?」

倉持「まあ、ゴキブリのおかげで、微妙に軌道が逸れて助かったんですけどね」

灰田「いやホントどういう状況!?」

倉持「他にもね。 ナイフや割れた瓶で切り付けられた傷とか、屋根から落ちて、下の柵に刺さった時傷とか… まあ、でも大抵はラッキースケベのおかげで何とか回避できていますけどね」

灰田「…」


灰田は無言で倉持の傷をなぞる。

倉持との付き合いが短い灰田でも、倉持が嘘を言っている。

正確には真相を全部言っているわけではないことはすぐに分かった。


倉持「今更… 一つや二つ増えたところで、大丈夫です。 だから、私の傷の事は気にしないでください。 治りますから。 けど…」

灰田「…」

倉持「心の傷は、舐めあうだけじゃ治りません… 自分の中からの… 自然治癒能力も必要です」

灰田「…無理だよ。 私たちは弱いし… それに、私たちは筑紫や緑谷ほど… 分かり合えていない…」

倉持「…灰田さん。 その傷のちょっと上、左の肩甲骨の下の傷と、右の肩甲骨の下の傷、それとさらに下の真一文字の深めの傷、見てみてください… なんか人の顔みたいじゃないですか?」

灰田「ホントだ… なんか恵比寿さんみたい」

倉持「そうそう! それね。 由紀さんに指摘されたんです。 恵比寿さんっぽいですよね。 …何か話しかけてやってください。 まあ、聞くだけしかできないんですけどね。 しかも耳が遠いから、聞かれたくないことは囁くと良いです」


灰田はゆっくりと口を開いた。

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