倉持は耐える
私は普通。
ちょっと口数が少ないだけの普通な人間。
普通に毎日を過ごすことができた。
ドラマはない。
だから、ドラマに憧れた。
本や漫画、映画を嗜んだ。
自然とオタクになっていた。
一昔前なら、オタク女キモいとか言われてたかもしれない。
でも、私が学生のころは、オタク女子はそこまで珍しいものじゃなくなっていた。
だから普通に友人もいた。
いじめにあうようなこともなかった。
口数は少ないけど、コミュニケーションはとっていたしね。
先生からの評判も良かった。
両親も優しいいい人だ。
でも、こんなに普通なのに…
至って普通の人生で…
普通に生きているだけなのに…
どうして、私の心は普通じゃないんだろう…
本や漫画、映画では…
普通に男性は女性を好きになるし、女性は男性を好きになる。
そうじゃない作品は、同性を好きになる事の苦難を描いたものばっかり…
同性を好きになることが、テーマになってる。
男性と女性の恋愛は… 他に障害がなければドラマにならないのに…
同性の恋愛は… それそのものがドラマになるのはなんで?
普通じゃないから…
ドラマになる。
ああ… じゃあ、私が女性を好きになるのは… 普通じゃないんだ…
他は全部普通なのに…
どうして… よりにもよって…
これだけが普通じゃないんだろう…
高校時代にちょっと好きな女性がいた。
キスをしたいと思った。
けど、思い過ごしだろうとこらえた。
けど、サークルで出会った緑谷さん。
彼女に一目ぼれをしてしまった。
気付いてしまった。
自覚してしまった。
自分の普通じゃない部分…
緑谷さんが彼氏にヒドイことをされて、傷ついて…
それを支えているうちに、不謹慎にも私の思いはどんどん強まってしまった。
好き。
私がこの子を支えたい。
一緒にいなきゃいけない。
仕事も、あえて同じ会社に就職した。
緑谷さんが傷ついている時、いつもそばにいて、彼女を支えてきたつもりだ。
緑谷さんが命令でスパイをすることになった時、私はこっそり志願した。
一緒にいること。
それが、彼女を守るために、私ができること…
一緒にいて、彼女を支えて…
それが、私が彼女のためにできること…
そう思っていた。
そう思い違っていた。
私は…
一度も彼女を守ることができていなかった…
彼女が痛みを受けてからしか… 私は何もできていなかった。
守るって…
痛みを受ける前にしなきゃ
苦しむ前にしなきゃ
そうなるまえにしなきゃ
…ダメじゃん
私はいつも後ろから見守ることしかできなかった…
だから、いつも遅れるんだ。
緑谷さんが苦しんでからじゃないと…
分からない。
支えるのも、見守るのも… 遅いんだ。
苦しんでからいくら動いても… それじゃあ遅いんだ。
倉持さんという人に出会った。
恩人だけど、人の股の下に頭を突っ込んで、ローアングルから見上げてくるヘンタイ… という印象だった。
交流が深まるにつれて…
優しい、強い… ドヘンタイって知っていくようになった。
同時に強く惹かれていった。
正直言うと、この気持ちは好きってことだと思う。
実はね。
倉持さんに相談するずっと前…
というかキャンプの後に、藤壺さんに相談したの。
自分と似た境遇の藤壺さんに…
色々教えてくれたよ。
桜さんと倉持さんとのこと…
藤壺さんの思い。
倉持さんが、藤壺さんを助けたこと。
ホント…
倉持さんは普通じゃない。
愛することができないのに…
愛されても受け入れることができないのに…
どうしてそんなに、一生懸命生きることができるんだろう。
どうしてそんなに、人を守ることができるんだろう。
優しいから… 強いから… 男だから…
違う…
倉持さんは…
自分らしく生きる…覚悟を決めているから。
だから、自分の行動に躊躇しないんだ。
私も… 緑谷さんを守れるようになりたい。
そのためには…
後ろから支えるんでも、見守るんでもない…
隣に行くんだ。
自分らしく生きる…覚悟を決めて!
だから、思いを伝えるんだ。
自分の中の普通じゃない部分…
それを受け入れて生きる。
それが、私の覚悟。
緑谷さんに思いを伝えることは、その第一歩。
拒絶されても、後ろや横から守ればいい。
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筑紫は…
胸から、口へ空気を送る。
空気が出る瞬間、歯を閉じ、息を歯の裏に当てる。
筑紫「す」
そして、すぐに口角を上げる。
筑紫「き」
緑谷「筑紫… ちゃん」
筑紫「好き… 好きです」
緑谷「…」
筑紫「本気… です。 本気で… 好き」
緑谷「…」
緑谷は…
瞳を潤ませながら
眉毛をゆがませながら
口をすぼめて、返事をする。
緑谷「うん」
筑紫「!」
緑谷「…でも、ゴメン… その気持ちには答えられない… 私… 人の命を奪っちゃってるから… 筑紫ちゃんの本気には… 答えられないよ」
筑紫「そ、それは… それは緑谷さんのせいじゃないよ。 仕方ないことだよ。 私は気にしないよ」
緑谷「私は…気にするよ? 私は…」
筑紫「…」
緑谷「私ね。 筑紫ちゃんが思っているよりも、ずっと汚れているし… ずっと卑怯なの。 正直言うとね… 倉持さんの事… とっくに諦めてるんだ… だって、勝てないじゃん。 あんなに綺麗な人たちがいっぱいいるんだよ? 見た目も… 心も… 身体だってキレイ… でもね。倉持さんは、私でも受け入れてくれるんだ。 もちろん、最後までしてくれないけど… むしろ、私にとってはそれがうれしい… ちょうどいい間隔で… 恋愛気分を味わえるんだ。 勝手にずっと好きでいられるんだ。 私は… あの人のこと利用してるんだよ? あの人の優しさを利用してるんだよ? 筑紫ちゃんのことだって… 利用してるんだよ? 筑紫ちゃん… それでも、私の事… 好き?」
倉持は悩んだ。
今までの倉持であれば、筑紫と緑谷の間に入り、何かことを起こしていただろう。
だが、倉持は信じていた。
筑紫の覚悟を…
筑紫の思いを…
筑紫が緑谷を救うことを…
ゆえに、倉持は、むしろ飛び出そうとする灰田を制す側にまわった。
倉持は灰田と共に、筑紫と緑谷をじっと見守った。