倉持と追跡者
金曜日のこと
倉持はいつも通り、朝5時に起床した。
ランニングウェアに着替えて、ジョディと公園を走る。
倉持(足取りが軽い… まるで翼が生えているかのようだ…)
倉持の足がいつもよりも2割増しに速く回転する。
ジョディ「どうしたの? 何かいいことあったの?」
倉持「え? 何か言ってましたか私?」
ジョディ「言ってないけど… 顔が嬉しそうだよ?」
倉持「そうですか… そうかもしれません」
ジョディ「なにー? ナイショ? つめたいなぁ」
倉持「いや… そんな… そういうつもりじゃあないですよ…」
ジョディは倉持の耳元で悪戯好きのネコのように囁く。
ジョディ「プレゼント… いつ使うの?」
倉持「え…使ってますよ。 お気に入りです」
ジョディ「かわの中のことよ? いつまでかぶってる気?」
倉持「…え?」
ジョディ「フフフ… 私だってね。 そういうネタも言えるのよ?」
倉持「…い、いつか」
ジョディ「ま、待ってるわ… あの話もね」
倉持「…そのうち」
ジョディ「楽しみにしているわ」
シェアハウスに帰るとシャワーを浴びて、朝食を取り、青野と一緒に家を出る。
青野「こうして並んで出勤していると… まるで、同棲カップルみたいですね」
倉持「そうですね」
青野「!!!!」
青野(え… あれぇ? どうしたんですか、今日の先輩… こういうジョークに対して、こんな反応すること今までなかったのに… 終始にやけているし… どうしたんでしょう… はっ… 何か良い事が… そういえば昨日の夜ずっと考え事をしていた… プロジェクトの資料がまとまった? それとも呪いのことかな… ううー。 気になります。 なんなんでしょう。 この喜びようは… まあいいか… ん?)
青野は倉持の腕にぎゅっとしがみついた。
倉持「ちょっ… 青野さん、さすがにそれは…」
青野「だって、同棲カップルみたいなんでしょ… こういうことしても、世間的には不思議じゃないですよ?」
倉持「それとこれとは別です…」
青野(小声)「しっ… 気配を感じます。 このまま、バカップルっぽく振舞いましょう」
倉持(気配は確かに感じた… けど、バカップルっぽく振舞うのはなぜ?)
しかし、倉持としても、大義名分を得たわけなので、しばし、右腕に神経を集中させることにした。
青野(小声)「やっぱり、ついてきていますね…」
倉持(小声)「ですが… 慣れた感じはしませんね。 こないだとは違う人の気が…」
青野(小声)「まきますか?」
倉持(小声)「いや…様子を見ましょう…」
倉持と青野はそのまま接触状態で電車に乗り込んだ。
倉持(小声)「電車まではついてきませんね…」
青野(小声)「ですね。 でも、一応警戒しましょう」
倉持(小声)「だな… けど、私は今日仕事が終わってから緑谷さんたちと食事して、そのまま外泊予定なんですよね」
青野「は?」
倉持「言ってませんでしたっけ?」
青野「何一つ聞いてないですけど? 食事は気にしませんが… 外泊? はぁ?」
倉持「ええ… 外泊するんです。 今日の夜」
青野「誰とですかぁ」
倉持「ちょっ。 声が大きいですよ。 もちろん一人ですよ」
青野「それもどうなんですか!?」
倉持「い、いいじゃないですか。 私の勝手でしょう… まあ、でもどうしましょう。 一応一度一緒にシェアハウスに帰りましょうか?」
青野「…結構です」
青野はすくっと立ち上がり、倉持の隣から反対側の席に移動した。
トスっと座り、じとっとした目で倉持を見据える。
青野(なによ… 心配してバカみたい… つけられてるから、心配しているのに… それなのに外泊って… 危機感なさすぎでしょ… そりゃあ、大抵のことはラッキースケベで助かるとはいっても… たかをくくりすぎですよ)
そこに三奈がやってくる。
三奈「おっはよー。 クラさんと青野さん」
倉持「おはよう」
青野「おはよーございます」
三奈「あれ? どうして、今日は隣じゃないの? ケンカ? ケンカ?」
三奈はワクワクしながら質問する。
倉持「いえ。 そんなのじゃないですよ」
青野「…」
三奈「じゃあ、私、隣座ろー」
三奈は倉持の隣に座り、青野に見せつけるように、引っ付いた。
三奈は青野に目線を送る。
三奈(青野さん… こないだの動きで、あなたがただものじゃないってことは分かった。 だけど、頭は切れるものの、まだ精神的には幼い! 私が言うのもなんだけどね。 おそらく精神年齢… 精神的な成熟度は低い… 私が見るに、本とか勉強とかで教養や知識はあっても… 人との生のコミュニケーションについては… おそらく、私よりも下! 現役JKのコミュ力なめんなよ)
青野(むううう⤴ううううう⤵)
青野の瞳が潤む。
青野(私は心配してあげてるのにいいいいいい)
青野はそっぽを向いた。
三奈は優位を確信し、倉持とのおしゃべりに興じる。
電車が目的地に着くと、青野はすたすたとホームに降りて、そのまま会社へ向かってしまった。
倉持は三奈とゆっくり降りて、挨拶を交わし、100円を渡してから、会社へ向かった。
倉持は小走りで青野を追いかけるが、青野は競歩レベルのスピードで、倉持を撒いた。
倉持がオフィスに入って挨拶をしても、青野は適当に相槌を打つ程度であった。
倉持(分からん… 確かに、外泊はリスクがある… けど、これまでの感じから、追っ手もいつもという訳じゃないし… 何か害を加えようというよりは事務的… 仕事的な感じがするし… そこまで警戒する必要はないと思うんだけどな… いざという時も、ラッキースケベの力があるから、何とかなるだろうし… まったく… 心配症だな。 青野さんは…)
そうこう思いをめぐらすうちに、倉持はその日の仕事のほとんどを12時前には終わらせて、お昼には筑紫や灰田と打ち合わせるためにレストランへ向かった。