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倉持氏はラッキースケベでいつも金欠  作者: ものかろす
日常編④ 承
132/371

倉持と出会った由紀

父が亡くなり、母がいなくなった。

弟がいた。

一つ下の弟…

かわいかった。


幼いころ、私は施設に来た。

弟は誰かに引き取られた。



ほどなくして、私はある資産家に引き取られた。

最初は喜んだ。

自分を求めてくれる人がいることに…

けど、実際は地獄だった。


寝てから寝るまで、いや、眠る時でさえ私に自由はなかった。

語学の学習、様々な習い事、入浴時間も排泄の時間までも全て管理されていた。

けど、耐えた。

これも愛情だと、厳しいのも私を思っての事だと、そう言い聞かせた。

だけど、さすがにきつかった。


耐えかねて…15の時、一度家出をした。

街を彷徨った。

一週間。

フラフラと歩いていたとき、見つけられて、連れて帰られた。


さすがに心配してくれるかと思ったが…

かけられた言葉は「…まあカリキュラムは終わってるから、自由になりたければ自由にすればいい。 ただし二つ条件がある。 子どもは作らないこと、30歳になったら俺が紹介する人と結婚すること。 経済的な支援はしてやる」


愛などなかった。

思いさえもなかった。

せめて…何か恨みがあるとかの方がまだマシだった。

あの日々は、ただただ、義務的に、事務的になされていただけだった。


思えば… 私は父の顔も母の顔もろくに見たことが無かった。

喜ぶ顔も、怒る顔も、哀れむ顔も、悲しむ顔も…

常に面をかぶったような、そんなのっぺりと無機質な…



私は家を出た。

フラフラと彷徨って、さまよった。

家を出て3日目、雨に打たれながら、街を流れていた。

あまりの空腹に耐えかねて、ふらりとラーメン屋に入った。

大将はびしょびしょの私を見て、一瞬イヤそうな顔をしたけど…

察してくれたのか、普通に席に案内してくれた。

1杯780円のやっすいやっすいラーメンだった。

今思うと、そんなに安いわけでもないけど。

使うまいと思っていた餞別に手を出してしまった。



店を出てから、ホテルに行った。

シャワーを浴びながら…

私は泣いた。

悔しさと虚しさで… 絶望で… 泣いた。

嗚咽が止まらなかった。

そのまま、トイレに吐いてしまった。

胃液が匂った。

あまりにみじめだった。


顔を上げると、鏡に自分の顔がうつった。

まるで、それは面のような…

悔しくて悲しいはずなのに…

この表情は… なんだ?

苦悶の表情の作り方が、悲しい顔の作り方が… 分からない。

これは…私の顔なのか?


裸のまま、ベッドに座り、声をおしころして、また泣いた。

泣いて泣いて泣いて… 少しだけ気が晴れた。


次の日から仕事を探した。

なかなか雇ってくれない。

それはそうだ15歳の子どもを雇ってくれる場所なんてない。


いっそ身体を売ろうかとも考えた。

けど、できなかった。


条件のせいじゃない。

気持ち悪い。

どうしても、そういう行為に踏み込めない。

頭の奥から、全力で拒絶反応が起こる。

なぜだか説明はできないけど、とにかく… できない。


私が再び路頭に迷っていたとき、紅葉さんが声をかけてくれた。

誰もが素通りしてきたのに、紅葉さんだけが、私を気にかけてくれた。

優しいほほえみ。

初めて人の顔を見た気がした。


それから、私は紅葉さんの父親と一緒に親に形式上頭を下げて、紅葉さん親が運営していたシェアハウスに入る手続きをしてもらった。

それなりに楽しかった。

定時制高校で勉強しながら、バイトして、稼いで、ライターの勉強して、稼いで…

専門学校に行って…

その頃には紅葉さんともすっかり打ち解けて、だいぶ自分を出せるようになっていた。

だけど、いつも心にはあの条件が引っかかっていた。


そんなある日、あいつが来た。

当時そこそこ仲が良かった桜が連れてきた男。

不思議な男だった。


まず、嫌悪感がなかった。

これまで感じたような気持ち悪さも抱かなかった。

けど、次に会った時…

下着をプレゼントされたときには…

気持ち悪いを通り越して、ヤベー奴と思った。


でも、同時に面白いやつだと思った。

そいつが住むようになったときは驚いた。


そこからは、なんだかんだすっごく楽しかった。


ある日、ちょっと出かけた。

帰りに雨が降った。

傘を持ってなかった。

雨宿りしていたら、あいつが迎えに来てくれた。

あいつははにかみながらも、傘を差しだしてくれた。

私はそれを受け取らず、強引にあいつの傘に入った。

どぎまぎしたあいつの顔が、面白かった。

平静を装おうとするあいつの顔が、面白かった。

このまま時間が止まればいいのにって思った。


家に帰って、そのまますぐにシャワーを浴びに行った。

鏡にうつる自分の顔を見た。

嬉しそうで、楽しそうだった。

顔だ。

人の顔だ。


毎日が楽しかった。

それがたとえ、期間限定だとしても…

楽しかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

9月21日 19:30


由紀(私も… いままで、どんな顔してた…?)

相手「どうかしましたか? 気分がすぐれないようですが?」

由紀「い、いえ… 大丈夫です」


その横を通り、デザートが運ばれる。

由紀がフォークの下に敷いてある紙に目を落とすと、不自然な紙が挟まっていた。

「帰るなら、迎えあり」


由紀(あ…)


由紀は辺りを見回した。


相手「どうしました?」

由紀「いえ… なにも… ご心配おかけしてすみません…」


由紀(大丈夫… 大丈夫… 大丈夫…  ……大丈夫? 何が?)


由紀は周りを見た。

親役の人間が相手役の親と話しているようだ。

ステージでは盛り上げ役の人たちがフラダンスやリンボーダンスを踊っている。


目の前には相手役がいる。

口がよく開く。

表情は分からない。


由紀(じゃあ… じゃあ… 私は? 私は…どんな顔をすれば… 違う… 違う… そうじゃ…そうじゃない 私は… 私は… どんな表情を… したいんだ?)


由紀が窓を見ると… 夕日は沈み、夜が訪れ、巨大な月が顔を覗かせていた。

窓に反射して、うつる景色の、その奥に、由紀の見慣れた顔があった。

その人は、うっすら微笑を浮かべて… 由紀を見守っていた。

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