倉持は相談を受ける(筑紫編)
その日、倉持は筑紫と夕食を一緒にしていた。
二人で食事をするのは初めての事である。
キャンプの最終日、倉持は筑紫から話がしたいと、持ち掛けられていたのだ。
雑談をしながら、食事が一通り終わり、飲み物を飲んでいる時、筑紫はゆっくりと口を開いた。
筑紫「…倉持さんは」
倉持「はい」
筑紫「女性同士の恋愛って、どう思いますか?」
倉持「…女性同士ですか」
倉持は藤壺と桜のことを考えていた。
実際に交際するとなると、様々な壁がある。
当人たちの問題だけではなく、その親のことまで考えるときりがない。
倉持「…最近のスラングで、尊いってありますよね。 尊いって言葉自体は、もともとめったにない得難いことだからありがたいって、ところがベースになっていますから、やっぱり現実では難しい部分が多々あるのかな… と思います。 けどそれを乗り越えられるなら… あるいはそれを乗り越えてでも一緒にいたいという気持ちが二人にあるなら、何も他の人が言うことはないと思います。 でも、それは女性同士とか男性同士とかだけの話じゃなくて、女性と男性においても、同じことかなと思います。 えーーっと、長々言ってますけど、つまり女性同士だからって理由だけで肯定も否定もされるべきではないかな…と、思ってます… 少なくとも当人同士の関係においては」
筑紫「…ありがとうございます」
倉持「いえ…」
筑紫「私は、緑谷さんが好きです」
倉持「…そうだったんですね」
筑紫「ええ、友達としての好きではなくて、結婚したいの好きです」
倉持「…両者の合意による事実婚なら、可能ですね」
筑紫「ですね…」
倉持「ちなみに、立ち入った話になりますが、お二人はどのような状況なんですか?」
筑紫「最近は一緒に過ごす時間が多いです。 まあ、本を書くという目的でですが… 一緒に寝泊りすることも多いです。 構図の練習のために、ちょっとひっつくこともありますけど… それ以上の関係ではありません。 だから、私は自分がどう思われているのか。分からないんです」
倉持「そうなんですね。 緑谷さんは、実際には… というか自分が当人となることに関してはどうなんでしょうね…」
筑紫「彼氏もいたみたいなので… 簡単にはいかないかと思います…」
倉持「そうですか…」
筑紫「…ですので、倉持さんにお願いしたいことがあるんです…」
倉持「何でしょう… できることなら」
筑紫「緑谷さんの… 気持ちを聞いてほしいんです… 卑怯な手だって分かっているんですけど… でも、勇気が出なくて… 否定されたらと思うと、どうしたらいいか」
倉持「私にできるか、分かりませんが…」
筑紫「ご無理を言っているのは承知の上です… けど、こんなこと倉持さんにしか、相談できなくて… 私、他に友達もいませんし…」
倉持「…力になれるかは、分かりませんが、できるだけの協力はしますよ」
筑紫「ありがとうございます。 この御恩は一生忘れません」
倉持「そんな大げさな… まだ何もしていませんし」
筑紫「そんなことはありません。 倉持さんには本当にずっとずっとお世話になっています。 そんな中で、こんなことまで頼むのは…本当に申し訳ないんですが… でも、私、どうしたらいいのか… 分からなくて…」
倉持「そんなに畏まらないでください。 本当に私はたいしたことはしていません。 それに、人に頼みごとをされるのは… その人の力になれてるのは、うれしいことです。 やぶさかではありません」
筑紫「本当にすみません。 せ、せめて、ここのお支払いとか、他にも何かしらのお礼はさせてください」
倉持「そうですか… じゃあ、成功したら… 本を書いていただけますか?」
筑紫「…18禁で良ければ」
倉持「…かま… いえ、あのできれば、一般向けで」
筑紫「一般向けですか… かけるか分かりませんが、頑張ってみます」
倉持「では、それで」
倉持と筑紫は各々食事代を支払いお店を後にした。
―その夜
倉持げ布団に入り目を閉じてから、数刻。
倉持の脳裏にある映像が浮かんだ。
着物を着た女性が目の前にいる。
その女性は袖で口元を隠しながら話をしている。
目の様子から笑っている様子である。
倉持(以前みた夢に似ている… 視界は私のもののようだけど、一切の言動が私の意志ではできない… それにしても、この女性は誰だろうか… 桜さん…に似ているような気もするが、少し違う。 あー… だれかと言えば白銀さんに似ている気がするな。 きりっとした目がよく似ている。 ということは、この人… 記憶をもとに私の脳が勝手に作った人なのかな… でも、なんだろう… 勝手に作った人というよりは… 実際にいる人のような、いや、いた人のような。 そんな気がする)
倉持は自分の意志で話したかった。
しかし、いくらその指令を出しても、その通りに体が動かない。
ただ、その女性が笑顔で応対している様子が眼前に広がるのみである。
女性「いつまで… いることができますか?」
男性「分かりません… ただ、いられるだけはいたい。 あなたが向こうに行くまでは」
女性「…そうですか」
男性「…行ってほしくない。 ですけど」
女性「なら、一緒に逃げてくれませんか?」
男性「一緒にですか…」
女性「もしも、一緒に逃げてくれるなら… あの桜の木の下で… お会いしましょう」
男性「…分かりました」
その奇妙な夢は目が覚めても消えることはなかった。