序章
雨に煙る歩道に、傘を斜めに差し一人たたずむ女性。
俺が彼女の姿に気づいてから既に三十分は経過しているだろう。
降り続く雨に、周りの景色はまるでレースのカーテンを引いたかのようにぼやけ、雨粒が当たるたび若草色の傘は規則正しいリズムを刻む。
女性は三十歳前後か、時々遠くを見つめたり携帯のメールを確認したりしており、その様子が俺の眼には哀しげでもあり、また楽しげにも映っていた。
「彼氏にでもふられたのかな!?」
俺はその女から眼を離して、何気なく道路の反対側にある会社を見た。
k商会と云う名の車のスクラップ屋で、山積みした車の隙間から一人の従業員が、雨の中先程の女性を蛇のような目で凝視している。
今は昼の休憩中なのだろう、歳の頃は俺と同じくらいの40歳前後か・・・?!
その時、視線に気づいたかのか、その従業員はスクラップの山に消えて行った。
”変態男か!?・・・ああ言う奴が、性犯罪を犯すのだろうな。”
もう一度女性に視線を移すと、目を離したわずかな間に待ち人が来たのか?!諦めて帰ったのか?!その場所の周辺に姿は無く、雨に煙る歩道だけが俺の眼に映っていた。
・・・俺は目が覚めた。
いつの間にか寝てしまったらしい。
今日は肌寒いくらいなのに寝汗をかいて、シャツがぐっしょり濡れているので気持ちが悪い。
"ハックション”
風邪をひいたかな?!
シャツを着替えながら、
時計に目をやるともう五時過ぎだ。
どうやら、五時間近く寝ていた計算になる。
窓から外を見ると霧雨が降っている。
昼下がりに見た女性は、はたして現実だったのだろうか?夢の中で見た幻だったのではないのか?!
そんな事を考えながら、アルバイトに行く準備を始めた。
準備と云っても、週三回コンビニの深夜のアルバイトだから、そう慌てる事もないのだが・・・。
午前三時、深夜の病院。
病室の外、通路の壁に目を伏せながら、高校生位の娘さんが泣いている。
私はその横を能面のような無表情な顔で通り過ぎる・・・
・・娘さんの悲しみに暮れる心の声が聞こえて来る気がした。
”もう、こんな仕事はいやだ!” 私の心が悲鳴を上げた。
私は看護士になって五年、この総合病院に勤務して三年目を迎えようとしていた。
「202号の川辺さん、まだ若いのに駄目だった見たいですね。」
私がナースステーションに帰ってくるなり、同じ夜勤の看護士が呟いた。
(ウツクシイオンナハ・スベテ・ハンザイシャナノダ・・・ダカラ・ウツクシイオンナハ・コロサナケレバイケナイ・・・。)
序章
(終)