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※本日四回目の更新です。
ご注意ください。
「———フレド! アァルフレドォ!」
豊かな声量で、遠くから呼ぶ声が届く。元気なものだ。
ぶどう畑の手入れを手伝っていたアルフレドは祖父の声にかがめていた腰を戻す。向こうから髭を蓄えた偉丈夫がずんずんと歩いて来る。自分からやって来るのなら、大声で呼ばなくても良いものを。
「今度はなんですか、お爺様」
「今度はなんだとはなんだ!」
「毎日のように色々ありますね。列挙するのも面倒なんでいちいち言いませんが」
尻ぬぐいをさせられているアルフレドとしてはこのくらいは言う。それで懲りる祖父ではない。
「それでなにがあったんですか?」
軽くいなされ、祖父は不満そうではあったがなにかを差し出す。受け取って見れば、アルフレド宛ての手紙が何通か届いていた。そのうちの一通はタウンハウスにいる妻からだった。
「また無心か」
「女性というのはなにかと物入りなんですよ」
祖父が言いたいことは分かる。好き勝手出来る金を与えるからこそ、男をとっかえひっかえするのだと言いたいのだろう。
「仕方ありません。ワイン造りにかまけて放っておいているのは事実なのですから」
これがアルフレドの生業なのだとはいえ、家庭を顧みない自覚はある。妻が多情な女性だから稼業にのめり込んだ一面もあれば、一方、妻はこれ幸いと気儘に過ごしているとも言える。
「お前な、あの女はやめておけ。俺にまでしなだれかかってきたぞ」
「はは。お爺様は格好良いですからね。商人の細君たちや農家のご夫人たちに大人気じゃないですか」
お金もたっぷり持っていそうですし、とは心の中で付け加えた。祖父の財産を正確には把握していないが、吝嗇ではない。連れまわし、迷惑をかけるアルフレドにも相応の報酬を与えてくれる。領地を巡るかタウンハウスでワインの売り込みに励むアルフレドには使う時間がない。増える一方なら妻に流しても良いだろう。
それにしても、妻は祖父にはあの祖母がついているというのに、よくも虎の尾を踏む真似ができたものだ。
「ぬかせ。その他大勢とは話が違う」
「気が多い女性なので」
初めから承知で結婚していると言うと、祖父は眉をしかめる。
「ううむ。家のしがらみで娶ったゆえ仕方がない部分はあるがなあ」
「貴族とは政略結婚をして地位を確立していくものですからね」
自分は貴族の三男だ。まだ一門を支える事業に携わることができただけ、僥倖だ。しかもそれが性に合い、お陰でこの祖父をして対等に扱ってくれる。自分は幸運の持ち主だと思う。
「お前は達観しているな。そんなだから、相手にされないのだぞ。もっと興味を持て!」
「お爺様こそ、ワイン造り以上の興味を持つことなどないじゃないですか」
「馬鹿者! ワイン造りほどに興味を持てなど言っておらぬわ」
出たよ、ワイン造り至上主義。
アルフレドは口には出さなかったが、代わりにため息をついたので、祖父にはなにが言いたいか分かったらしく、腕組みをして胸を張る。
「ワイン造りこそ我が人生を捧げるにふさわしい」
「お爺様らしい」
事実、ワイン製造に心血を注ぐ者は多いが全てが報われるとは限らない。とすれば、大成したと言っても良いだろう祖父もまた幸運の持ち主なのだろう。いや、彼にかかると強運といった方がしっくりくる。
「お爺様とひい爺様のお陰で俺もそんなワイン造りに首ったけになってしまったんです。家のことはそこそこにこなしますよ」
「むむう」
祖父と曽祖父のお陰でワイン造りに携わることができたのだ、と言いたいところが少し違ってしまった。祖父はそれで黙ったので、まあ善しとする。
他の手紙を開けて読み進めるうちに、アルフレドは眉根を寄せた。
「なにかあったのか?」
「俺、ちょっと王都に戻っていいですか?」
「女か!」
「だから、そこから離れろよ!」
跳びつくように言う祖父にうっかり素で返す。貴族連中の前でなくて良かった。祖父は伝説と称される曽祖父ほどではないが、信奉者が多い。当の本人は孫にぞんざいに扱われてもどこ吹く風というか、そちらの方が嬉しそうである。
ちなみに、うっかり父や兄ふたりの前でそんな風に扱っては目をひん剥かせること請け合いである。彼らは祖父に頭が上がらない。その分、アルフレドにお鉢が回って来るのだ。難儀な役回りである。
「最近、知り合ったルシエンテス侯爵のことでちょっと」
途端に祖父が酸っぱいワインを飲んだような顔つきをする。
「お前、女が煩わしくなって、ついに……」
社交界から遠ざかる祖父をしてすら、ルシエンテス侯爵の麗しさの噂は届いているらしい。
「恋愛から離れて下さい」
そうは言うも、アルフレドが首を突っ込もうとしているのはその恋愛問題だ。要らぬ世話であり、馬に蹴られてしまうかもしれない。
「ルシエンテス侯爵と言えば、あれだろう。なんとかいう詩人が絶賛して詠ったくらいの美男だというじゃないか。ま、まあ、道ならぬとはいえ、孫の恋だ。応援するぞ! 爺様も若い頃は紅顔の美童に言い寄られたものだ」
「いい加減にしてください。違いますから」
恐るべし、祖父。老若男女入れ食いだったのか。人は破天荒な者を好む向きがある。祖父の無茶苦茶ぶりに呆れつつも愛される魅力があるのだろう。
「とにかく、すぐに戻りますから」
「いや、こっちは気にするな。お前も友だちづきあいが必要だろうからな。それにそんなに美男なら、一緒に女でも引っかけて来い」
「ちょっとそこらで、くらいな気軽さだな! 相手は侯爵様、高位貴族ですよ」
「ふふん、恋愛なんてそのくらいの気持ちでいかなくてどうする。慎重になりすぎるから向こうだって身構えるんだ」
「それと不誠実とはまた違いますよ」
とはいえ、まめでなくては恋愛は上手くいかないという点は祖父の言う通りだ。
「あれ、だったら、ワイン造りばかりのお爺様はどうしてもてるんです? 恋愛に関してはまめまめしいのですか?」
祖父の友人知人に、祖父の消息を知らせる手紙をよく書かされる。大抵、彼の破天荒なエピソードで締めくくられる。みな、アルフレドが同行するようになって、その消息が知れると喜んでいる。なので、案外アルフレドは筆まめなのだ。某侯爵に返事が来ないのに三通も手紙を書いたくらいには。
「ふん、俺は放って置いても向こうから寄って来る」
あながち冗談ではないのだ。祖父に付き合ってあちこちを巡るアルフレドには良く分かる。
アルフレドはげんなりした表情を隠しもしなかったが、祖父はどこ吹く風だ。
ともあれ、アルフレドは王都へ向かった。人前に出たがらない侯爵に門前払いされるかもしれない、という危惧を抱きながら。
「アァルフレドォ!」
きっと巻き舌。
おじいちゃんはもてます。
ひいおじいちゃんはもっともてます。お亡くなりになりました。
後追いする者を防ぐために大騒ぎとなったそうです。
老いも若きも、女性のみならず男性までも失神者が続出したそうです。
貴族ってショックを受けると「ああ・・・」といって倒れますしね。
そんなおじいちゃんとひいおじいちゃんは
一緒に土いじりも家畜の世話もする孫(ひ孫)が可愛くて仕方がありません。
あちこちで孫(ひ孫)の話ばかりしていたので、
信奉者たちには「可愛いアルフレド卿」のイメージが刷り込まれています。
(そこにつけこんでワインを売り込むなんて、やり手ですよね)