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4-12

 



 事がそれなりの決着を迎えるのを待って、エリアスは行動を起こした。


「わたしは守る者を得た。人面瘡を抑えることができなかったら、守るべき者の手を汚させることになるかもしれない。それを見過ごすわけにはいかない」

 友や使用人、そして自分を殺そうとした人間のために、エリアスは心を決めた。


 セフェリノの魔法を大量に食らった人面瘡はあまり空腹ではない。

 だから、あれ以来、なにも与えていない。

 そこへセブリアン・ワインを与える。毒が混ぜられたものを。

 テオに筆記で用意させた。顔色を変えたが、エリアスの瞳に真剣さを読み取ってすぐに用意した。


 初めは長ずるにつれてこの瘡を使いこなしてやろうとした。これは弱みではない。切り札だと思おうとした。しかし、どう思おうとも弱みになるとも知ってもいた。

 友と出会い、驚いたものの受け入れられた。だから、自分もそうすることができた。その時、本当に単なる切り札となったのだ。

 そして、様々な出会いがあり、心を揺さぶられ、楽しむことを知り、大事なものが出来た。そのためなら手放しても良い。


 人を遠ざけた私室の寝台にひとり座り、セブリアン・ワインを開封し、左手に注ぐ。すぐに味わい深い好物を一滴も零すまいと甲に刻まれた深い皺が蠢く。

 人の致死量が超える毒が混入されたワインを収めていく人面瘡を、エリアスは冷静に眺めた。


 ふいに、未だかつてない激痛を感じて、数瞬間、意識を失った。すぐに痛みで現実に引き戻される。

 寝台の上でのたうちまわる。

 体中を引き絞られるような感覚に襲われ歯を食いしばってやり過ごす。かと思うと、鋭い針であちこちを突き刺される鋭い痛みとそれに伴う冷や汗、痙攣に身体を何度も跳ねさせる。火で焙られる灼熱の痛みを感じる。

 息が荒くなり咽喉が干上がる。体力は見る間に失われて行く。


 手袋を外した左手の皺もまた、抗うように大きく波打っていた。時折、詠唱がなされ、室内に小さな雷鳴が轟き、調度品を壊していく。騒々しい音が聞こえるが、人払いをして入ってこないように厳命している。


 人面瘡が死ぬのが早いか、エリアスが果てるのが早いか。


 我慢比べはひと晩中続いた。

 やがて、カーテンの隙間から朝日が差し込んできた。


 ふたたび気絶していたことに、目が覚めてから気づく。汗みずくで衣服が身体に張り付き、気持ちが悪い。体中が冷えている。体内の水分と共に体力を失っている。エリアスはのろのろと顔を上げた。手を持ち上げて水差しから直接水を飲む。その逆の手が視界に入る。右手の甲と同じく滑らかだった。


 ない。

 瘡がない。

 人面瘡はもちろん、皺すらなかった。


 エリアスは安堵のため息をついた。そして、その乱れた姿のまま眠った。今度は気絶とは違う。昼前に執事が様子を見に来た物音で目が覚めた。

 無言で左手を差し出すと、驚き見つめ、跪いて両手に取り、さめざめと涙を流した。


 後に、セフェリノもエリアスや師と相談し、その左胸に皮膚の移植手術を行う。魔方陣は封じられた。こうして、古の魔法の継承者は潰えた。

 ルシエンテス侯爵家の当主とその後継者候補は不可思議な力を手放すこととなった。


「わたしたちは互いに化け物を身に飼っていた。今度は自身の知識で、力で、様々なことをしてみよう。君はわたしの後継だけれど、同じことをする必要はない。自身の道を見つけると良い。わたしは君がどんな道を歩むのか、楽しみにするとしよう」

「はい」

 人智を超えた力に翻弄されつつ、抗い、自身の力で立つことを選んだふたりは、それぞれの道を行く。




 セフェリノはルシエンテス侯爵の後継となった。下町を始めとする親のない子や育て親に難がある子供の保護する事業を行った。


 パメラとカブレラ子爵はエリアスの両輪となり活躍した。


 エリアスはアルフレドともベニート夫妻とも、テルセロとも親交を続けた。


 セブリアン伯領へ差し向けられたルシエンテス侯爵領の人員は病害虫駆除が終わった後、今度はカブレラ子爵領へ派遣された。その地では過去、多くの餓死者が出て人手が足りないという。その計画を知ったアルフレドとその祖父は同行した。正確に言うと、率先してカブレラ子爵領の農地再生を手伝った。

「やれやれ、これで本当にルシエンテス侯爵とアルフレド卿には頭が上がらない」

 そう言いつつも、貴族らしからぬ三人は今日も今日とてカブレラ子爵領を巡っている。


「それで、ぶどう畑も作って良いのだな?」

「お爺様、他領ですからね。まずは飢えないための農業ですからね?」

「むう。では、早いところ余剰を作れるようにしなければならんな!」

「ははは。ロランド様にかかっちゃあ、カブレラ子爵領もぶどう畑だらけにされちまわあ!」

「そうなったら、俺らはここでもワインが呑めて願ったりかなったりだがね!」

 ルシエンテス侯爵領からセブリアン伯領を経てカブレラ子爵領へと送り込まれた人員はすっかりアルフレドとロランドに馴染んでいる。彼らから事あるごとにルシエンテス侯爵のことを聞かされているので、うちの領主様はすごい、という認識を持つに至っている。


「そのうち、セブリアン領にもうちのティーハウスをオープンさせたいと思っている。いつかはカリブレ子爵領にも出せると良いな」

 時折報告がてら会うエリアスはそんな風に言う。


 感無量だ。

 きっと来る。今は食べることで精いっぱいだけれど、いつかはそうやって茶を楽しめるような日が来る。ロランドが言うように生きるためだけでなく楽しむためのものを作ることができる日を目指すのだ。そうするために、カブレラ子爵は全力を尽くそうと思う。


 明るい先が見えた気がした。




 ルシエンテス侯爵は最期の時を迎える際、多くの友、美しい女性が彩った半生を振り返り、こう話したという。

「わたしは多くを愛した。この恋心はかけがえのない存在、友や領民、そしてわたしの友が庇護する民にも等しく向けられている。わたしの真心は彼らを通じて、方々へ伝わって行くだろう」

 それは巡りめぐってゆく。




 恋多きルシエンテス侯エリアス、その麗しい笑みはあなたのものでもある。







以上を持ちまして、

「化物を身に飼う侯爵は、麗しく笑う」は完結しました。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。



※参考資料

「江戸奇談怪談集」 須永朝彦 編訳 ちくま学芸文庫

「世界怪奇残酷実話」 牧逸馬 河出書房新社

「呪歌と説話———歌・呪い・憑き物の世界———」 花部英雄 三弥書店



結局、侯爵の周囲にはアルフレド、ロランド、セフェリノ、カブレラ子爵、パメラ

・・・男性ばっかり!

なんでこうなった!

いや、これから、これからですよ。

左手の瘡を消したのだから、浮名を流すことでしょう。


第一、なろうで新規作成する際、恋愛ジャンルの中の選択肢が選びようがなかったので、

(オフィスラブ、スクールラブ、悪役令嬢、悲恋、古典とかそんなくらいでした)

「悲恋」なんですよね、この作品。

「そして、女性はほぼいなくなった」状態の悲恋ですね、わかります。


振り返ってみれば、本作は

・コミカル

・もふもふ

・可愛い

以上三点がどれも入っていません。

書きにくいはずだよ!


三点セットを踏まえた話を妄想しておくことにします。

駄々こね侯爵ももふもふには敵わないんですね、わかります(妄想中)。

魔法を使える人面瘡よりも、

役に立たないもふもふに侯爵が振りまわされている方が楽しいです(本音)。

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