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ルシエンテス侯爵のティーハウスがオープンした。
王都の貴族街の一角を皮切りに、あちこちで開店された店はそれぞれ特性を持つという。
プレオープンに招待された客たちは楽しみにこの日を待っていた。一か所でも素晴らしかったが、様々に雰囲気を異にする場所というのも面白い趣向ではないか。
ロブレド侯爵は先だって共にテーブルを囲んだ老婦人のひとりに誘われ、オープン当日に足を運んだ。最近では社交界に顔を出すのも億劫になっていたが、こうして出かけて見ると気分が晴れやかになる。
「実はね、今日はわたくし、ルシエンテス侯爵様じきじきに招待されておりましたの」
「あら、そうですの?」
エントランスでプレオープン時に同じ席を囲んだ者たちが集まって案内されるのを待つ。
「孫に読み聞かせをよくすると話したのを覚えてらしたようで、今日、絵本の朗読をしてくれないかと仰るのよ」
「まあ、素敵!」
「それでね、優先的に席に案内してもらえるそうなのだけれど、みな様もご一緒に」
「あら、良いのかしら」
「でも、夫人はいわば賓客ですものね」
「同席者も余禄に預かりましょう」
エントランスでは整理札というものが配られ、開店時に着席できなかった者は時間を改めてくれるように店員が説明している。
それらを見て、自分たちはすぐに案内されそうだと、内心胸をなでおろしていた。
「盛況ですものね」
「それにしても、整理札とはよくよく考えられておりますわね」
「そうね。どんどん人が集まって来ますもの。みながみな、エントランスにすら入りきれませんわ」
「きっと、今後は使用人を寄越して整理札を得て、悠々と指定された時間にやって来ることになりますわね」
また、だからこそ、待たされることを無下に扱われたように思い、自身を特別扱いして当然だとする貴族たちも足しげく通うことになる。整理札係りという肩書の使用人が一時期できたくらいだといわれている。
貴婦人たちとロブレド侯爵はホールの奥まった席に案内された。
全員が着席し、噂を聞きつけたのか、中にはまだ十にも満たない少女も座っている。初めての場所で大勢の者が集まっているため、やや緊張気味である。
給仕たちが各テーブルを回り、注文を取る。
そんな中、店員が奥の壁際一段高くなった場所にある書架の前に椅子を設置した。脇に立ち、声を張る。
「みな様、長らくお待たせいたしました。当ティーハウスの総支配人、ルシエンテス侯爵よりご挨拶をさせていただきます」
自然と拍手が起きた。その中を優雅な足どりでルシエンテス侯爵がやって来る。
店員に軽く頷いて見せ、ホールに集まった客に向けて恭しく一礼して見せる。拍手がより一層大きくなる。
泰然と立ち、婉然と微笑む。
発言を予感して、拍手が止む。手を挙げた訳でもなく、笑みひとつで場を支配した。
「本日はご来駕の栄誉を受けまして、ありがとうございます。このように多くの方々にご愛顧いただき、大変嬉しく存じます。今日はオープンということもあり、特別な催しを用意しております。カルデラ伯爵夫人による、当ティーハウスの絵本の朗読です。カルデラ伯爵夫人、どうぞよろしくお願いいたします」
ルシエンテス侯爵は最後の言葉を近くのテーブルに座った老婦人に向けて言う。
ふたたび客たちは手を叩いた。
カルデラ伯爵夫人が少しぎこちない様子で壇上の椅子に座る。ルシエンテス侯爵が書架から絵本を一冊抜き出して夫人に渡す。
その間に、給仕たちは注文された品を配る。
得も言われぬ茶の香りに包まれ、朗読が始まった。
初めは少々硬い調子だったが、話が進むにつれてスムーズに流れだす。特に、見知らぬ場所に連れてこられた少女たちは茶を飲む間もなく聞き入った。その母親たちは茶を飲みながら口をぽかんと開けるあどけない様子を微笑ましく眺める。
カルデラ伯爵夫人の朗読が終わった後、大きな拍手が起きた。給仕たちは素早く動き、ティーポットに湯を足して回り、空になったティーカップに茶を注ぐ。中にはあらかじめ色んな茶を楽しみたいからと言って、少なめに注文していた客は早速次の茶を頼んでいる。朗読の余韻を茶を飲みながら味わう。
ざわつくホールの中、カルデラ伯爵夫人は同席者たちから賞賛の声を受けた。
「素晴らしかったわ」
「実は、前日に一度リハーサルをさせてもらっていたの」
その前に絵本を借り受け、練習を重ねたのだという。
「流石に突然、大勢の前でやる度胸はなくてよ」
「あら、でも、堂々たるものでしたわ」
「ええ、本当に。聞きほれましたわ」
「そう言えば、ロブレド侯爵様は重厚な雰囲気のティーハウスにも足を運ぶと仰っておられましたわね」
「他にも室内楽が楽しめる場所や国内だけでなく外国の新聞を取り寄せたティーハウスがオープンするらしいですわね」
「みんなで全制覇しましょうよ」
「まあ、楽しそう」
「でも、ロブレド侯爵様、難しい本の読み聞かせはお止しになってくださいませ。わたくし、うっかり寝てしまいそうよ」
「あら、でも、案外ぐっすり眠れてしまうかもしれませんわね」
「いやだわ、ルシエンテス侯爵様のティーハウスでそんな失態を犯したくありませんわ」
「ねえ。恥ずかしいわ」
きゃっきゃと楽しそうだ。
コレクター気質と似たようなものか、ルシエンテス侯爵家のティーハウスを制覇しようとするものが出て、男性の場合、可愛らしい雰囲気の場所に行って肩身が狭かったと笑い話にもなった。今度連れて行ってくださいませ、と女性が声を上げ、紆余曲折を経て恋が成就したとか。いつの間にか、ルシエンテス侯爵家の「恋の成就するティーハウス」という噂が流れた。
「上手くいっているな」
奥に引っ込んだエリアスを迎えたのはアルフレドだ。祖父は領地へ戻って行ったが、婚約者の家と結婚の話を詰めたり、なにかと忙しいアルフレドは王都に残っていた。折角だから、オープンも手伝おうと申し出てやって来ていた。
アルフレドの言葉にエリアスは頷いてホールを振り返る。客たちが喫茶を楽しむ様子と給仕がきびきびと働くのを眺めて安堵した。
「はい。カルデラ伯爵夫人のお陰で、良い雰囲気です」
このティーハウスの支配人が催しを実現させたエリアスを婉曲に褒める。
「従業員も素晴らしい働きをしている」
「ありがとうございます」
アルフレドの言葉に支配人が顔を綻ばせた。
「少々、評判を取りすぎた。しばらくは大勢の客を捌くのは大変だろうが、頼む」
エリアスが支配人に向けて言う。
整理札は開店後間もなく配り終えた。その後から来た客にひたすら頭を下げることになる。だが、今後は貴族のすることだから、使用人を寄越して番号の書かれた札を得て、振り分けられた時間帯にやって来るだろう。たまに飛び入りで強引な客がやって来ることもあろうが、そういうために「特別席」も設けてある。
「かしこまりました。誠心誠意、務めさせていただきます」
「ああ、期待している」
元々はエリアスの代理人としてあちこちへ出向くことの多い男だった。準男爵で領地を持たず、裕福でもなかったが、その分、働く気力があり、あれこれと学ぼうという姿勢を高く買っている。
彼の尽力のお陰で商人たちとも繋がりを得た。従業員たちへの教育も素晴らしいし、実に得難い人材である。
最近、アルフレド、パメラに続いてカブレラ子爵の力を借りることができるようになった。その彼らは口を揃えて言っていた。
ティーハウスのオープンに合わせて、なにかを仕掛けてくるだろうと。だからこそ、アルフレドは心配してこうして手伝いを申し出たのだろう。
そして、予想は的中する。案内人が足早にエリアスと支配人の下へやって来た。
「恐れ入ります。こちらに番号札をお持ちではない方が起こしです。「特別席」へお通ししてもよろしいでしょうか?」
「まずはどちら様がお出でかを聞こうか」
支配人が肝心なことを告げていないと言うのに、案内人は自身が慌てていたことを悟り、頭を下げた。
「それがその、アゴスト侯が最近巷で有名な占い師を伴ったので、オープンを祝うのにぜひ占いたいと」
支配人が口を開く前に答える。
「「特別席」へご案内を。わたしもご挨拶しよう」
エリアスは麗しく微笑んだ。




