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若木のようなすらりとした佇まい
気品ある瞳、その眦は恋を含む
鼻梁は美しく孤高に他を寄せ付けず
白く滑らかな頬、首筋は匂いたつよう
招待客はみな、当代随一の詩人が詠った詩を思い描いた。
どんなに華美な装飾をした貴婦人よりも、艶やかな佇まいである。
奥まった席に歩み寄って立ち止まり、座らずに招待客を見渡す。そして、麗しく笑む。
「このたびは高貴なみなさまにお越しいただき、恐悦至極にございます」
玲瓏と鼓膜を響かせる声に、しわぶきひとつ起きず、みなが耳を澄ませた。
「ルシエンテス侯爵家の新しい試み、ティーハウスをオープンすることが叶いました。つきましては、見識の高いみなさまに先んじてぜひ目で、舌で、鼻で楽しんでいただきたいと存じます。今日のこの日にお目見えできたこと、この上なく感謝いたします」
エリアスが一礼した後、一拍置いて、拍手が起きた。
どうしてこんな堂々とした立ち居振る舞いの麗人が人嫌いとして社交界に顔を出さないのか。どこか秘密めいた事柄は人々の気を強く惹く。その人がすることを見聞きさせてくれて、自分たちの方こそ、今日この日、この席に座ることができたことを感謝した。
「感じられたこと、思われたことを忌憚なく給仕にお伝えください。今後に役立たせたいと存じます」
そう締めくくったルシエンテス侯爵は高い技術力と良質の素材で高速船を造っただの、茶葉を直接遠方国から仕入れてきただの、食器がどうだの、そういった自慢めいたことはひとつも言わなかった。
ただ、足労を感謝し、意見があったら取り入れたいという。
素晴らしく謙虚で前向きな姿勢が、居並ぶ者たちに好意的に映った。
また、そういった諸々の事柄はすでに噂で出回っていたし、侯爵が言うとおり、これから自分たちの五感で味わう。
テーブルに運ばれてきた優美な曲線を描く陶磁器はぽってりと柔らかく照明の光を弾いた。
「まあ、この茶器! スプーンも陶磁器ね」
スプーンの絵にも茶器と揃いの絵柄がある。
白地に赤や薄紅、黄色といった鮮やかな花が咲いている。
女性と一部男性の前には優美な茶器が、残る男性の前には絵柄や装飾の少ないシンプルだが品の良い茶器が置かれた。
招待客の趣味に合わせた給仕だ。アルフレドの情報網をして、それぞれの好みを把握することができたからこその濃やかな心遣いだ。
目ざとく気づいた者は心から感心し、後にこのティーハウスの心づくしを方々で話した。
「今日は一か所のみだが、王都で次期をすこしずつずらして数か所オープンするそうだね。それぞれ雰囲気と趣向を変えたものだとか」
「まあ、すべて行ってみたいですわ」
「では、ご一緒にどうですか?」
「ぜひ!」
高揚した客たちは各テーブルでそういった会話をした。
「あら、各テーブルに空席がございますのね」
「こちらは、ロランド卿やアルフレド卿、そしてわたしがみなさまにご挨拶に回るためのものです。わたしが座ってもよろしいですか?」
「きゃあっ」
「ル、ルシエンテス侯爵様!」
「どうぞ、どうぞ、お座りになって!」
白髪を上品に結い上げた普段は落ち着いた老婦人たちが小娘のように黄色い声を上げてエリアスを歓迎する。
さり気なく出席者の衣装を褒め、茶のことを話す。ひとわたり言葉を交わした後、エリアスはロブレド侯爵に微笑みかけた。
「先だって公爵家の夜会でお会いしましたが、覚えておられますでしょうか」
「もちろんですとも。いや、そのお若さで書に造詣が深く、感服いたしました」
「恐れ入ります」
エリアスはいくつかオープンさせるティーハウスのひとつが雰囲気を重厚なもので、書架があり、客に自由に書を手に茶を楽しんでもらいたいと考えていることを話した。
「それは長居をしてしまいそうですな」
「そのために、レストルームを広く美しくしております」
客の回転数を上げて利益を出すところか、長居をしやすくしていると話すと老侯爵は面白げに笑い声を上げた。同席した招待客が気難しいと言われるロブレド侯爵のいつにない楽しげな様子に驚き、そして自分たちも浮き立った。長い年月を社交界で付き合ってきた、同志めいた連帯感が出来上がっている。
「柔らかい色調で可愛らしい雰囲気の店もございます。そこには国内や外国の絵本などを置こうと思っております。読めなくても、挿絵を眺めるだけでも一興かと存じます」
婦人たちに向けて言うと、各々頬を染める。
「まあ、楽しそう」
「孫を連れて行ってみようかしら」
「ぜひお越しください。焼き菓子や花茶という湯を注ぐと花開くものなど用意しております」
「他にはどんなものがございますの?」
人嫌いというのはなにかの間違いだろうと思わせる朗らかさで、ルシエンテス侯爵は応対した。
ロランドもアルフレドもあちこちで引っ張りだこである。
ベニート子爵夫妻やテルセロも上質な茶を飲みながら、他の招待客と会話を楽しんでいる。彼らには招待客の様子や感想などによく耳を傾け、後で伝えてくれるよう依頼している。
エリアスは途中でふたたび、奥の自席の隣に立つ。執事テオが恭しく銀の鈴を鳴らす。涼やかな音に引き寄せられるように招待客の視線が集まる。
「ご歓談中、失礼いたします。既にご承知おきの方も多いと思いますが、ティーハウスのオープンに骨折り下さった方々を紹介させてください。まずは、セブリアン前当主ロランド卿」
エリアスに呼ばれたロランドは、さっと立ちあがった。老境にあっても若々しい動作である。
胸に片手を当て、恭しく一礼して見せる。
わっと歓声が上がり、拍手が巻き起こる。
「そして、その御令孫アルフレド卿」
接客でテーブルについていたアルフレドも立ちあがり、一礼する。
「そちらのアルフレド卿は慶事がございます。先だって婚約し、良き日を選んで結婚の運びとなる予定です」
どよめきが起こり、ふたたび拍手される。
アルフレドの前の妻が多情であり外聞を憚る不始末を何度となく引き起こしていたのは周知である。だが、素晴らしい場に高揚した招待客からは純粋な祝賀の声が上がる。
人は同調しやすく、良い雰囲気の中では好意的に受け止められることが多い。ティーハウスの噂と共に、アルフレドの再婚は喜ばしいこととして話されることだろう。
打ち合わせにない発言をしたエリアスに、アルフレドは内心冷や汗をかきながらも、温かい拍手に辞儀を返した。
エリアスはこうなることを計算して話したのだと察する。
婚約したロレナにも噂が付きまとっていた。けれど、これで歓迎された。アルフレドはエリアスに大いに感謝した。




