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4-3

 



 人はすべきことが多いと時間の流れが遅く感じられるという。立て続けにあれこれ印象に残ることが起きる場合も同じである。

「あっという間だな」

「間に合って良かった。忘れていることはないな?」

 すっかり、主催者然としたアルフレドが鼻息荒く、プレオープンしようというティーハウスの店舗のエントランスで腕組みする。要所要所にルシエンテス侯爵家の家紋が入った上品な内装である。


「君には感謝しているよ、アルフレド」

 対するエリアスは腰掛けて優雅に脚を組んで、落ち着き払ったものである。


「なんだ、急に」

「プレオープンに漕ぎつけたのは君がいてくれたお陰さ」

 膝の上で手袋に包まれた両手を組む。この姿を見るだけでも、プレオープンに参加して良かったと思わせしめよう。


 淡いブルーグリーンのパステル調の色彩のスーツがダークブロンドとエメラルドの色彩を持つ若きルシエンテス侯爵の瑞々しさを強調する。全体的に細身のコートは金糸で花柄が縁取られ、袖からは繊細なレースが覗く。


「まあな。爺さんを正装させるのも連れてくるのも並大抵の苦労ではなかったさ」

 真正面から礼を言われて照れくさいのだろうアルフレドが、わざと顔をしかめてそう言う。


「なんだ、わしの悪口か!」

 奥からのっしのっしとセブリアン前当主ロランドが現れた。コート、ウエストコート、ブリチーズという貴族の正装を着せられている。大柄で筋肉が衰えていないから、威圧感がある。

「お爺様、クラバットをそんなに緩めないでください。農作業の時に首に巻くタオルじゃないんだから」

 容姿の持ち主で、黙って立っていれば威厳溢れる人物であるが、アルフレドの言うとおり、クラバットを外れんばかりに緩めている様は少々緊張感を削がれる。


「絞首刑受刑者みたいじゃないか!」

 あんまりな言い様に、流石のアルフレドも絶句した。

「結び方を変えましょう」

 エリアスは執事に視線を向ける。軽く会釈した執事テオがロランドに近づき頭を下げる。

「む、頼む」

 貴族にしては、力を借りる際には使用人にも礼を尽くす。そういう人物だからこそ、正装を窮屈がるようなところがあっても、好ましく思われるのだろう。

 ルシエンテス侯爵家の有能な執事は素早くクラバットを緩めに巻き、型が崩れないように結び目を整えた。

「いかがでしょうか」

「うむ! これならばそこまでは苦しくない!」

 テオも身長が高い方だが、ロランドは大柄で、背を丸めていたのを伸ばす。


「手数を掛けるね」

「いいえ、お気に召してよろしゅうございました」

 ルシエンテス侯爵家に通ううちにすっかり馴染みとなったアルフレドがテオに気さくに声を掛けると、万事弁えた執事も微笑んだ。才能あふれる主が、けれど、唐突な災難に遭い、難儀していた。それになにかと力を貸すアルフレドを、テオは丁重に遇した。


「お時間より少し早いですが、大勢の方々がすでに外でお待ちです」

「そうか。では、迎え入れようか。手はず通りに」

 言って、エリアスは立ち上がる。

「ロランド卿、今日はよろしくお願いします」

「うむ、任された」

 軽く握手をして笑い合う。


 ロランドはすっかりエリアスと意気投合している。ルシエンテス侯爵家のティーハウスのプレオープンに迎え入れる側で出席して欲しいという依頼を面白がり、ぶどう畑をエリアスが送り込んだ人員に任せて王都まで出向いた。

「彼らは職にあぶれた者とはいえ、情熱を持って働いてくれているぞ!」

「成果を出した者にはワインの試飲を許しているんだ。ついでにこちらも感想を貰う」

 細民窟の者もいて、目を盗んで怠けるかと思いきや、聞いたことしかないセブリアン・ワインが飲めるとあって励んでいる様子だ。相変わらず、アルフレドはなかなかどうして抜け目がない。


 エリアスが奥へ移動したのを見送ったテオがドアマンに合図する。扉が大きく開かれた。

「みなさま、大変長らくお待たせいたしました。招待状をご提示ください。お席にご案内します」


 本来、使用人たちが客を迎え入れ、ホストはサロンで客の挨拶を受けるが、今回はプレオープンに招待している。そういったことから、ロランドが使用人と共にエントランスに立ち、客に挨拶しようと申し出た。ならば、とアルフレドも応対に立つことにした。


「おお、なんとか子爵。ええい、面倒だな。エミリオ卿、久しいな!」

「はっはっは、相変わらずだな、ロランド卿」

「おや、ロランド卿が迎え入れてくれるなど、来た甲斐があるというものだ」

 社交界に顔をあまり出さないのに人気者であるセブリアン前当主が出迎えたとあって、我も我もと知人友人が押し寄せる。なにせ、いつも領地に引っ込んでぶどう畑を回っているので、いつまた顔を見られるか分からない人物なのだ。そんなロランドがセブリアン・ブランドを店に出すからといって、あのルシエンテス侯爵のティーハウスのプレオープンの招待状を送って来た。


 ルシエンテス侯爵家の、というだけで興味津々である。

 その上、席数が限られているから、もし、出席できないようなら早めに返信を、と婉曲な表現で書かれていた。つまり、欠席した場合は自分に用意された席には他の招待客が座るのだろう。自分が二番手の誘いでなかった優越感と、ロランドが招待者側であるというのだから、出席しない選択肢はない。


「失礼、子爵に男爵。ご歓談のお時間は後ほどお取りします。今は後ろがつかえておりますので」

 子供のころから可愛がっているロランドの末の孫が礼儀正しく、しかし毅然と促す。

「アルフレド卿! 今日もお爺様の面倒見か。君も大変だな」

「アルフレド卿のご苦労になってはいかん。さ、子爵、席に案内されましょう」

「ありがとうございます。後で祖父が席を回ります。そのために、各テーブルには空席を作っております」

 晩餐や茶会で席を立つことは礼儀作法に則っていない。にもかかわらず、給仕よろしく歩き回るという。だが、それも破天荒なロランドらしく思えた。

「面白い趣向だね」

「ぜひ、同じ席で祖父のワイン話に付き合ってください」

 なるべく多くの者がロランドと話すことができるようにという気配りなのだと察し、無礼と不快に感じるのではなく、心憎いと受け取る。


 アルフレドはその案をエリアスから打診された際、ティーハウスなのにセブリアン・ワインの宣伝で良いのかと聞いたが、足を運んで満足して帰ってもらうのが第一だと悠然としていた。ルシエンテス侯爵家のティーハウスは居心地が良かったと思ってもらうのが最優先だ。


「それは楽しみだ」

 エリアスの思惑は的を射ており、既に客は嬉しげである。

「ロランド卿が他に行っている間はアルフレド卿がお相手してくれると嬉しいね」

「わたしも子爵や男爵とお話できることを楽しみにしております」

 そんな風にして、エントランスで名物貴族とも言える人物の出迎えを受けた招待客はそれだけで度肝を抜かれたり、満足して席に向かう。


 女性たちは鮮やかな色味、織柄の絹織物にレースやリボン、造花などで飾り立てていた。女性はガウンとペディコート(スカート)、三角形のパネル状のストマッカーが典型的な正装である。

 注目の的のルシエンテス侯爵の新しい試みに真っ先に参加できる切符、招待状が届いた時から衣装の用意に腐心した。

「わたくし、高揚しすぎて昨晩はあまり眠れませんでしたわ」

「わたくしは今朝早くに眼が覚めてしまって、支度を早々に始めてしまいましたわ」

 貴婦人たちは同じ席についた者たちとさざめき合う。


 そして、全ての客が着席した後、ルシエンテス侯爵の登場だ。

 あちこちでため息やどよめきが上がった。



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