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※本日四回目の更新です。

 ご注意ください。


 



 二度あることは三度目あると言う通り、ルシエンテス侯爵に出した三通目の手紙には返事すら来なかった。手配したばかりだからタイミング的にまだ手元に届いていないだけかもしれない。


 けれど、自分は運が良い。

 ひょんなことから面会することが叶った。


 情報を集めたところ、爵位を継承したルシエンテス侯爵は全く人前に出ない。そして、光には影が生じるように、彼には噂がまとわりついた。


 貴族は労働をしないことを良しとしている。事業も大抵は部下に任せる。アルフレドや祖父ロランドは稀な部類だ。そんな貴族連中は常に娯楽に飢えている。貴族同士の噂話など格好の餌食だ。


 新侯爵が顔を見せないのは理由があるはずだ。でなくば、詩人にあれほど麗しいと褒め称えられたというのに、不可解ではないか。時間を潤沢に持つ貴族たちは、なんでも面白おかしく噂した。ルシエンテス侯爵の不在がまたそれを増長させた。


 祖父と共に伯爵領のワイン造りに奔走するアルフレドは忙しく、どれほど時間があっても足りないくらいだ。友人らにもっと夜会に顔を出せと言われるほどに。だから、噂に興じる貴族たちがある意味羨ましくもあった。

 時間を金で買えるならそうしただろうに。貴族とは美々しく装いつつ、内情は火の車というのは良くあることだ。きっとあの子爵やその男爵から買えただろう。


 アルフレドはワインの販売にも関与していたので、貴族の懐事情に詳しい。ルシエンテス侯爵が爵位を継ぐ前から事業を手掛け成功を収めていることも知っていた。貴族らしく実際に動くのは部下だ。その手腕が素晴らしく、気難しいところのある祖父を唸らせていた。


 祖父は従属爵位を父に継がせるのではなく、伯爵位を譲り渡した。ごく稀なことで、相当強引な手段を用いたと本人から聞いている。


「私は死んだことにして良いですぞ」

「やれ、またそういう無茶を通そうというのか、ロランド卿は」

「そんなことより、陛下、新作のワインをご賞味ください」

「そんなことよりとは。重要なことぞ。……うむ、美味い。さすがはセブリアン伯領のワインだ」

「ささ、チーズも持参いたしましたぞ」


 そんな風にして通してしまったのだ。共にいきさつを聞いた父は頭を抱えていた。

 さもありなん。

 子供のころから祖父に連れられて領地のあちこちへ行っていたアルフレドからしてみれば、あり得る話だと思う。


「ふん、まいないとは受け取らせることが肝心だ。それすらできないやつがぴーちくぱーちくとうるさいものなのだ」

 祖父は腕組みして顎を上げてみせたものだ。尊大である。

 セブリアン家がなるべく清廉であれるように努めろと、父から厳命されている。自分が出来ないことを息子に押し付けないでほしいものだ。


 それでも、上の兄ふたりよりも、なんなら父よりも祖父の扱いには慣れている。そんなのは全く嬉しくない特技だが、セブリアン一家の中ではこれは中々の力を発揮する。おかげで、三男ではあってもそこそこの発言権があった。祖父も息子や上の孫ふたりよりもアルフレドと話が合うから耳を貸す。あの人はワイン製造に情熱を注いでいる。アルフレドもそうなので話が合うだけだ。


 アルフレドが祖父についてワイン製造に携わったのは、初めは逃げからだった。そうなる少し前、社交に精を出していた父に連れられて行ったルシエンテス侯爵の茶会で粗相をした。そこで感じた恐怖から逃れたいと思ったから、貴族を相手にするのではなく事業に興味を持った。


 その新たなルシエンテス侯爵が化け物侯爵と一部の貴族の中で称されている。事業で手痛い目を見た者たちが、財を成す侯爵に対するやっかみから言い出したとも言われている。

 けれど、化け物という言葉はアルフレドの過去の失態への罪悪感を刺激した。

 子供であったとはいえ、相手も子供だ。周囲もそうだった。もっと自制して配慮すべきだった。

 侯爵令息は引きこもってしまったという。それでも、年頃になれば社交界に顔を出すだろうと思っていた。その際には謝罪して、できれば友情を結びたいと思っていた。


 セブリアン家はそれなりに由緒はあるし、事業も軌道に乗っており、子爵や男爵の爵位をいくつか持っている。ゆくゆくはそのひとつをもらい受けて一門の末席で事業を推し進めていくのだろうと考えていた。身分に隔たりがあるが、侯爵も成年となる前から事業に参加しているそうであるし、そっちのことで話は合うだろうと思っていた。

 なのに、侯爵子息はいっかな社交界に顔を出さず、果ては、侯爵となっても人前に出なかった。

 アルフレドは焦った。


 送った手紙には流麗な筆跡で返答があった。内容は儀礼的なもので、面会はやんわり断られた。

 やきもきする日々が続くも、アルフレドもそうそう時間を取れない。祖父が爵位を息子にぶん投げるようにして譲り渡したのも、ある意味頷ける。貴族同士の付き合い、つまりは社交のために時間を割かれると、自然という脅威を相手にするアルフレドたちからしてみれば、面倒に思える。これもワインを売り込むついでだとばかりに、王都で社交の傍ら新たな販路を探している頃、幸運が舞い込んできた。


 その日は方々へ手紙を書き、強ばった身体をほぐそうと気分転換に出かけ、ワインとチーズを楽しむために今日焼いたというパンを買い求めてきた。

 ぬくく良い香りを漂わせるパンというのは人を幸福な気持ちにさせる。

 明日の分も合わせて多めに買ったパンを抱えて歩いていると、三通目の手紙を出したばかりの侯爵の紋章を持つ馬車とすれ違った。思わず足を止める。仕立ての良い馬車に注目したのは自分ばかりではなかった。


 ルシエンテス侯爵の事業は軌道に乗っている。辣腕を振るう部下たちは精鋭揃いと聞くが、御者は経験が不足しているのか、貴族街の端は子供らの格好の餌食となることを知らないのだろう。付け入る隙を与えて取り囲まれてしまった。

 庶民のあしらいや文化に縁遠い者なのかもしれない。御者はまごついていた。

 あのままでは子供らは無分別に馬車の扉を開けてしまいかねない。そうなれば、中の侯爵家の縁の者も、子供たちも双方が厄介なことになる。


 アルフレドは声を掛けて手を貸した。

 結果、パンを手放すことになったが、まあ、良い。子供らが飢えるというのは、セブリアン伯爵領でなくても見ていて切ないものだ。

 そして、そのアルフレドの慈悲こそが望んでいたルシエンテス侯爵との面会を引き寄せた。


 エリアス・ルシエンテスは噂以上の容姿をしていた。

 妖姿媚態。

 女性に用いる言葉だが、人を惑わす美しさだ。

 これほど見目優れた者ならば、いながらにして人気者になる。貴族とはたおやかなもの、美しいものを殊の外好む。男性でも夜会では優美で華やかな衣装を身に付ける。

 なのに、侯爵は人目を避ける。

 麗しい侯爵は、まさしく笑みを唇に乗せるという言葉がしっくりくる外見だった。


 その侯爵から曽祖父や祖父のことだけではなく、自身のことについても言及され、どぎまぎする。

 アルフレドは意を決して謝罪を口にした。

 しかし、侯爵はアルフレドの失態を覚えていなかった。おそらく、子供の頃のアルフレドのような人間はありふれた存在なのだろう。


 そのころはまだ爵位を継いでいなかった幼い次期侯爵に、ひどいことを言ったのは事実だ。

 見間違いだったかもしれない。けれど、あれは動いていたように思われたのだ。

 でも、だとしても。


 その後、ひとりの人間の行く末に大きく影響を与えるような不始末をしでかした。たとえ怖かったのだとしても、アルフレドがひとりで勝手に怯えていれば良かったのだ。幼いエリアスは両手に手袋をはめていた。隠したかったということだ。なのに、貴族として、侯爵という高位の者として、人前に出ることができなくなる契機を作りだしてしまった。

 ひどく傷つけたことだろう。

 あんなに大勢の前で面目を失った。そうさせたのはアルフレドだ。


 そして、現在、いかに財をなしたからといって化け物侯爵などと呼ばれているのはあの時いた子供らのうち、記憶に残っている者がいたのかもしれない。案外、美しさが化け物じみているということからくるのかもしれないが。

 謝罪しても、償いにはならない。けれど、ルシエンテス侯爵はあっさりと受け入れた。そして、次の瞬間には離別の挨拶を口にしていた。

 怒っているのだ。

 それも当たり前だ。


 贖罪になるとも思えないが、アルフレドは慌てて自信を持てるものを提供しようとした。ワインとチーズだ。

 美味いものは人生の中でも重要かつ価値あるものだ。特に貴族や裕福なものが身代を傾けるほどに求めるのがワインである。遠い東の大国ではこれが茶葉に相当し、種類に合わせて茶器を持つという。とある富豪は破産しても愛用の茶器だけは手放さなかったという。

 見上げた根性だ。さぞかし祖父と気が合うことだろう。


 そして、そのワイン事業で名を挙げつつあるセブリアン家の名を、侯爵も耳にしていたらしい。噂に聞く程度ではなく相当詳しく知っている。アルフレドはふとこれほどまでに他家の事情に通じているのであれば、侯爵家の事業も参加どころか相当深く関与しているのかもしれないと考えた。


 いそいそと自慢のワインとチーズを取って来て、御者に渡す。

 そのまま見送ろうとした。元々、手紙を出しても色よい返事をもらえなかったのに、今日はこうして声を交わすことができ、積年の願いも果たされた。それでアルフレドの罪が消えた訳ではないが、こうして力を入れている成果物であるワインを渡すこともできた。


 案に反して、侯爵は馬車の扉を開かせて挨拶を述べた。

 茜さす街並みは暗くなる前にひと際明るくなる。対して、馬車の中はほの暗かったが、その中に座す侯爵はそれすらもミステリアスな雰囲気にしてしまう。


 と、アルフレドは視界の端に見覚えのある者の姿を認めた。


 あまり良くない噂を聞く者だ。有体にいえば金を貰えばなんでもやる者で、暴力を生業にしていた。

 実はアルフレドも面識があった。自分は祖父と共に行動することが多いため、敵に回ることはないだろう。ということは、狙いは侯爵か。


 忠告しておいた方が良いだろうと侯爵に向き直ったのと御者が声を上げたのは同時だった。

「旦那様! いかがなさいました!」

 見れば、ルシエンテス侯爵はやや上体をかがめ、右手で左手を抑えている。その顔には苦悶の表情を浮かべている。両手に手袋をはめていた。茶会を思い出す。

「もしかして、なにか持病が?」

 だから、社交界に出ないのだろうか。


「いえ、大丈夫です。時折痛む程度ですよ」

 苦しそうな息の下、侯爵は答える。

 整えられた前髪がひと筋、額に張り付いている。汗をかいているせいだ。

 全く平気そうには見えない。

 しかし、侯爵は顔を歪ませながらも唇の両端を吊り上げ、アルフレドに改めて挨拶をしてから、御者に馬車を出すように指示をした。

 具合が悪いのなら、早々に帰った方が良いだろう。

 アルフレドは馬車が見えなくなっても、しばらくその場に立ち尽くしていた。



アルフレドのおじいちゃんは破天荒です。

この時代、案外、こういう柔軟性、言い換えればいい加減さがまかりとおったかもしれないな、

と思いながら書きました。


こう、後世の学者がこんなウルトラミラクル手法

(人はそれを「強引」と呼ぶ)

を通したか!と驚くようなことがあると面白いですね。

美味しいワインで爵位を次代に譲るのをトップ(国王)に承認させた、みたいな。


ちなみに、アルフレドは振り回されつつも上手く利用する一面もあります。

末っ子の要領の良さというか、そうならざるを得なかったというか。

がんばれ、アルフレド!

エリアスもおじいちゃん側だ!(え?!)

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