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4-1

 



 エリアスは執務室で報告書を受け取りながら、ふと心に浮かんだ金言を呟いた。

「なにごとにも耐え忍べる者は、なにごとも思い切ってできる」

「なにか?」

「いや、なんでもない。それより、次の高速船の積み荷だが———」


 先だっての夜会で失態を犯したカブレラ子爵は動きにくくなったと予想される。当の本人は飄々と受け流せても、アゴスト侯はそうはいかない。子飼いの醜聞は自分へも跳ね返ってくる。それを厭うてカブレラ子爵を使うことを控えるだろう。


 エリアスはその間に、王都でオープンさせるティーハウスの準備を進めた。

 ルシエンテス侯爵領の知識と技術を総動員して造り上げた高速船で運んできた新鮮な茶葉を使った茶を提供する。

 茶器も内装に合わせたものを取り寄せた。船に乗って現地で目利きしてくる代理人は元々辣腕を振るう商人である。優美な陶磁器が並び、目にも楽しませてくれるだろう。

 内装は派手すぎず、品よく整った雰囲気で統一した。


 王都でも数か所オープンさせる予定にしていて、それぞれの特色を出す予定だ。ルシエンテス侯爵領でも港や街道近くの大都市にオープンを予定している。各地の特性を取り入れたものにするために、現地調査を綿密に行っている。

 複数のティーハウスはそれぞれ、中庭を眺められるもの、室内楽が楽しめるもの、国内外の新聞が置かれているもの、絵本を置き柔らかい色味で統一した内装のもの、といった多様性を出した。


 そして、従業員の選定と教育だ。賃金を高く設定する代わり、従業員には多くを要求する。それらも代理人に一任していたが、完全に委任せず、報告する者たちが入れ代わり立ち代わりルシエンテス侯爵家に訪れた。

 その合間を縫ってアルフレドを呼び出す。 


「ティーハウスの許可が通った」

 サロンでテーブルを囲み、茶を配られた後、エリアスはすぐに口火を切った。

「そうか。それはめでたい」

「ああ。夜会に顔を出しただけはある」

 国内外を飛び回る担当者はそれだけに有能で、彼と話がつけば後は書類が上げられていくだけだ。

 早速とばかりにアルフレドを呼び出し、ティーハウスに出すセブリアン・ワインの相談を持ち掛けた。

 アルフレドとしてもセブリアン伯領の生産物の良い宣伝になる。高速船で運ばれて来た新鮮な茶葉を混ぜ物なく使う贅沢な店だ。評判の店に出されるワインを気に入った客がセブリアンブランドのファンになる可能性は高い。顧客取得の格好のチャンスだ。


「お陰様でぶどう畑も大分病害虫の駆除が進んだ。ルシエンテス侯爵家の協力あってこそだ」

 言って、アルフレドは頭を下げた。

 貴族らしく修辞に溢れた言葉や動作ではないが、それだけに誠実な心情が見て取れ、エリアスは嫣然と笑む。

「それは良かった。セブリアン・ワインが大打撃を受けたらわたしも困るからね。気にすることはないよ」

 真実、その通りなのだ。

 左手はエリアス以上にセブリアン・ワインを好んでおり、お陰である程度言うことを聞いてくれるし、あの身を削られるような痛みを感じずに済んでいる。


「そうもいかないさ。爺さんも感謝しきりでね。新しい出店はなにかと大変だろうから、手伝って来いと送り出されたんだ。うちのワインも好きなのを出してくれって」

「それは有難いね。プレオープンの招待客の選別や好みなどを、ぜひご教授願いたい」

 金銭や人手、応援物資を即座に、しかも一度で終わらず継続して送ってくれたエリアスは、自分が力を借りたいときにはちゃんと腰を低くして頼む。信頼するに値する人物で、祖父と意見は一致している。

「任せてくれ」

 頼もしく請け負ったアルフレドは更に続ける。

「セブリアン・ワインを置いてもらうのだし、爺さんも招待してもらえないかって言っていた。爺さんが出席するなら、普段、こういったものに顔を出さない御大を引っ張り出せるぞ」

 エリアスは破顔した。

「素晴らしいね」


 ふと考えが浮かび、小首を傾げた。

「でも、どうせなら、ロランド卿にはホスト側に回っていただけないかな。セブリアン・ワインを置くのだから、おかしくはないだろう。ただ、招待客のご相手をお願いするなんて、厚かましいかな」

 思い付きをそのまま口にしたものの、難があることに気付いて口調がやや弱くなる。


「ホスト側か。面白そうだな。まあ、もてなし方の作法がなっていなくても、爺さんならみんな目をつぶってくれるだろうさ」

 アルフレドは招待客だろうとホストだろうと、どのみち、祖父の周りに人は集まるという。


「だが、どうやって引っ張り出すかだな。正装は窮屈だと言っているからなあ。ああ、そうだ、セブリアン・ワインの良さを説明するには爺さんが一番だからとでも言っておくかな」

「後はわたしがまたお会いしたがっていたことや厳選した茶を召し上がってほしがっていること、そうだな、セブリアン・ワインをどんなところで提供するかを見ていただきたいと伝えてもらおうかな。それとも、わたしから手紙を出した方が良いかな?」

「そうだな。爺さんを連れて来るのに、俺は一度向こうに戻るから、君の手紙を持っていくよ」

「そうしてくれるかい?」


 エリアスはアルフレドとホットワインやアイスワインといった甘味の強いワインを季節限定で置いて希少価値を出すといった案を語った。セブリアン・チーズの他、バターも仕入れ、それを用いた焼き菓子を出すという話も出た。

「プレオープンのための招待状の手配も進めないと」

「人選だな。ううん、忙しいな」

 アルフレドはベニート夫妻やテルセロを始めとする友らにも手伝ってもらわないかと持ち掛けた。

「そうしてもらえると有難いな。忙しさにかまけて見落としている点が出てきそうだ」


 忙しくしている方が良い。忘れられない面影に捉われないでいられる。

 人面瘡もセブリアン・ワインを要求する感覚が短くなってきている。

 時折、ひどい不安にさいなまれて居ても立ってもいられなくなることがある。

 これを手放そうとしていた。だが、今は忙しい。体調を崩している間がない。


 アルフレドには別件の頼みごとがある。

 執事や使用人も代理人の応対を始め、侯爵家の家門が入った招待状の準備など忙しく働いている。パメラにもあれこれ指示を出した。

 エリアスはなすべきことをするだけだ。


 大丈夫。彼女は遠い空の下で、きっと懸命に生き、彼女なりの幸せを掴むだろう。自分もそうする。エリアスには他の方法は思いつかないのだから。



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