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3-14

 



 とある夜会で遠めにベニート子爵夫妻が仲睦まじく他の貴族たちと談笑しているのを見て失敗を悟ったカブレラ子爵が立ち去ろうとした際、茶色の髪を品よく結い上げた楚々とした女性に話しかけられた。

「カブレラ子爵でいらっしゃいますね?」

「そうですが、貴女は?」

「いやですわ、わたくしのことをお忘れなのですか?」

 女性は嫣然と笑った。

 つい今しがたまで優し気に見えた相貌が変じる。凛とした眉、吊り上がった眦、高い鼻、生命力に富んだ輪郭を持つ。


 カブレラ子爵ははっと息を呑んだ。

 見覚えがあった。

「百花繚乱の———」

「我が主がぜひとも子爵とお話ししたいと申しております。ご案内いたしますわ」

 言って、女性はしずしずと歩き出した。カブレラ子爵にはついて来ない選択肢はないとばかりの態度である。


 大広間を出て、廊下を歩き、休憩室へと案内された。

「どうぞ、こちらへ」

 夜会主催者に話は通っているのか、堂々としたものだ。


 そこには予想通りの人物が脚を組んで座っていた。後ろに従者がひとり立っているが、ほとんど存在感がない。

 それもその筈で、主があまりにも眩しいせいだろう。


 ダークブロンドの髪、エメラルドの理知的な光を宿す瞳、そして、常に嵌めている手袋をつけた若きルシエンテス侯爵だ。

「初めまして、カブレラ子爵。名乗らなくてもご存じだろうが、ルシエンテス侯爵エリアスだ」


 自分がエリアスを罠に嵌めるために使ったパメラが現われ動揺しているところへ、エリアスが登場する。

 しかし、カブレラ子爵は有能であった。すぐに事の次第を悟り立て直す。

「そうか、全ては侯爵の手の上の出来事だったのだな」

 罠を仕掛けたつもりでいて、その実、自分たちの動向を読まれ、踊らされていたのだ。


 エリアスはミレイアにパメラをつけていた。

 貴族たちの間でエリアスの関与する噂が流れればアゴスト侯爵は居ても立っても居られないだろうと予想した。

 パメラの報告により、カブレラ子爵がとある茶会でミレイアに接触したことを知った。その際、パメラはさりげなくふたりに近づき会話を盗み聞いた。唆されるのは想像通りであり、事前に手を打ち、アルフレドは上手く事を運んだ。

 そして、それを知らないがゆえに成り行きを見守るだろうと予想を付け、ベニート子爵夫妻が出席する夜会に出向いた。そして、こうしてふたりは対峙するに至った。


「ベニート子爵夫妻に仕掛けた罠も外してしまわれたか。本当に占い師みたいに先んじられるな。かと言って、アルフレド卿は手ごわい」

 迂遠ではあるが、アルフレドの友人夫妻にもめ事を起こそうとしたのだ。エリアスを射んとするために、まずは友を射程に入れたのだ。


「彼の周囲は強固に守られているからね」

 下手に手を出せば国王を始めとする高位貴族が黙ってはいないだろう。


 エリアスは麗しく微笑み、カブレラ子爵に椅子を勧める。子爵は悠然と座った。肝が太い。

 ますます、この有能な男が欲しくなった。

「君、わたしの下で働かないか?」

 カブレラ子爵は流石に表情を動かしたが、目を見張る程度ですぐに平静を装った。


「ご存じの通り、わたしは事業を手広くやっていてね。アゴスト侯の下で人の命運を左右させるよりも、社会を発展させることをしてみないか?」

 エリアスのことをあれこれ嗅ぎまわり十全に知っているだろう、そして、傲慢な貴族の下で人を陥れることよりもよほどやり甲斐のある仕事をしないかと誘った。


 エリアスは真実、カブレラ子爵を自陣に引き入れたいと思った。パメラも味方につけた。エリアスは自身を陥れようとした者も寛大に受け入れるというところを見せつけた。カブレラ子爵も引き込むのに、当人の判断材料となろう。


 一方、ルシエンテス侯爵の言葉を聞いて唖然としていたカブレラ子爵はそこに欺瞞はないと読み取り、自身の能力を高く買っているのだと知るや、気持ちが高揚した。綿密な調査をしたので、ルシエンテス侯爵の有能さは良く知っている。そんな者が自分を認め、共に仕事をしようと誘っているのだ。

 喜ばしさが沸く。そして、それを抑えるために、カブレラ子爵は攻勢に出なければならなかった。



「返事はすぐでなくても構わない。もちろん、アゴスト侯の手前もあるから、他国で活躍することも視野に入れて置いてくれ。自国が良いなら他の身分を用意しよう」

「破格なお言葉ですが、お断りします」

 一刀両断したが、エリアスは余裕を失わず、麗しい笑みに一片の陰りも無かった。


 その泰然自若の態を崩すために、カブレラ子爵は口を開いた。

「フランシスカ嬢はあなたの手に入らない。彼女は他国の富豪に嫁ぐ。借金のかたにね。今や船の上だ」

 フランシスカは父親のために自身をアゴスト侯に差し出し、結果的にエリアスを裏切ったことに耐えきれず、カブレラ子爵の提案を受け入れ、他国へ嫁いだと話した。


「貴方は美しすぎるのですよ、侯爵」

 カブレラ子爵は半ば憐れむように言った。しかし、エリアスはそれどころではない。幸福の絶頂から奈落の下に叩き落されて、呆然自失となった。


 カブレラ子爵は気の毒に思いつつも畳みかける。

「あんなに美しく清廉な者が、穢れた妻を良しとしようか? 自分はあんなに麗しく汚れのない者の隣に立てるだろうか? 否だ。少なくとも、フランシスカ嬢はそう考えた」


 その場が凍った。


 ここにカブレラ子爵の複雑な思考回路が発揮された。

 好敵手と呼ぶには畏れ多い相手であり、そんな者が自身の能力を高く買ってくれていること、そして、それに乗らないように自分を戒めなければならないこと、そのためには相手を追い詰めなければならないこと。


 そう、カブレラ子爵はこの上なく魅力的な誘いを振り切るために、衝撃を受けるエリアスに飛び掛かった。

 彼の秘密を握り、支配下に置く。

 当初の目的を果たそうとした。

 あれこれ仕掛けた罠をことごとくすり抜けられ、あまつさえ、自分が落とし穴に陥っていたこと、にもかかわらず、相手は自分に手を差し伸べようとしていたことから、一時、混乱していたとも言える。


 しかし、いつの間にか従者がエリアスの前に出ていた。無手ではあるが、カブレラ子爵は一歩も動けない。

 従者の背後で我に返ったエリアスが立ち上がる気配がした。下がるように指示された従者はだが、従わない。ここにアゴスト侯との違いを見つける。主の危地を救うためとあらば、その命令に従わない選択をもするのだ。アゴスト侯の手駒ならば、結果を予測することなく唯々諾々と命令に従うだろう。

 内心関心するカブレラ子爵は不思議な言葉を聞いた。


「あの者の心の底を暴いてみせよ」


 どういうことなのか、と吟味する暇はない。エリアスはあの手袋を取り外し、左手をこちらに突きつけたのだ。

 子爵はしかし、その左手よりも、自身が美しいと言った相貌を凝視する。


   新緑のように鮮やかに柔軟に


 エリアスは悠然と笑んでいたのだ。その微笑みに幻惑され、カブレラ子爵の鉄壁が緩んだ隙に人の面相をしたモノが詠唱する魔法に絡めとられる。


   あでやかに恋に潤む眦


 ふと黄金の穂が風に波打つ美しくものどかな故郷の姿を思い出す。領民を食べさせる食料であり、外貨を得る貴重な財産である麦の、収穫を待つばかりの光景だ。それらが風にそよぐ姿はどんな美しい花よりも気高く優雅だった。

 そのなによりも美しいと思っていた郷里の光景に匹敵する者を始めて見た時、一種の感動を覚えたものだ。


   どの花の芳香よりも高雅に


 美しい郷里はある年、凶作に陥り、あれよあれよという間に子爵領は大きな借金を抱えるようになった。領民に飢餓による死者が出始めた頃、救いの手が差し伸べられた。アゴスト侯である。しがみつくようにしてなんとか生き延びた。財を増やすためには悪どいことを辞さぬ彼がどんな気まぐれを起こしたかは分からないが、その助力がなければ、多くの命が失われただろう。


 分かっている。

 カブレラ子爵を鎖でつないだ者にルシエンテス侯爵の俊邁さの何分の一かでもあれば、全く違った。心からの忠誠心でもって仕えることができただろう。それでも、カブレラ子爵領の民たちはアゴスト侯のお陰で生き延びたのだ。


   聡慧なること冴え冴えと


 だというのに、今はただただ、私腹を肥やすために犯罪をも厭わず、なんのしがらみも無い者を陥れ、自分がしたことを然るべきところに報告されたという腹いせで奸計を仕掛けようとする者に従わざるを得ないということに、嫌気がさしていた。

 時に人は他者よりも多くを得たいと欲する。容易に叶わない場合、ルールや道理から逸脱した手段を取ることもある。そんなことをすることなく、自身の才覚で大きな事をなす。どんなに胸のすくことか。


 カブレラ子爵は自身の能力を客観視してそこそこの力量があるとみて取っていた。それを人を陥れることに用いるように強いられている。もっと大手を振って胸を張ってみせることをしてみたい。


 けれど、それは黄金に漣立つ郷里の光景が邪魔をした。あの姿を取り戻す。ようやく収穫高を取り戻しつつあるが、備蓄量に心もとなく、いつ何時ふたたび痩せさばらえた領民の姿を、あの冷たく痛く切り刻まれるようなものを見ることになるかと思うと、自分の取り得る選択肢はほぼ限られていた。理想や正しいことは、責任を負う者たちの飢えと病、死の前には甘く脆い。



 エリアスの左手から発現した魔法は子爵の強く心に焼き付いているものを幻影として浮かび上がらせた。カブレラ子爵は戦意喪失して逃亡する。同時に、エリアスに弱点をさらけ出すことになった。


 エリアスはエリアスでフランシスカを永遠に失ったことを知る。

 従者は逃げたカブレラ子爵を追わず、主のもとに留まることを選んだ。彼はエリアスが右手に強く握りしめた手袋を取ってその左手に嵌める。

 そうされてようやく我に返ったエリアスはパメラに指示を出す。


 エリアスが咄嗟に描いた筋書きは以下の通りだ。

 慌てて出て行ったカブレラ子爵と乱れた部屋に取り残され呆然自失となるルシエンテス侯爵。

 パメラが通りかかった貴婦人の振りをして、子爵が侯爵に無礼を働いたと言って切り抜ける。

 狙い通りに事は運ばれた。


 夜会の主催者は折角噂の佳人を迎え入れたのに、と怒り心頭である。

 エリアスは体調不良を訴え早々に夜会を辞した。

 パメラは送るという申し出を断り、残って様子を窺うという。

「アゴスト侯の手の者がいるかもしれない」

「十全に気を付けますわ」

 その後、少しばかりもの言いたげに口ごもるも、結局なにも言わずに踵を返した。

 拾い物だった。得難い人物を自陣に引き入れることができた。カブレラ子爵とアゴラス侯の繋がりも彼女が探って来た事柄だ。

 元はアゴスト侯の陣営として働いたパメラがエリアスの下にいる。それを見たカブレラ子爵がそういう選択肢もあるのだと知ってくれれば良い。


 走り出す馬車は夜会会場から遠ざかると、途端に、暗がりの中に沈んだ。同時に、張り詰めていた緊張が緩み、つと愛しい人の名前が口を衝く。


「フランシスカ」


 運命のひと

 永遠に失われてしまった。


 なにかとエリアスを目の敵にするアゴスト侯は親交のあるアルフレドの強固な守りを崩すべく、その友を密輸入に巻き込もうとし、失敗に終わっても次はその妻に近づき、毒を注ぎ込んだ。

 全ては未然に防いだが、そちらに目を向けている間に、最も大事なものを失っていた。


 エリアスは強く左手を握った。手袋の下、化け物が笑んだ気がした。




アルフレドの守りは固い。

つまり、おじいちゃん絡みということですね。

・・・この話の中でおじいちゃんが一番強いのでは??


無理を通すのにもさっくり国王に交渉しますものね。

そんなこと、他の人がしたらやった方も受けた陛下も白い目で見られますが、

おじいちゃんの場合、国王に同情の視線が集まります。

「陛下・・・お労しい」「ロランド卿ならば致し方ありません」

とかなんとか。

それでいて、おじいちゃんには誰も苦情を言わない。

チートオブチート!


それはともかく、三章はこれにて終了です。

次の四章にて完結となります。


敵対者に手痛い反撃を受けたエリアス。

彼らが迎える結末とは—―—。


というところなのですが、

諸事情により、

四章開始は一週間後となります。

再開は多分、大丈夫だと思います。・・・多分。


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