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3-13

 



 麗しいルシエンテス侯爵に近づきたいという貴婦人は多くいる。

 ミレイアはそんな有象無象のひとりではない。なぜなら、直接言葉を交わし、当の侯爵に頼られたのだ。


 人嫌いと聞くが、それは女性にあまり接したことがないことを意味する。ならば、人妻である自分が恋の手練手管を教えてやっても良い。

 そんなことを考えて自分はベニート子爵夫人なのだということを思い出す。同時に、あのルシエンテス侯爵に恋がなんたるかを教えるのだ。途端に後者の考えが強い存在感を見せた。


  若木のようなすらりとした佇まい

  気品ある瞳、その眦は恋を含む

  鼻梁は美しく孤高に他を寄せ付けず

  白く滑らかな頬、首筋は匂いたつよう


 当代随一の詩人に詠われたが、それはルシエンテス侯爵の美貌の一面しか表していない。生身のルシエンテス侯爵は機知と思いやりに富み、才能あふれる人物だ。

 けれど、あの子爵が言ったように孤独だ。アルフレド卿と親しくしているそうだが、彼はワイン事業に忙しく、ルシエンテス侯爵を支える余裕はない。


 ならば、ミレイアがやるしかないではないか。

 そして、女性特有の柔らかさ、しとやかさを教えて差し上げるのだ。そうしたら、ルシエンテス侯爵はどんな風になるのだろうか。悩ましく乱れるだろうか。


 ———あの弧を描く眉を顰め、目を眇め、形の良い唇を薄っすら開く。


 そんな風に想像をすれば、居ても立ってもいられなくなった。

 そうして、ミレイアはまずはルシエンテス侯爵に会おうと思った。

 まずは手紙を書いた。ティーハウスに関する社交界の浸透は順調だと送ると、感謝をしたためた返答が届いた。


 すぐに新しい案を思いついたから面会したい旨を書いた手紙を送る。返信が届くのに間が空いた。やきもきして待っていたら、忙しくて時間を取れないということと謝罪が記されていた。


 期待が高まっていたため、落胆した。気持ちの落差は激しいものとなった。それでも、案を手紙に書いて寄越せと言わないだけ誠実だと思った。他人の考えを容易に手に入れようとするのではなく、会えないのだから潔く要求することはしない。立派な人物だ。


 いつでも良い、なにかのついでに少し会うだけでもと書いて送ったが、今度はなかなか返事が来ない。調整に手間取っているのだろうか。そうだ。ティーハウスの準備に相当忙しいのだ。


 それにしても、人嫌いの侯爵の名は伊達ではない。会おうと思って会える相手ではない。ミレイアはルシエンテス侯爵に会えなくてやきもきし、ついにはアルフレドに問い合わせた。


 事前にこうなることを予想していたエリアスから、ベニート子爵夫妻、あるいはそのどちらかから接触したいと言われた場合について指示を受けていたアルフレドは、ベニート子爵でありミレイアの夫であるレオンに上手く話をつけた。


 事はデリケートな対応を要する。

 別世界の人間のようなエリアスに出会ってちょっと気持ちが高ぶってしまっただけだ。ただし、そこから間違えると大きく道を逸れてしまう。

 人の心の機微は複雑だ。

 これを単純に浮気と取ってしまってはこじれる一方だ。

 自分とはかかわりのなかった分野で活躍する者に頼られ、舞い上がってしまっているだけで、その熱が収まったら普段通りに戻る。


 その辺りのことを考慮してアルフレドはミレイアの承認欲求が誰もが持つものであることや、社交界である意味偶像化されているルシエンテス侯爵のことだから少々たがが緩んだのだと説明した。


 レオンは妙な悋気を起こさず、手間をかけてすまなかったと言いつつ、妻をなだめることに専念した。元々夫婦間は上手くいっていた。ミレイアはすぐに自身がベニート子爵夫人であるという意識の方を強く持つようになった。


 アルフレドは信頼関係で結ばれた夫婦を眩しく思った。自分もこんな風に出来たら良かったのに、と。


中世ヨーロッパでは既婚の貴婦人に愛を捧げる騎士、という文化がありました。

拙作の時代で貴族は人妻とのアバンチュールを楽しむことがままあったようです。

国王が家臣の妻を愛人する、などですね。

エリアスは人のものには手を出しません。

特に人のものだから燃えるという価値観はなく、奪うことに意義を感じることはないようです。

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