3-11
一世を風靡する予感をもたらす話を聞き、アルフレドはふと心配した。
「国内外で反発が出ないか?」
新しい試みを若造が行おうとする、ましてやそれが莫大な富を生もうとするのだから、やっかむ者は少なからずいるだろう。足を引っ張ろうとする者が出ないとも限らない。
「各方面への根回しは済んでいてね」
エリアスは悠然と微笑んだ。
最後に輸入製品を取り扱う部署の担当者を、なんとか夜会で捕まえて話を済ませ、許可書を通す確約を得ることができたという。
「そら、以前君やテルセロ卿と会った公爵の夜会だよ。忙しい方でね。あの後、そのまま港へ向かうところだったのだよ」
そこで会えたお陰で話が一気に進んだという。
「ああ、あの時か。テルセロ卿からも先だって手紙を貰ったが、君によろしくと書いてあったよ」
「元気にやっているようだな」
「おや、テルセロ卿とも既知だったのですね」
レオンも友誼があるようで気安く呼んでいる。
「わたくしも公爵の夜会にルシエンテス侯爵が来臨された話を伺いましたわ。まさしく神話のごとく麗しいお姿だったとか」
「先だってのセブリアン伯の夜会にも出席されたそうですね」
人嫌いと名高い侯爵が続けて夜会に出席したのだから、噂が廻っているのだろう。
「うちの爺さんが我がままを言ってね。それで、ルシエンテス侯爵をご招待したのさ」
「わたしはセブリアン・ワインのファンですから、その製作者にぜひにと乞われれば断る理由はありません」
言って、テーブルからワイングラスを手にとり、軽く掲げて見せる。そのまま唇に当て、空にした。給仕がすかさず注ぐ。一連の流れは劇の一幕を見ているかのような洗練されたものだった。
折角の契約に水を差すこととなったが、柔軟に受け止めたレオンは既に事業を成功させているアルフレドやエリアスの話を興味深く聞いた。妻のミレイアも話題豊富で、話が弾んだ。
食後、折角だからと、エリアスが携えてきた茶を供された。
「良い香りですわ」
「コーヒーもそうだが、茶も香りがものを言うね」
ベニート子爵夫妻は食通でもあるようで、セブリアン・ワインのお得意様であるらしかった。
「ティーハウスのことですが、ぜひとも女性視点のご意見を拝聴したいものですね」
レオンが妻の意見を尊重することから、直接訪ねても良いだろうと判断したらしく、エリアスがそう水を向けた。
「そうですわね。メニューに季節のものを取り入れるのはどうかしら」
「良いですね」
恐らく、既に予定していたのであろうエリアスがすかさず頷いた。
「後はそう、貴族のサロンで話題になることが好ましいですわね。流行に詳しく社交界に影響ある人を呼んで事前に宣伝するのですわ」
「プレオープンですか。それは良いですね。その時はベニート子爵夫妻をご招待しても?」
エリアスが如才なく尋ねる。
折角招待するのであれば、単に店内を見せるだけではなく、通常のもてなしを用意した方が良かろうとミレイアの言にアイデアを加える。即座にそうやって案を改善させ、あるいは発展させるところにアルフレドは内心驚く。
「喜んで伺います」
「わたくしも!」
レオンがにこやかに答えれば、ミレイアが気負う。
「アルフレド卿には出席者の吟味から助けてもらいたいね」
「さらりと難題を押し付けてくるのが爺さんと似ている」
そして、アルフレドが苦言を呈しても蛙の面に水なのも同じである。
「まあ、良いよ。エリアス卿には世話になっているからな」
「もちろん、便利遣いするつもりはないよ。きちんと君にも利があるように考える」
ティーハウスはコーヒーハウスのように茶を主流とするが、酒類も置く。
「こちらはチョコレートよりもクッキーを出そうと思うんだ。そして、酒はワイン、つまみにチーズを。それをセブリアン・ワインとチーズをと思っているんだ」
「願ってもいないことだ」
アルフレドはそのくらいのことしか言えない自分の語彙力の乏しさに情けなくなった。エリアスが打ち出した新しいティーハウスは茶を浸透させる。そして、それを一手に行う背景を、ルシエンテス侯爵家は持ち得るのだ。
一大事業であり、そこにセブリアンブランドが加えられる。
先ほど、セブリアン・ワインのファンと言ったのも本心だということだ。
手間暇かけて行う事業であり、茶の品質を一定水準以上のものにすると言っていた。
「うちのワインもチーズも品質の良いものを取り揃えなければ」
「まずは、セブリアン前当主に話しておいてくれるかい?」
「任せておけ。爺さん、張り切るぞ」
「ぜひ、今度は君のところのぶどう畑でお会いしたいものだな」
エリアスは人が喜ぶ勘所を押さえている。祖父が欣喜雀躍するのが目に浮かぶ。
話が具体的に進みそうだと知り、ミレイアは更に案を挙げた。
「ああ、そうだわ、メニューにイラストをつけるのはどうかしら。イメージをしやすいと思いますの。後は、そうね、綺麗なレストルームがあると良いと思いますわ」
「なるほど、勉強になりますね」
エリアスは女性ならではの観点が聞けて満足げだ。
「料理をお出ししては? ほら、宿に併設している簡易食堂のような」
夫も負けじと口を出す。
「それも考えました。他国では清潔で広々した空間で料理を出すことを主眼とした場所があります。ティーハウスが成功したら、そういった場所も考えています」
宿に併設している食堂は狭い場所で限られた時間内に料理を掻きこむのが一般的だ。
「そこでもセブリアン・チーズやバターを使いたいものだね」
「おお、ぜひとも話を詰めたいところだ」
「ティーハウスでもそうだが、セブリアンの乳製品ならば味がしっかりしているから、ブランド名としてメニューに載せることができると思うんだ」
「問題は品質の水準保持だな」
「そう。それと安定供給もお願いしたいところだ」
「うちの乳製品は滋養があるからな」
「ああ、それは良いな。滋養となる、元気にさせる飲食物か」
そこから回復させるところ、ということでレストランという名称になった。
「まあ、そちらは追々だ。まずはティーハウスを成功させなくては」
ベニート子爵夫妻はエリアスのティーハウスのオープンを楽しみにしていると言った。
「おふたりに大切なお願いがあります」
エリアスが真面目くさった顔つきで言うと、ベニート子爵夫妻は息を呑んだ。アルフレドはなんとなく、祖父の言動を彷彿とした。
「ティーハウスは未だオープンにこぎつけていません。みな様には知っていただきたい。けれど、詳細は伝えたくない」
夫妻は顔を見あわせ、破願して頷いた。
「承りました」
「任せて下さいませ! 貴族はそういった嘘か真かという真偽のほどが判断しづらい噂を好むものですわ」
「印象操作も必要ですね。やはりラグジュアリー路線でしょうか?」
レオンが鋭い意見を述べる。
「そうですね、どちらかと言うと希少なものを提供する品の良いところを想定しています」
茶器なども陶磁器を取り寄せ、内装と家具も統一感を持たせる予定だとエリアスが話すのに、ベニート子爵夫妻は目を輝かせて聴き入った。この口ぶりでは、内装はもちろん、物件も抑えてあるのではないかと予想した。
「楽しみですわねえ!」
「オープンまで待ち遠しいよ」
「おふたりのそういう姿が、他の貴族連中に伝わると良い宣伝になるのではないか?」
仲睦まじく語り合うベニート子爵夫妻にアルフレドは笑った。
「そうだね。ベニート子爵夫妻にはお手数をおかけしますが」
「いいえ、こういう話題の持ち主としてちょっとした注目を浴びられるなんて、光栄ですわ」
「そうです。ルシエンテス侯爵じきじきにわたくしどもにお話しいただけたことを感謝したいほどです」
こうして、エリアスはベニート子爵夫妻を通して貴族たちの好奇心を掻き立てることに成功した。
社交界にはまことしやかに噂が駆け巡った。それが明確ではない。だからこそ、どういうことなのか人々はもどかしく思い、知りたがった。あの人前に滅多に現れないルシエンテス侯爵が関わっているという。一体、どういうものなのか。
ティーハウスがオープンする前から、貴族たちの興味を引いて止まなかった。
エリアスは別れ際、アルフレドに二、三の頼みごとをした。
「忙しい君に頼んで申し訳ないが」
「いや、忙しいのはお互いさまさ。また、館にも邪魔するよ」
「待っているよ」




