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3-10

 



 アルフレドは再婚話が持ち上がっているため、ふたたび王都へ呼び戻された。ぶどう畑は小康状態を保っているため、祖父に任せてきた。

 父と話を詰め、先方とも今度顔合わせする予定だ。

 寸暇ができればあちこちに顔を出したり手紙を書く。まずは、ぶどう畑の病害虫対策に大きな援助をしてくれたルシエンテス侯爵に会わなくてはならないだろう。同時に意見を聞きたいことが発生した。


 そこで、アルフレドはエリアスを王都の滞在先、セブリアン伯のタウンハウスに招待した。妻帯していた時はともかく、独り身となった今では王都にいる時間よりも領地を巡っている方が長い。自身が住んでいたタウンハウスは早々に引き払った。

 今、身を寄せているのは実家ではあるが、肩身が狭い。それでも、ルシエンテス侯爵を招くことは大いに歓迎された。浮かれる父兄を挨拶もそこそこにサロンから追い出して早速ワインを開ける。手土産に紅茶を貰ったが、折角セブリアン伯爵家に訪れたのだからワインで良いと言われたのだ。なお、この節の紅茶は希少品である。父兄が小躍りして喜ぶだろう。


「悪いな、こちらへ出向いてもらって」

 人前に出たくない理由のあるエリアスを呼び立てるのは心苦しい。

 友人が新たな交易に出資しようとしているが、それが少々引っかかるところがある。それで、造船技術を向上させ手広く交易を行うエリアスに意見を聞こうと呼び出したのだ。この後、時間を置いて友人がやって来る手はずになっている。その前に事情を話して意見を聞きたいと言うと、快諾してくれた。


「我が友の友人ならば」

 そんな風に言って麗しく笑う。

「わたしも君には色々調べて貰っているからね」


 友人であるベニート子爵レオンはアルフレドやエリアスよりも少し年上の最近爵位を継いだばかりの貴族だ。気持ちも新たに、事業を手掛けてみようというところなのだろう。

 ただ、エトホーフト子爵という隣国バルケネンデの貴族との契約というところだったが、随分、買い付け金額が安価で、不安を覚えてアルフレドに相談を持ち掛けたのだ。


「契約書に不備はなかったのだがな」

「率直に言うと、契約するのはお勧めしないね」

 エリアスはワインをひと口含んでそう言った。

「理由を聞いても?」

「以前から脱税の疑いを持たれている」

「密輸入か!」

 税金は様々に課せられる。領地を通るだけでも通行税が課される。商人ならばそれらを支払う必要がなければ、と夢想したことは一度はあるだろう。

「当局の手が及ぶのもそう遠くはない。おそらく、それまでになるべくあちこちで契約を結んで金を引き出せるだけ引き出して逃亡する予定ではないかな」


 グラスを空にしたエリアスは脚を組み替えた。アルフレドは彼のグラスにワインを注ぐ。

「詳しいな」

「交易に関することは広く情報を集めているんだ。どこでどんな悪札を掴まされるか分からないからね」

 だからこそ、レオンも不安を覚えたことをそのままにせず、情報通だと言われているアルフレドを頼った。少しでもおかしいと感じたらそのままにせずに調べなければ、エリアスの言うとおり、どんな悪果が待ち受けているとも分からない。


「君の方こそ、アランバルリの社交界に詳しいじゃないか。お陰で助けられているよ」

「爺さん絡みでな。国外の取引きも増えてきているから、計画的に広げてみようかな」

「それが良いよ。君の事だ。親交を深めるに足る」

 エリアスは時折こうやって率直に褒める。心からの言葉だと分かる。これほど才能豊かな者に手放しで賞賛されるのは面はゆくも心強いものだ。ルシエンテス侯爵領の事業が成功している所以であろう。有能なトップに心からの称賛を贈られて奮い立たない者はいない。


 これからやって来る友人には率直に話し、後は自身で判断してもらうことにした。旨い話だから、もし相手が密輸入などしておらず、真っ当な契約であるのを逃すという可能性もないわけではない。

 情報の正誤に判別をつけるのは、自分で行わなければならない。そのリスクを負う覚悟がなければ、事業はできない。

 いつの間にか話し込んでおり、使用人がやって来てベニート子爵夫妻の来訪を告げた。


 ベニート子爵レオンは長く太く大きい目は奥二重で、鼻は低めで上向き、口も小さいので、目とくっきりとした眉が印象的だ。

 伴うベニート夫人ミレイアはうす薔薇色の二枚貝のように開いた瞼の下の瞳が印象的で、口角が明確に上がっている美女だ。

 ふたりは例にもれず、エリアスの美貌に見とれた。


 互いを紹介し、少しワインを飲み気分をほぐした後、食事を始める。

 人嫌いの侯爵と噂されるエリアスにベニート子爵夫妻はやや緊張気味だったが、元々社交的なふたりだ。すぐに話は弾んだ。

 アルフレドがエリアスから聞いたバルケネンデ貴族のエトホーフト子爵の情報を開示すると即断した。

「契約は見送ります」

 潔さにエリアスも感心した様子だ。

「少しばかり爵位を継いだ意気込みが強すぎたようです。今後はもっとしっかり情報を集めて精査して考えたいと思います」


「ルシエンテス侯爵様は手広く事業をされているとか。なにか新たに始められることはございますの?」

 ミレイアが頬を染めながら訪ねた。

「コーヒーハウスに何度か足を運んでみたんですが、今後、ああいう場はより必要とされると思うのです。それで、ティーハウスを出してみようと考えています。女性が自由に出入りすることができる場所を予定しているのです」


 コーヒーハウスは女性を拒み、男性に同伴される場合に限り黙認されている。出されるものはコーヒーの他、チョコレートや酒類だ。ところによっては茶も出るが、希少であるためごく稀だ。

 茶自体が珍しい物で、貴族の間でも好まれる飲み物であるので、アルフレドを始め、ベニート子爵夫妻は興味を持って話を聞いた。


「へえ! そう言えば、君のところへお邪魔した時にはよく茶をご馳走になっていたなあ」

 なるほどと頷きながら、そういった企画があるからこそ、方々から取り寄せた茶を試飲していたのだと得心が行く。

「君は長年ワインを飲んで来て、銘柄の違いを判別できるだろう」

 複数のぶどう品種によってフィールドブレンド・ワインを打ち出している。

「微細な味の違いを分かる者の意見は貴重だからね」

 知らず知らずのうちに協力していたらしい。


 茶葉は隣国バルケネンデから入って来るものが一般的だ。

「だが、ルシエンテス領では以前から造船技術の向上に力を入れていてね」

 高速船が造られたことと航海技術が上がったお陰で、従来の航海の半分の日程で交易が可能になったという。

 とんでもない技術革新である。アルフレドたちは驚きに声も出ない。


「今までバルケネンデに頼っていた茶葉を直接仕入れて来る。ティーハウスはその宣伝も兼ねる予定だ」

 現在の茶葉は希少なだけあって、課税を逃れて密輸入したり混ぜ物をする者がいるのだという。

「ルシエンテス家で取り扱うものは直接現地で買い付け、上質なものになるようにする。それこそが、ブランドとなるのだよ。ちょうどセブリアン・ワインが三代に渡って領主やそれに連なる者が苦心して作り上げたように」

 アルフレドから学ばせてもらったという。容易に手に入れたものは脆い。けれど、長い年月と労力をかけてひとつずつ積み上げたものは強い。隣国から買うしかないから選択肢は狭まる。


 また、エリアスは貴族向けのティーハウスを出した後は富裕層向けとはいえ、家格を要しない店も出すのだという。

「広く国内に茶を広めるのが目的なのさ。今はまだ隣国を通して限られた者しか飲むことができていないが、ルシエンテス侯爵家で大量に扱えばどうなると思う?」

 茶は遠い国から運ばれてくる希少なものであり、それだけに高価なものでもあった。


 元々、隣国が活発に交易していた。そこにルシエンテス侯爵家の高速船によって倍の速さで運び込む。茶葉は半発酵茶や緑茶だ。だからこそ、摘んでから日数が経っていない方が味は上質だ。

 品質が良いものをアランバルリの貴族が取り扱う。

 アルフレドたちはごくりと生唾を呑みこんだ。


 ルシエンテス家のティーハウスは十世代にも及び茶を販売した。宣伝用ロゴが作られ、尾が分かれた四つ足、釣り目の動物がモチーフになっていたという。



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