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3-9

 


 一方、フランシスカの父であるカハール男爵もまた、娘から聞いた救いの手に有頂天になっていた。エリアスと異なる点は脇が甘いところで、それによって挙動不審になった。

 家に帰れば神妙な顔つきをした父親と契約書を手にしたカブレラ子爵が待っていた。

 即座にフランシスカは悟った。父の挙措から関係を絶とうとしていることをカブレラ子爵に悟られ、父は洗いざらい話したのだろう。それが伝わったアゴスト侯は、よりによって自分が憎々しく思う相手にすがろうというのだからさぞかし怒り心頭だろう。

 流石のフランシスカもそこまでしか想像がつかなかった。


 夜会は未婚の女性にとっては結婚に漕ぎつけるための場であり、当人かもしくは付添人の闘志漲るぎらぎらした場であった。美しく華やかに、あるいは清楚に装う。少しでも健気に思われるように、大理石を握って手指を冷たくしておく。庇護欲をそそるように。


 あの時、セブリアン伯主催の夜会でエリアスに声を掛けられた時、フランシスカは大理石を握らずとも手が冷たくなっていた。エリアスにはどれだけ緊張していたか分からなかっただろう。あれほど美しい人に声を掛けられて共に踊るのだ。その時はよもや彼がルシエンテス侯爵だなどとは思いも寄らなかった。


 フランシスカの付添人は当然のことながらアゴスト侯陣営の者だ。だから、まんまとルシエンテス侯爵とただひとり踊ったフランシスカはよくやったと賞賛された。

 浮かれる者たちに、侯爵はたまたま着ていたドレスに興味を持っただけであって、特に親しくはならなかったと答えた。そう、フランシスカは次に会う約束をしたことを話さなかったのである。そして、コーヒーハウスに出かける際にも、さりげなくそっと出てきた。けれど、今考えてみれば、それにも監視がついていたのかもしれない。


「やあ、フランシスカ嬢。君は素晴らしい逸材だよ。我らの狙う獲物を見事釣り上げたのだからね」

 彼らにとって自分は役目を十全に果たした餌なのだ。

 カブレラ子爵は黒髪黒目で貴族にありがちな尊大なところはない者だったが、フランシスカにはどこか警戒する気持ちを呼び起こさせた。


「ただ、報告がないところがいただけない。お父上から聞いて、ようやく事の次第が呑み込めたよ」

 父がびくりと双肩を震わせる。表情はこわばり、この先の出来事について悲観的になっていることが分かる。

「どうか、お慈悲を」

 フランシスカは逃げ出したかった。けれど、一歩前へ出た。父親を見捨てることはできなかった。


 家門のために良い縁を見つけて繋ぐ。それが貴族の娘として生まれてきた者の義務だ。フランシスカはそういった価値観に反発心を覚え、様々に書物を読んで自分なりの考えを育ててきた。それは誰にも言ったことがなかった。貴族らしからぬ考え方だったからだ。


 けれど、エリアスには話した。ダンスの際にした短い会話から、頭から否定しない者だと思ったからだ。そして、自分の考えが正しかったことを知る。エリアスとの会話は楽しかった。フランシスカの価値観を尊重し、更には素晴らしいものだと言ってくれた。その場限りの甘い言葉ではないだろう。何者でもない彼女を手に入れるために、そうする必要などないのだから。


 エリアスとはまだ三度しか会ったことがないが、どれも夢のような出来事だった。

 カハール男爵家の憂慮すべき事態によって毎夜訪れる悪夢にも適切な助言を与えてくれた。素晴らしく麗しく高い地位と膨大な財産を持つそうだが、驕らず理知的で、対する者の意見に耳を傾ける。

 素晴らしい人物だった。


 そんなエリアスの秘密を聞いてしまえば、彼を陥れようとする者たちに知られる。必ずそうなるだろう。それをなによりも恐れた。エリアスの枷になりたくない。借金まで負うと言ってくれた。それで十分だ。


 エリアスは自分を信じろと告げたが、フランシスカはパメラとは違う。状況的に追い詰められれば、エリアスと自分双方の益を取るよりも、どちらかのそれを採る。


 フランシスカは真実、エリアスの運命の女性だった。

 彼女は自分の益よりもエリアスのそれを採った。


 アゴスト侯は以前からフランシスカに粘着質な視線を向け、こなをかけていた。

 カハール男爵が下手を打ったことにより、とうとうフランシスカに手を出した。そんなにルシエンテス侯爵が望む者ならば、先んじて自分が手に入れようと厭らしく笑いながら。

 憎きルシエンテス侯爵との恋が露顕し、アゴスト侯に監禁まがいに好き勝手されたフランシスカを救わんと動いたのはカブレラ子爵だ。父であるカハール男爵は憂慮していただけである。子爵はフランシスカを逃すために、遠方に嫁がせる手配をした。それがあたかもアゴラス侯の益に繋がるのだと言いくるめた。

「佳い女だったから勿体ないがな」

 そんな風にうそぶきつつ、恋人たちの仲を引き裂いたことに、アゴスト侯は愉悦を漏らした。



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